メビーにアップロードされた近畿大学の鶴崎桐梧さんの設計データ(記者撮影)

FA(ファクトリーオートメーション)向け機械部品の大手ミスミグループ本社(ミスミG)が近年、とくに注力している事業がある。

AIを用いた部品のオンライン発注プラットフォーム、「meviy(メビー)」だ。顧客が3Dの設計データをウェブサイト上にアップロードすると、わずか数秒で見積もりと納期を提示。最短で翌日に出荷することもできる。

調達に掛かる時間を大幅に短縮する「革命児」として、工場などの製造現場に浸透しつつある。B to B(企業間取引)で順調に業績を拡大していく一方、「想定とは違う使われ方も広がっている」(ミスミG社員)という。工学部などの理系教育で、学生が設計技術を習得するために用いたり、注文した部品を製作に役立てたりしているのだ。

ミスミGの調べでは、全国の大学と高等専門学校のうち約3割がメビーを使用。同社は今年から学校向けの支援プログラムも始めた。人手不足や若者離れが叫ばれる製造業界。未来のものづくりを支えるため、最先端のAIサービスを取り入れる教育現場を取材した。

AIが部品設計の「先生役」に

「トライ&エラーをすごく短いスパンで繰り返せる。メビーで試行錯誤を重ねている間に、工作機械が素材を部品へ加工していく様子を、頭の中でイメージしながら設計できるようになった」


メビーを活用する近畿大の鶴崎さん(記者撮影)

そう語るのは、近畿大学理工学部3年で機械工学を専攻する鶴崎桐梧さん(20)。

所属する研究室で10月、指導教員に勧められてメビーを活用し、射出形成機で使う金型の設計に取り組んだ。国内のあるFA企業との共同研究で、EV(電気自動車)向けバッテリーケースのフタ部分を新素材で作るプロジェクトの一環だった。

メビーに設計データをアップロードすると、物理的に加工できないミスがあった場合、どこに問題があるのかをAIが瞬時に指摘してくれる。

例えば、図面上ではうまく描けているように見えても、実際は穴と穴の距離が近すぎたり、曲げられない箇所を曲げようとしていたりするケースがある。こうした細やかなルールは従来、現場で覚えるものとされてきた。加工業者へ見積もり依頼を出し、「これでは作れない」と突き返され、データを修正してまた送る。その繰り返しで感覚的に体得していたのだ。

メビーはこの過程を丸ごと引き受ける。結果的に「設計の先生」となれることが、教育現場で注目を集めている最大の理由だ。部品を発注せず、見積もりにとどめておけば、すべての機能を無料で利用できることも大きい。ミスミGは教育機関向けのプロモーションは実施していなかったが、口コミで全国の大学や高専へ広まっていった。

「教える」スピードも人間とは段違いに早い。鶴崎さんが設計データを完成させるまでにアップロードしたのは計17回。「もし業者にお願いしていたら、おそらく最低1カ月以上はかかった」(鶴崎さん)ところ、わずか11日で作業を終えられた。

創造的な教育を生み出せる


近畿大の講義の様子(記者撮影)

鶴崎さんにメビーを勧めた近大ものづくり工房センター長の西籔和明教授は、「設計を教える方法について、今までのやり方だけでいいのか疑問だった」と打ち明ける。

通常の講義で3Dデータの設計を扱う場合、教員がお題を示し、それを学生たちが専用ソフトウェアで一斉に描く。「みんなが同じ物を同じプロセスで作るので、結局は入力の間違い探しでしかない」(西籔氏)。

背景には教える側の事情もある。教員数は学生数に対して少ないうえ、あらゆる部品に精通しているわけでもない。西籔氏は「教えられる範囲のことを取り扱うだけでは、グローバルで活躍する技術者は育成できない。より創造的な教育が必要だ」と力を込める。メビーを用いてロボットの設計を体験させるなど、授業での活用を模索していく方針という。

メビーを学生に触らせるメリットが、もう一つある。納期に応じた価格表が表示されるため、経済的な観念も学べるのだ。「これは大学の教員には教えられない」(西籔氏)。部品の相場観を養えるほか、「どう加工すればコストが下がるのか」と考えさせられる。実践的な知識は企業に就職した後も役立つだろう。

ミスミGは今年6月、審査に合格した教育機関に対し、メビー経由で10万円分の部品をプレゼントする取り組みを開始。近畿大も応募し、採択された。


メビー製の部品を用いて作られた近畿大の教材(記者撮影)

早速、理工学部の技術員がメビーで発注した鉄板を使い、メカトロニクス用の教材を10台作成した。鉛筆削りを固定したプレートが直動移動する、「旋盤」と呼ばれる工作機械をモチーフにした小型模型だ。

11月の講義では、2年生7人がこの模型をプログラミングで制御し、鉛筆を自動で削る実習に臨んだ。教材の製作を担当した近畿大の松崎覚技術員は、「準備を大幅に短縮できて助かった。空いた時間を研究や学生の指導に当てられる」と話す。短納期で高精度な部品が手に入るという、サービス本来の趣旨でもメビーは教育に貢献している。

人材教育は未来の自社のため

メビーは2016年にサービス開始。それまでは、カタログにないようなワンオフ(一度限りの)の部品を入手する際、設計した3Dデータを2次元に落とし込み、複数の業者へFAXして見積もりを依頼するのが当たり前だった。


国内だけでなく、欧米や中国でも展開する(画像:ミスミGのHP)

ミスミGによると、1500個の部品を調達する際に計1000時間を要することもあった。それがメビーの登場で約9割短縮されたという。

製造現場の効率化への寄与が認められ、今年1月には政府主催の「ものづくり日本大賞」で最高位にあたる内閣総理大臣賞を受賞。現在も対応する素材や加工方法などを追加し、機能拡充を続けている。国内だけでなく、欧米や中国でも展開しており、担当者は「将来的には事業の柱に据えたい」と意気込む。

一方、部品を注文しない「練習」目的での利用が広がっても、利益は1円も生み出さない。にもかかわらず、なぜミスミGはメビーでの人材教育を容認し、さらに支援しようとするのか。同社の吉田光伸・常務執行役員は、その狙いをこう説明する。


ミスミGの吉田光伸常務。メビーを立ち上げから指揮してきた(記者撮影)

「製造業がより強い産業になってほしい、という思いが一番だ。ミスミGはFAなど、ものづくりの現場がお客さま。創造的な仕事をできる技術者が増え、業界が活気づけば、結果的に自分たちにもメリットがある」

「現場では技術者の高齢化が進み、教えられる人が少なくなっている。学校でも、教員がノウハウを持っているとは限らない。メビーで未来の担い手が育てられるのであれば、ぜひ役立ててほしい。学生のうちからサービスに親しんでもらえば、彼らは企業へ就職した後の潜在的な顧客にもなりうる」

ミスミGが「人材育成のインフラ」を兼ねる日

度重なるアップデートを経て、洗練されたメビーの操作性は、直感的で使いやすいと評判だ。24時間どこでも設計の練度を高められるツールとして、教育面での活躍は今後も見込まれるだろう。

「製造業のインフラ」を自認するミスミGが、「ものづくり人材育成のインフラ」を兼ねる日も近いのかもしれない。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)