イノベーションの「発端」は凡庸だといいます(写真:mrmohock / PIXTA)

「1人の天才が1つのアイデアで一夜にして世界を変える」というビジネスの成功の物語は、多くの人の心を躍らせます。しかし、イノベーション、選択、リーダーシップ、創造性研究の第一人者であるコロンビア大学ビジネススクール教授のシーナ・アイエンガー氏は、「イノベーションの発端は凡庸」だといいます。「Amazon」の華々しい登場の裏側の物語から解説します。

※本稿は『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義』から一部抜粋・再構成したものです。


ビジネスの成功、とくに大成功の物語は、ありふれたおとぎ話のように語られることが多い。ある朝起業家が目を覚ますと、業界に革命を起こすすばらしいアイデアが頭に浮かんだ。血のにじむような努力をして実現をめざし、とうとうやり遂げた、と。

そうした成功物語が現実とかけ離れていることがわかっていても、おとぎ話は語られ続ける。「1人の天才が1つのアイデアで一夜にして世界を変える」という物語には、ロマンがあるからだ。

実際には、どんなにすばらしいイノベーションであっても、その生まれ方はずっと凡庸だ。

成功するイノベーションを生み出す構造は、目を見張るようなものではない。重要なのは、課題を選び、それを理解するためのプロセスだ。そのことを忘れないでほしい。

ジェフ・ベゾスはいかにアマゾンを思いついたか

もっとよい物語を紹介しよう。

1994年、ジェフ・ベゾスはヘッジファンドでアナリストをしていた。大学でコンピュータ科学を学び、テクノロジーに関心のあったベゾスは、インターネットと呼ばれる、新しい急成長中のネットワークにビジネスの可能性をかぎ取った。彼が最初に考えた課題は、「インターネットを通じてお金を稼ぐには?」である。

数カ月かけていろいろなアイデアを出し、それぞれの実現可能性を検証した。1つめのアイデアは、広告を収益源とする無料の電子メールサービスだった。次に、インターネットで株式を売買できるサービスを検討した。

だが、どちらのアイデアにも、リスクを取って起業するほどの確信が持てなかった。

最終的に、とくに頭に残ったものが1つあった。インターネットを通じて消費者に直接商品を販売する、というアイデアだ。

彼が考えた重要なサブ課題

これを実現するためには、インターネット上に中心的な市場を築き、多様な企業と消費者をつなぐ仲介者になる方法を考える必要がある。

ベゾスにはイノベーションの課題を選ぶ際のカギとなる、野心的なビジョンがあった。そして、事業を拡大する前に課題を分解したことが、そのビジョンの実現に役立った。

彼が考えた重要なサブ課題は、「インターネット通販は安全性と利便性、信頼性が高く、割高でないことを、消費者にわかってもらうには?」だった。消費者の安心を得るには、何を売るのがいいだろう?

ベゾスはネット通販向きの商品分類を20種類ほどリストアップした。アパレル、音楽、ソフトウェア、オフィス用品、そして……本。彼は次の基準をもとに、それらの適応性を評価した。

1.保存が利くか? 安全に郵送できるか?
2.品質や性能が一貫しているか、つまり消費者にとってはどの店で買ってもまったく同じか?
3.十分な利益が出るほど安価か? 安く仕入れて安く配送できるか?

本はこれらの基準を軽くクリアした。そのうえ、大手出版社が刊行する全タイトルを保管する、大手の出版取次(卸売業者)が2社あり、簡単に利用することができた。従来型書店はせいぜい数千タイトルの在庫しかリアル店舗に置けず、品ぞろえが限られている。だがこれらの取次と直接取引をすれば、刊行されたすべての本を消費者に提供できる。これは独創的かつ革新的な名案だ!

とはいえ、これを思いついたのはベゾスが最初ではない。オンラインで本を販売する従来型書店はすでにあった。だがこれはベゾスの事前調査でわかったことの1つにすぎない。

ベゾスはこれを知ると、従来型書店のウェブサイトをくわしく調べ、実際に試してみることにした。『アイザック・アシモフのサイバードリーム』(未邦訳)をカリフォルニア州パロアルトの書店のオンラインストアから6ドル4セントで購入し、そのプロセスを徹底的に調べた。

本がシアトルに届くまで数週間かかり、そのうえ届いた本はひどく傷んでいた。本の状態はさておき、ベゾスは興奮したに違いない―新しいニーズを、つまり新しいサブ課題を見つけたのだ!

彼が特定したもう1つのサブ課題は、「本拠をどこに置くか?」である。大手取次は2社とも西海岸のオレゴン州に拠点を持っていたから、その近くで起業するのが理に適っていた。

ベゾスの成功への布石とは?

ベゾスはその南のカリフォルニア州を検討したが、税法上の魅力が薄かった。これに対し、すぐ北のワシントン州には州所得税がなかった。そして両親も住んでいた。ここに引っ越せば、本が集まるオレゴン州に近いし、実家のガレージを本拠にできる。

1994年末までにベゾスは決断を下していた。ニューヨークでの仕事を辞め、妻と車で大陸を横断してワシントン州シアトルに向かった。

同年11月、ベゾスはAmazon.comのURLを登録し、数カ月後にオンライン書店を立ち上げる。顧客から本の注文が入ると、ベゾスはオレゴンの取次から定価の半額でそれを仕入れた。1、2日後に本が郵送されてくると、包装し直して顧客に発送し、小さな利益を得た。

アマゾンがこのシステムをほかの商品にも広げて、現在の「エブリシングストア(何でも買える店)」になるまでには、数年を要した。

だがベゾスは、Think Biggerのいくつかの重要原則がはっきり表れた手法でイノベーションに取り組み、成功への布石を敷いた。

第一に、インターネットでものを売るという、野心的なアイデアに着手した。
第二に、階層を上げ下げできる課題を見つけた。
第三に、他社の取り組みを調べ、それらのどこがなぜ、うまくいっていないのかを研究して、自分に解決できる課題を特定した。
第四に、コンピュータ科学や金融、営業など、多様な分野のアイデアを組み合わせて、新しいビジネスモデルを開発した。

あとから考えれば、課題を分解するのは当たり前に思えるかもしれない。解決策から逆算して考えれば、それが課題のどの部分を解決したかがすぐわかる。


だが、手探りで解決策を見つけるのは本当に難しい。その証拠に、当時アマゾンに似た企業がたくさん生まれていたわけではなかった。だがネイスミスやベゾスなどのイノベーターが示すように、それは困難な取り組みだが、大きな実を結ぶことがあるのだ。

課題をサブ課題に分解する手間を取らずに、いきなり解決策を探せば、スピードは速まるが、質が低下する。課題を分解する方法は、人によってまったく違う。分解それ自体がアイデア創出の行為であり、サブ課題を見れば、その人が課題を解決するカギだと信じている要素がわかる。

日常生活の平凡な課題であっても、最初に思ったよりずっと複雑な場合がある。課題分解の作業は、思った以上に時間と思考、調査を要する取り組みなのだ。

(翻訳:櫻井祐子)

(シーナ・アイエンガー : コロンビア大学ビジネススクール教授)