中国はどのような世界戦略を展開することになるのでしょうか(写真:Tak/PIXTA)

疫病と戦争で再強化される「国民国家」はどこへ向かうのか。拮抗する「民主主義と権威主義」のゆくえは。思想家の内田樹氏が、覇権国「アメリカ」と「中国」の比較統治論から読み解いた著書『街場の米中論』が、このほど上梓された。本稿では、同書の一部を抜粋してお届けする。

米中戦争のリスクを冒すのか

中国はこのあとどういう世界戦略を展開することになるのか。


このまま勢力圏を拡大し、一帯一路周辺国を勢力圏に繰り込み、新疆ウイグルの民族運動や香港の民主政を圧殺したように、次には台湾を武力制圧して、傀儡政権を作って事実上の併合を果たすのか。その場合に、米中戦争のリスクを冒すところまで踏み込むのか。

アメリカのメディアの論調を徴する限り、アメリカは台湾や尖閣諸島の領土問題で米中の全面戦争に踏み込む気はなさそうです。

遠い太平洋の向こうの島嶼の帰属にアメリカ国民の大半は関心がありません。地図の上で台湾と沖縄を区別できるアメリカ人がどれくらいいるでしょうか。

仮にホワイトハウスが台湾への軍事介入を望んでも、議会は(とくに共和党は)派兵に反対するでしょうし、イラク、アフガニスタンの失敗と、ウクライナ戦争の長期化に直面しているアメリカ民が「次の戦争」に積極的になるとは思われない。

でも、中国が台湾を軍事占領した場合、それは質の高い民主主義国家(台湾は「民主主義指数」で世界8位、アジアでは1位の国です)に住む2340万人が主権者の地位と市民的自由を奪われることを意味しています。

ワシントンがこれを放置した場合に、アメリカの東アジアにおけるプレゼンスは一気に低下します。「アメリカが台湾を見限ったために、2340万人の自由な市民たちが主権と自由を失った」という評価が下された場合、アメリカ国内では「しかたがない」という消極的支持が得られたとしても、アメリカの華人社会はアメリカへの帰属感を深く傷つけられるし、国際社会におけるアメリカの威信は文字どおり地に墜ちるでしょう。

ですから、アメリカは台湾では何も起きないままでいることを強く願っていると思います。でも、中国は違う。中国の国内世論は「台湾侵攻は早い方がいい」という意見が声高に叫ばれています。

私が館長を務める「凱風館」の門人で、日本企業で働く台湾の人がいま上海に出向していますが、先日一時帰国したときに、中国人の同僚たちから「もうすぐ君の国も中国の国土になるね」と笑いながらいわれるという驚くべき話をしてくれました。

政府系のメディアの世論調査によると、中国の市民の70%が「台湾を統合するために武力を行使することを強く支持する」と答え、37%が「戦争になるなら、3〜5年以内がベストだ」と答えています(O・S・マストロ「中国の台湾侵攻は近い─現実味を帯びてきた武力行使リスク」Foreign Affairs Report, 2021, No.7, p.28)。

実際にアメリカの軍事専門家も、中国はミサイル攻撃と空爆によって、台湾の主要インフラを破壊し、資源輸入を阻止し、インターネットアクセスを遮断する手段を有していると見ています。アメリカ国防総省が最近実施した図上演習では「台湾をめぐる米中の軍事衝突でアメリカは敗北し、中国はわずか数日から数週間で全面的な侵攻作戦を完了する」というシナリオが示されたそうです(前掲記事、p.30)。

ですから、台湾海峡で有事が起きるとすれば、その時期と規模を決定するのは中国政府だということです。中国のトップが「勝てる」と判断したときに軍事侵攻は起きる。アメリカも日本も韓国も、中国の決定を待つしかない。先手を打つことができない。問題が起きてから、それに対する最適解を考え始めるという致命的な「後手に回る」ことを余儀なくされている。

日本人にできることは限られている

どちらにしても、アメリカと中国というプレイヤーがどうふるまうかによって、これからの世界の行方は決まってきます。

僕たち日本人にできることは限られています。直接、両国に外交的に働きかけて彼らの世界戦略に影響を及ぼすということは日本人にはできません。日本自体が固有の世界戦略を持っていないのですからできるはずがない。できるのは、両国の間に立って、なんとか外交的な架橋として対話のチャンネルを維持し、両国の利害を調整するくらいです。それができたら上等です。

とりあえず僕たちにできるのは観察と予測くらいです。この2つの超大国がどういう統治原理によって存立しているのか、短期的な政策よりも、基本的にどのような趨向性を持っているのか、それをよく観察して、世界がこれからどういう方向に向かうのか、どのような分岐点が未来に待ち受けているのか、それを見るくらいです。

トルコ元首相の「戦略思考」

僕たちは素人ですから、米中国内でいま何が起きつつあるか、軍事的、外交的、経済的な最新情報についての知識は専門家にまったく及びません。でも、不断に更新される最新情報とは直接かかわりのないところで一貫性を維持して、その国の行方を決定している「戦略的思考」についてはそれなりの知識を有しています。

トルコの外相、首相であった国際政治学者アフメト・ダウトオウルは一国のふるまいを理解するためには「地理的歴史的深みの次元」に達することが必要だと書いています。ある国家・民族が何を感じ、何を考え、どうふるまうかを決定するレイヤーがあります。ダウトオウルはそれを「戦略思考」と呼びます。

「民族の戦略思考とは、文化的、心理的、宗教的、社会的価値世界も含む歴史的伝統とその伝統によって作り出され、それが反映された地理的生活領域の共同産物としての意識と、その民族が世界の上でいかなる位置を占めるかについての見方の産物である。(…)自民族の地理的位置を軸とする空間把握と、自己の歴史的経験を軸とする時間把握は、内政の方針と外交政策形成に影響する思考の下部構造である。」(アフメト・ダウトオウル『文明の交差点の地政学─トルコ革新外交のグランドプラン』中田考監訳、内藤正典解説、書肆心水、2020年、68─69頁。太字部分は筆者)

言葉づかいはかなり晦渋ですけれども、要するに、現在の世界政治のアクターであるすべての政治単位は、それぞれに「自分は地理的にどこを棲息地と定めているのか」「自分はどのような歴史的召命を果たすべく存在するのか」についての深みのある集合的意識を「思考の下部構造」としているということです。

その下部構造(定数)と、その政治単位が採用している現実の政策(変数)とが合致すると、その集団は大きな力を発揮し、ずれるとさっぱり力が出ない。ダウトオウルはこの「定数と変数を一致させる努力」のことを「戦略」と呼びます。どれほど軍事力があっても、経済力があっても、「戦略的に思考せず、戦略計画と戦略意志を強く一貫して行動に移さない国家は、国力を活かすことはできない」(前掲書、25頁)。

国家の趨向性

僕はこのダウトオウルの意見に全面的に同意します。僕はダウトオウルが「定数」と呼ぶものを「趨向性」と呼んでいます。あらゆる国家、民族、集団は固有のコスモロジーに基づく、固有の趨向性を持っている。その趨向性と現実の政策が合致すると、爆発的な国民的エネルギーが解発される。合致しないと(政策そのものが外見的には整合的であっても)努力は虚しく空を切って、何の果実ももたらさない。

アメリカにはアメリカの趨向性(あるいは戦略)があり、中国には中国の趨向性(あるいは戦略)がある。それを見分けることができれば、彼らが「なぜ、こんなことをするのか?」、「これからどんなことをしそうか?」について妥当性の高い仮説を立てることができる。

(内田 樹 : 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授)