50件問い合わせをして、高齢者に部屋を貸してくれそうな対応は2〜3件だそう(写真:polkadot/PIXTA)

自分が高齢者になり、身体が不自由になったり、認知症になって意思決定できなくなったりする日のことを想像したことがある人はいるでしょうか。いまいる家族やパートナーが頼れなくなるときを想像したことがあるでしょうか。

少子高齢化が進み、2025年には6世帯に1世帯が一人世帯になると言われています。「1億総おひとりさま時代」を生き抜くために今から何を、どのように備えておけばいいのか。

住まいを中心におひとりさまサポートを20年続けてきた司法書士の太田垣章子さんが、多くの経験から選び抜いた30のリスクと対策をまとめた新刊『あなたが独りで倒れて困ること30』。その中から、事例別にご紹介します。

高齢者は家を借りられない!?

コロナ禍以降、長期にわたって住宅ローンを組むのはリスキーだと、賃貸の需要は増えています。特にファミリー物件の注目度は高く、業界は物件数が足りないと活気づいています。

これは単純にファミリー層が増えたというよりは、リモートワークなどで、家で仕事をする人が増えたことから、人数以上の部屋数を求める傾向の表れだと思います。特に夫婦共働きでその2人ともリモートワークになった場合、リビングで揃って仕事をするというのは無理があり、それぞれ個々に仕事部屋が必要になるからはないでしょうか。

一方で、ワンルームなどの小さな物件は、もともと供給過剰気味のところもあり、いったん今の入居者が退去してしまうと、新しい申し込み者を確保するのに苦戦するようになりました。

その理由は、単身者は今まで「寝るだけ」の部屋で良かったところ、「仕事部屋」的な要素も求めざるを得なくなり、広さ的に条件を満たさなくなってしまったからです。その結果、単身者世帯用の狭い部屋は、空室が目立つようになりました。

ところが、その空室が目立つ狭い部屋ですら、70歳になるとなかなか借りられません。

空室があって、それを借りたい人がいて、相互に求めているものが合致しているようにも感じますが、高齢者はほとんど貸してもらえないのです。
実際どれくらい借りられないものなのでしょうか? 

50件問い合わせをして、高齢者に部屋を貸してくれそうな対応は2〜3件といわれています。真千子さん(仮名・78歳)も部屋が借りられず、ほとほと困り果てました。

もともとはご主人名義の持ち家に住み、2人のお子さんもその家で育て上げました。息子たちも立派に成人し独立していくと、老夫婦には一戸建ては大きすぎるね……と、ご主人とも話し合っていました。

それでも長年住んだ一戸建てからの引っ越しは、荷物の整理や断捨離も大変です。物理的に荷物の量を減らしてサイズダウンしないと、引っ越しの意味がなくなります。高齢になればなるほど、その負担は計り知れません。

そのため、孫が遊びに来たときに戸建ては飛び跳ねても安心とか、息子たちが家族で来ても皆で泊まれると、さまざまな理由を付け、ついつい引っ越しを先延ばしにしてきました。

そんな孫たちもいつしか大学生になり、祖父母の家に近寄らなくなった頃、最愛のご主人が心筋梗塞であっけなくこの世を去ってしまいました。

駅前のアクセスのよい部屋

大きな5LDKの戸建ては、真千子さん1人で住むには広すぎます。ご主人がいなくなってからは、夜の物音にも敏感になってしまい、眠りも浅くなるなど、いよいよ引っ越しの必要性を感じるようになってきました。

そうなると新居に夢が膨らみます。せっかく思い切って断捨離するのですから、今度は駅前のアクセスのいい場所に住みたいと考えました。

真千子さんの住んでいた戸建ては、街の喧騒から少し離れた郊外にあります。生活するには静かで快適なのですが、1人で住むには少し静かすぎるのです。またちょっと出かけようにも、駅まで10分以上歩かねばなりません。

若い頃は「早く戻ってご飯を作らないと」とか、「子どもが帰ってくるから」と、出かけても気忙しかったのが、今や何の制約もありません。今まで行きたくても行けなかった美術館や展覧会にコンサート……。そんな文化的な生活を楽しむためにも、ぜひ交通のアクセスのいい所に住みたい! と強く思いました。

快適な新しい生活をイメージしなければ、ご主人を失った喪失感とこの大量の荷物の整理に心が折れそうだったのです。

息子たちに片付けを手伝ってもらいながら、家中の荷物が半分くらいになった頃、そろそろ部屋探しをしてみることにしました。

条件は、前から考えていた駅近のアクセスの良いエリア。広さは40平方メートルほどで、家賃は12万円までとしました。

真千子さん自身の年金は、専業主婦だったため遺族年金を受給したとしても、それほど多くはありません。それでも年金で生活すれば、足りないのは住居にかかる費用だけです。

膨らんだ夢が一気にしぼんで

家を売却すれば、安く見積もっても数千万にはなるでしょう。あとはご主人が残してくれた株式や現金等の金融資産が5000万円以上あります。最後はもしかしたら有料老人ホームに入所するかもしれないので、この10年ほどの間は賃貸に住む、としての予算組みでした。

子どもたちも自立しているので、相続で遺すことをそれほど考える必要もありません。気に入った物件があれば、場合によっては、もう少し家賃を出してもいいかしら……。そう夢を膨らませていました。

都心まで電車で30分以内の、落ち着いた雰囲気でありながら商店街も残る町の賃貸仲介店舗。荷物の片付けから少し解放されたくて、気分転換に立ち寄ってみました。はやる思いと裏腹に、ドアを開けた瞬間、真千子さんは自分が場違いなところに来てしまったのでは、という印象を受けたのです。

店舗には若く、髪の毛を明るく染めた男の子たちがパソコンに向かっていました。一斉に顔を上げて真千子さんを見た瞬間、「あれっ」と怪訝そうな表情です。

「お部屋を探しているんですけど」

消え入りそうな声を振り絞ってみましたが、聞こえたのかどうかすらわかりません。ドアのところで立ちすくんでいると、1人の年配の男性が近づいてきました。

「お母さんがお部屋を探されているんですか?」

そう言いながら、カウンターの席に誘導してくれました。

真千子さんは、そこからのことをほとんど覚えていません。いろいろ質問され、真千子さんも自分の希望を伝えようとしましたが、頭に残っているのは「部屋は貸してもらえない」ということでした。理由も聞かされたのですが、頭には入ってきません。

とにかく逃げるように、家に戻りました。

家に着いて落ち着きを取り戻した頃、片付いた部屋を眺めながらこんな疎外感を味わうために断捨離をしてきたのかと、少し情けなく感じました。これが高齢者が1人で生きるということの現実なのでしょうか。

せっかく重い腰を上げて引っ越しに向かって作業もしてきましたが、このままこの戸建てに残るのか、それとも老人ホームに入所するしかないのか、自分でもわからなくなってしまっていたのです。

真千子さんから事情を聞いて驚いた長男の誠さん(仮名・49歳)が、大学時代の友人で不動産会社を経営している中西さん(仮名・51歳)のことを思い出しました。

なぜ賃貸物件を借りられないのか

すぐに連絡をとってみると、中西さんの口からは、高齢者賃貸について驚くようなことばかりが飛び出してきました。それを要約すると……。

●70歳を超えるとほとんど部屋は貸してもらえない
●家賃の価格帯によって差はなく、どの金額帯でも貸してもらえない
●家主は高齢者に部屋を貸すより空室のほうがまだマシだと思っている
●家主は事故物件(孤独死)になってしまうことを怖れている
●認知症になったときの対応に困る
●建物を建て替えるときに退去してもらえず困る
●家賃を払ってもらえるのか心配

中西さんが挙げた理由は、ざっとこのようなものでした。

確かに家主側の思いもわかります。ただ、真千子さんの場合、家賃も払えるし、息子たちがいるのですから、何かあったとしても放置はしません。それほど家主側に迷惑をかけることはないと思うのです。

中西さんはそれを聞いても、家主側の理解はなかなか得られないとつぶやきました。

「気持ちはわかるんだけどね。一度貸してしまうと借り手の力のほうが強いから、日本の家主の権利は二の次でさ。だから家主としては、どうしても敬遠してしまうんだよ。制度と今の日本の情勢が合ってないんだな」

中西さんはそう言いながらも、UR(UR都市機構)なら高齢者でも借りやすいということを教えてくれました。

確かにURは入居者側に細かい条件はなく、支払えるということを証明すれば貸してもらえそうです。ただ、真千子さんの希望であった駅近でアクセスのよい物件はほとんどありません。

大半は駅からバスだったり、人気の高い路線ではありません。

「住む」ことを重視するなら生活環境もいいのでしょうが、それなら今の戸建てとさして変わりません。真千子さんからすると、せっかく身軽になったのだから、人生を楽しむための引っ越しがしたかったのです。そうなると絶対に譲れない点は、「駅近」です。

「不動産屋が言うのもなんですが……。条件に合う賃貸に住むことは、難しいと思います。それならば、今の戸建てを売却して、駅近の資産価値の高いマンションを購入されたらいかがですか?」

中西さんからそんなアドバイスを受けました。

マンションを購入するとなると、買ってからも月々の管理費や修繕積立金も必要になりますが、一戸建てだって維持費もかかります。

一人住まいができなくなったときに老人ホームに入所することを考えると、売りやすかったり、貸しやすかったりする物件なら、それほど資産価値を下げることにはならないでしょう。

誠さんも最初は複雑でした。誠さんは大学教授。弟は大手商社マンです。世間的にはちゃんとした息子が2人もいて、亡くなった父親も銀行マン。母親は高齢とはいえ、恵まれた環境だと思っていました。だから部屋を借りられないだなんて、思いもしなかったのです。

きっと1人でいきなり仲介の店舗に行ったからだ、くらいに思っていました。でも、中西さんの口からいろいろ聞かされると、確かに借りることは難しいと思い始めました。

考えた末、母親の望むような物件を借りられないならと、少し息子として情けない気もしましたが、真千子さんの背中を押すことにしました。

分譲を選んだ真千子さん

結局、真千子さんは、中西さんの力を借りて家の売却と駅近のマンションの購入を無事に終え、引っ越しをすることができました。


家の売却代金とダウンサイズしたマンションの購入金額はほとんど変わらなかったので、手元の現金を減らすことにはならず老後の資金も心配なさそうです。もちろん上を見ればキリはありませんが、日々の生活は年金でやりくりすれば、貯金をどんどん食いつぶすこともせずにすみそうです。

ただ、もし同じような物件を借りられていたら、毎月家賃分を貯金で賄うことになるのでしょうが、もう少し現金が手元にあったのにな……と、残念でなりません。

まさかお金があっても賃貸物件を借りられないだなんて、もっと早くから知って人生設計すべきだったと反省しきりです。孫のことなどを理由に転居を先延ばししたことが、悔やまれて仕方がありません。

「人生の後半戦に住む場所は、現役世代中に考えること」と、2人の息子にしっかり伝えた真千子さんでした。

(太田垣 章子 : OAG司法書士法人 代表司法書士)