作業服を身にまとって清掃車に乗務する東京都千代田区の樋口高顕区長(写真:筆者撮影)

地方自治体の首長の中には、「清掃は誰でもできる簡単な仕事だ」と思い込み、委託化を推進する人がいる。「官から民へ」、「民間でできることは民間で」という考えのもと、コスト削減をスローガンに掲げ、身を切る改革を断行している。


清掃職員とともに腰痛予防体操をする樋口区長(左)(写真:筆者撮影)

一方、それとは対照的に清掃事業の価値を認識し、清掃リソースを活用した行政サービスの充実で住民の安心・安全を守り、満足度を向上させていこうとする首長もいる。

その一人が東京都千代田区の樋口高顕区長(41)だ。

自治体の首長が作業服を身にまとい、清掃車に乗務してごみ収集に従事する様子を想像できるだろうか?自らが指揮監督する行政のひとつであるごみ収集を視察する首長はいても、業務を体験する首長はごくわずかだと思う。

樋口区長は2021年に就任。2022年7月に引き続き2023年8月31日、最高気温34.1度という猛暑の中、2度目の清掃現場視察、業務を体験している。筆者はこの日、区長に同行し、一緒にごみ収集の現場に立ち会った。

ねずみ被害の現場へ

樋口区長は清掃職員らと一緒に腰痛予防体操を行い、ファン付き作業服を着て小型プレス車に乗り込み、収集現場へと向かっていった。

ちなみにファン付き作業服は区長就任後の視察において熱中症対策として必要性を感じ、区長自ら導入を指示したものだ。

最初の視察・体験場所は神田駅界隈の鍛冶町2丁目での可燃ごみ収集。樋口区長の動作は軽やかで、ベテランの職員と組む若い清掃職員のようにも見えた。


左写真:清掃車のプレス機を作動させる/右写真:清掃職員とともにバケツのごみを積み込む(いずれも筆者撮影)

新型コロナウイルスの5類移行で飲食店に人が戻り、それに伴い多くのごみが営業終了後の夜間に排出されるようになった。そのため住民からはねずみ被害の相談が多く寄せられるようになっていた。

そこで千代田区では地域(町会・商店街)、保健所、清掃事務所が一体となってねずみ駆除に取り組む体制を構築し、区がねずみの出やすい場所等の調査を実施。

樋口区長もごみを収集しながら、ねずみによる被害の実態を把握していた。また、地元町会長の平野恵一氏とも周辺を回り、最近の取り組み状況について確認した。


左写真:ねずみ対策の経緯について区長に状況を説明する鍛冶町2丁目町会長の平野氏(右)/右写真:道路との境にあるねずみの巣穴(いずれも筆者撮影)

貯留機からのごみ収集

近年、都市部の集合住宅を中心にごみ貯留機が設置されるようになった。住民がいつでもごみを出せ、貯蔵時の散乱、汚水漏れ、悪臭や害虫の発生も防止。さらには収集時の作業労力も削減できる機械として導入が進められている。

しかし、貯留機はドラムの回転でごみを圧縮して貯留する仕組みなので、投入したごみ袋は貯留機内部で割け、入っていたごみはバラバラになる。そのため貯留機のふたを開け、ベルトコンベアーで清掃車に積み込む際にはかなりの異臭やごみの粉塵が舞う。

作業的には流れてくるごみを清掃車に格納する収集ボタンを押し続けるだけなのだが、空気の通りが悪い地下室に貯留機が設置されている場合、作業員は空気中の粉塵を吸い込んでしまう。


左写真:貯留機から排出されるごみを格納する/右写真:こぼれ落ちたごみを拾い上げる(いずれも筆者撮影)

取材時に訪れた貯留機は1階の風通しの比較的良い場所に設置されていたため、粉塵に見舞われることはなかった。しかし臭いは健在で、ごみの異臭が漂う中での作業となった。

また、清掃車のバケットからこぼれ落ちるごみを拾い上げる作業もある。樋口区長は率先して拾いあげていた。

貯留機からの収集終了時、付近に居住する住民と樋口区長、作業員らが歓談するシーンも見られた。


住民と歓談する様子(写真:筆者撮影)

これこそが清掃職員の真骨頂であり、ごみの収集のみならずリアルタイムの地域情報も収集できる機能を有することが体得された。

実際に千代田区では、集積所までごみや資源物を出すことが困難な高齢者などを対象に、見守り活動も兼ねて清掃職員が自宅を訪問する「ふれあい収集」を行っている。これは全国的にも広がりを見せる住民サービスだ。

「ふれあい収集」で福祉サービスにもなる

筆者は他の自治体でふれあい収集を体験した経験がある。その時は週1回訪問してくる清掃職員が唯一の話し相手で、わずか2〜3分の会話を楽しみに待っている高齢者宅を訪問した。


玄関先で「ごみは2つですね?」と確認する樋口区長(写真:筆者撮影)

「おばあちゃん、元気にしてた?」から始まる何気ない会話を楽しみに、お化粧をして待っていた高齢者の姿が今でも目に焼き付いている。

今回の取材時は優良賃貸住宅に居住する高齢者宅を訪問してごみを収集した。区長直々の訪問に驚いた住民は「わざわざありがとうね」と深々と謝意を述べていた。

このふれあい収集業務はごみ収集が福祉サービスに進化を遂げた形で、今後充実が期待される。

樋口氏は千代田区長選挙に38歳で当選し、現役の区長の中で最年少区長である。幼少期から読書を趣味とし、自身を「本の虫」と自称する。感銘を受けた本やさらに詳しく学びたいと思う時には、著者に会いに行くこともあるという。

京都大学在学中に政治に興味を持ち、大嶽秀夫ゼミに所属。現場を学びたい思いから兵庫県に選挙区のあった小池百合子氏のインターンを4年間行った。

当時はポスター貼りやポスティングに始まり、小池氏から地域の盆踊りで炭坑節を教わるなど、政治の現場の泥臭さを肌で感じ取る経験を積んだ。

このような経験を踏まえ樋口氏は、「政治家は都市であれ中山間地域であれ、現地を歩いてその空気を吸い、地元の鼓動や人々の息吹を感じることが肝要だ」と考えるようになった。

そして、特定分野の文献を読み込んで自分なりの視座を持ち、現場と書籍を往復しながら複眼的に政策や事業を見つめ直せば、最適解を判断できるようになると確信するに至った。

このような政治姿勢を貫く樋口区長であるがゆえ、作業着を着用してごみの収集作業までも行っていたのだ。樋口区長の政治姿勢からすれば至極当然な成り行きだった。

清掃職場に信頼を寄せる区長

樋口区長は今回の体験はもちろん、豪雨被害に見舞われた姉妹提携先の秋田県五城目町へ清掃スタッフ等を派遣し、地元から多大に感謝されたことを通じて、清掃リソースを自らの自治体が保有しておく有用性を再認識した。

それとともに、今後の清掃職員の活躍に大きな期待を寄せるようになった。今後はその期待に現場がしっかりと応えられるよう、一人一人の清掃職員が日々の仕事をしっかりとこなしながら、創意工夫をして業務の質的向上を図っていく必要がある。

清掃職場に信頼を寄せる首長と、その信頼に清掃職場が応えて業務に磨きをかけていく形が構築されれば、清掃サービスの質はさらに向上していくであろう。

そしてそれに連動する形で住民満足度も向上し、行政への信頼がいっそう堅固となる流れを生み出していくだろう。

今後の千代田区の清掃事業において、そのような流れがいっそう大きくなると思えてならない。樋口区政下の千代田区の清掃行政をしっかりと見届けていきたい。

樋口区長のような清掃職場を理解し信頼を寄せるリーダーが他の自治体にも数多く現れるのを期待したい。そのようなリーダーの気持ちに現場が応えていけば、清掃事業は新たな形へと進化を遂げていくに違いない。


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(藤井 誠一郎 : 立教大学コミュニティ福祉学部准教授)