(写真:Fast&Slow/PIXTA)

中高年の起業で、コンサルタントが人気です。会社勤務で培った知識・経験を生かせることや資金がなくても手軽に始められることなどが、人気の理由でしょう。

ただ、手軽に始められるということは参入障壁が低く、受注を巡る競争は熾烈です。独立開業したコンサルタントの大半が、なかなか売り上げが増えず、会社勤務時代の年収を下回ります。本稿は『中小企業診断士の独立開業のリアル』の著者・日沖健氏が、コンサル独立開業に失敗した中高年の末路を追います。

「2年やってダメなら会社員に戻る」と開業に挑戦

吉川哲夫さん(43歳、仮名)は、大学を卒業後、地元の金融機関に入社しました。そして、入社10年目に上司から勧められて中小企業診断士(以下「診断士」)を受験し、資格を取得しました。

元々吉川さんは独立志向はありませんでしたが、知り合いの診断士の影響でコンサルタントという職業を意識するようになりました。そして、業績が悪化した勤務先が早期希望退職を募集したことから、独立開業の決意を固めました。

奥様に気持ちを伝えたところ、「これから子どもの学費とかいろいろとお金が必要なのに、いったい何考えているの」と一喝されました。そこで、吉川さんは「一度きりの人生だから挑戦したい。2年やってダメだったら会社員に戻るから」と約束し、強引に押し切りました。

準備不足で見切り発車だったことから、最初の4カ月間、収入はほぼゼロでした。預金通帳の残高がだんだんと減っていくの見て、「これはまずい」と不安になってきました。

その後、少しずつ診断士仲間から仕事を回してもらうようになり、軌道に乗ってきました。ただし、1年目の収入は100万円足らずで、退職前の約500万円から激減してしまいました。

1年目の終わりに県の産業振興センターに専門家登録し、2年目から公的な業務が増えてきました。ただ、産業振興センターの報酬は1日働いて3万円と安く、2年目の収入は約200万円と伸び悩みました。

2年目が終わったところで、奥様から「そろそろ再就職したら」と要望されました。しかし、吉川さんは「少し時間がかかったが、仕事は順調に増えており、上り調子。もう少しやらせてほしい」と受け付けませんでした。

吉川さんが独立開業して、今年で6年が経ちます。その間、年収が400万円を超えたことは1度もありませんが、「もう少し」「もう1年」と奥様の要望をかわし、いまも売れないコンサルタントを続けています。

約束を反故にして貧乏生活を継続

家庭を持つ中高年男性がコンサルタントとして独立開業しようとすると、たいてい奥様から猛烈に反対されます。低収入の場合はもちろんですが、実家が資産家だったり、奥様が高収入だとしても、「そんな酔狂なことしなくても」と言われます。

奥様から猛反対されて、多くの人が独立開業を断念します。ただ、吉川さんのように、「2年やってみてダメだったら再就職し、会社員に戻るから」と約束し、反対を押し切る人もいます。

こうして背水の陣で挑戦するわけですが、競争の激しいコンサルタントの世界で受注を拡げるのは容易ではありません。多くの場合、年収600万円だった会社員が独立開業して2年経っても300万円にしか達しない、という状態になります。ビジネスとしては失敗です。

では、失敗したら、どうするのでしょうか。もちろん、「コンサルタントなんてもうこりごり」と、見切りをつけて再就職する人もいますが、筆者が見る限り、こういう諦めのいい人は少数派です。

年金の受給開始が近い高齢者はともかくとして、その気になればいくらでも再就職できそうな若手・中堅でも、多くが奥様との約束を反故にし、「もう少しやらせてほしい」と貧乏生活を続けます。

挑戦して夢破れたのに、なぜ諦めて再就職しないのでしょうか。事情・理由は人それぞれですが、独立開業の直後に「収入ゼロ」という極限状態を経験したことが大きいと思います。

ビジネスはこれから上向きと勘違い

コンサルタントは人気商売なので、まだ知名度がない新人にはなかなか仕事の依頼が来ません。そのため、たいてい独立開業した直後は無収入か、生活できないレベルの低収入です。そして、無収入・低収入の状態が数カ月、あるいは1年以上続きます。

将来大きな収入を確実に見込めるなら、収入ゼロでも「いい充電期間かな」と思えるでしょう。しかし、コンサルタントの場合、将来収入が入ってくるかどうか、まったく不確かです。

そのため、かなり精神的にタフな人でも「ずっとこの状態が続いて、俺は家族ともども野垂れ死にするのかな」と命の危険を感じます。こうして偉そうに書いている筆者も、21年前に独立開業した直後はそうでした。

収入ゼロの飢餓状態を経験した後、少しずつ仕事の声がかかるようになります。銀行口座に入金があると、「ああ、これで俺も死なずに済んだ」と安堵します。たとえその収入が微々たる額でも、「自分はコンサルタントとして人から認められたんだ」と実感します。

ただし、そこから順調に仕事が増えたとしても、かなりの人気者にならない限り、会社勤務時代の年収を大きく上回ることではできません。多くのコンサルタントの年収は、「退職前600万円→開業直後0円→しばらくして300万円(その後もずっと)」と推移します。

この様子を見た世間の人は、途中の収入ゼロという飢餓状態を知らないので、「退職前600万円→開業後300万円」と捉えます。「会社員時代には年収600万円あったのに300万円に激減し、可哀想に」「どうして会社員に戻らないの?」と思います。

しかし、収入ゼロの恐怖を体験した本人は、「0円」が強力な心理的なアンカーになり、「600万円」という過去を忘れ去って、「開業直後0円→しばらくして300万円」と現状認識します。「最悪の状態を脱し、事業は上向きだ。この調子で頑張ろう」と考えるのです。

しかも、独立開業する人の多くは、組織の中で上司に命令されて働くことを良しとしません。良い言い方をすると“一匹狼”、悪い言い方をすると“組織不適合者”です(そんなコンサルタントが顧客に組織の改革をアドバイスするのはおかしな話ですが)。

そのため、大嫌いな会社員生活に戻るよりも、貧乏でも我慢できる程度なら1人で働くことを選びます。これが、独立開業に失敗してもなかなか会社員に戻らない理由です。

それでも独立開業してみるのはアリ


ここまで読んで、「コンサルタントとして独立開業しようと思ったがやめておこうかな」「中小企業診断士を取ろうと思っていたけど、無駄かな」と思われた方が多いかもしれません。

しかし、筆者は独立開業を希望する方から相談を受けたら、「2年間無収入でも食べていける蓄えがあり、ダメだったら再就職できる自信があるなら、やってみるのもアリ」と言うようにしています。

コンサルタントとして大成功するのは、実力だけでなく運も必要で、たしかに困難なことです。ただ、理にかなったやり方を着実に実践すれば、会社勤務時代と同等かやや下回る収入を稼ぐ「準成功」を収めるのは、そんなに難しくはありません。

会社員がコンサルタントとして独立開業し、自分の経験や知識をより広い舞台で活用し、企業や社会の発展に貢献するというのは、素晴らしいことです。たくさんの方がコンサル独立開業に挑戦してほしいものです。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)