そもそも鉄道会社は迷惑客を乗車拒否できる?できない?(写真:maroke/PIXTA)

旅館に泊まるとき、予約した際に伝えたことが伝わっていないことがある。私もエクストラベッドをお願いしていたのに入っていなかった、などということもあった。そのようなとき、旅館側から望外のサービスを受けることもある。

これはあくまでも旅館側の厚意にすぎないが、日本では厚意を当然にしてくれることととらえる人や、旅館のささいなミスに乗じて無理難題を突きつける人がいる。

知人の旅館経営者からは、予約サイト利用者から「新築の旅館として予約したのに違う!」と言われ、客の勘違いであったのに当日キャンセル料も払わずキャンセルされた、ということも聞く。

旅館業法は宿泊拒否の対象拡大

旅館でのいわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ=顧客による迷惑行為)対策として旅館業法が改正、2023年12月13日に施行された。

これまで旅館業法では、公衆衛生や旅行者の利便性確保のために、旅館側の顧客選択の自由を制限して原則宿泊拒否してはならないと定め、伝染病患者、違法行為や風紀を乱す行為をする恐れがあるとき、施設に余裕がないときなどの例外的な場合にのみ宿泊拒否可とされていた(旅館業法第5条)。

この宿泊拒絶理由を広げカスハラ者も対象にするというものである。具体的には、同条を改正し、宿泊料の減額や実現が容易ではないことを求める者、従業員の心身に負担を与える乱暴な言動を交えた要求で必要以上の労力を求める者の宿泊拒絶ができるようになる。

カスハラ被害と言えば、鉄道の現場でも後を絶たない。酔客による迷惑もよく聞くし、通過駅に停めるように執拗に要求するという話を聞くこともある。

ここ数年は鉄道好きの撮影者による係員への暴言、列車の緊急停止などの迷惑行為(犯罪行為を含む)も取り上げられるようになってきた。「撮り鉄」という言葉が蔑称にも聞こえるくらいである。鉄道でも迷惑防止の強化が叫ばれる世の中になった。

旅館業法の改正と同様、鉄道関係の法令も迷惑防止のために改正されるべきなのだろうか。

何をしてもいいわけでない

鉄道営業法では、違法行為や善良な風俗を乱す可能性があるとき、天災などにより運送が不可能なとき、鉄道での輸送にふさわしくないときなどの理由がない限り、輸送を希望する者の乗車を拒むことはできないと規定されている(第6条)。

こうした乗車拒否の禁止は、鉄道が独占的な傾向を持つ企業であることや、不特定多数の利用者に対し利用者を選別するようなことがあれば一般交通の利用を支える交通機関としての目的を果たせなくなることに理由がある。

鉄道の公共性からはやむをえないことだが、どんな客でも黙って受け入れろということとは違う。目的地まで安全に輸送をする使命を鉄道は担っており、乗車するからには安全・円滑・適正・正確な輸送を実現するため乗客にもルールを守ってもらう必要がある。

鉄道営業法の条文に従えば「違法行為や善良な風俗を乱す可能性があるとき」は乗車拒否をすることができるということである。

また、鉄道営業法や同法に基づく鉄道運輸規程では、迷惑行為を取り締まる規定が用意されている。

標識や信号機へのいたずらや線路などの鉄道敷地内への立ち入りといった鉄道の安全への直接的な脅威を罰則付きで禁止している。制止を聞かずに禁煙の場所で喫煙することや、暴行脅迫で係員の職務を妨害すること、列車への投石をやはり罰則付きで禁止し、車内の秩序を乱す行為をした者や手荷物検査に協力しない者を退去させることができるとされている。

「係員の失行」には厳しい?

一方、強制力のある法令は乱用されると危険な代物になる。係員による過剰な行為はこれまた問題である。

この点、鉄道営業法には味わい深い規定がある。係員による旅客に対する失行があった時には2万円以下の罰金または科料と定める規定(第24条)である。『注解特別刑法 交通編(2)鉄道営業法』によれば、失行とは常識的に見過ごせない失礼な行為や態度をいうとされ、旅客を方向違いの列車に乗車させること、を一例に挙げている。

改札係がものを聞かれても何も答えないという態度も度を過ぎれば失行となりうる、とも指摘されている。余談だが、注解特別刑法の「改札係がものを聞かれても何も答えない」という記述のところには、「近時よく見受けられる」という言葉が付されている。1980年代の書籍ゆえの時代を感じさせる。

この規定の趣旨は、鉄道係員が旅客や公衆に対して親切かつ公正であることを担保するためとか、単に公正であることを担保するためなどと説明されるが、倫理規定を超えて失礼な態度を処罰するというのはほかではあまり聞かない。

鉄道営業法の趣旨を生かして、現場の係員が失行をしない節度を保ちつつ、迷惑行為を排除できる運用が求められる。

乗客にもマナー順守が必要

対等な運送契約当事者として、係員は乗客へ懇切丁寧な対応をし、乗客は係員への迷惑行為をしないようにしつつ係員から必要な指示があれば従うという意識づけが必要ということである。

かつては客の態度にいきすぎがあっても係員側がぐっとこらえるのが当然という風潮もあった。近年は、鉄道利用の場においても、カスハラへの社会的な視線が厳しくなり、迷惑行為の禁止、法令順守の徹底を図ることが求められるようになってきた。

鉄道営業法では迷惑防止のための規定や係員が業務上失態のないように定める規定まであり、旅館業法のような法改正は不要と思う。あとは当事者である係員と乗客が法令の趣旨を理解し、適切に使いこなすだけである。


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(小島 好己 : 翠光法律事務所弁護士)