「哲学シンキング」とはどのようなものか、実際にどのように活用するのか解説します(写真:wavebreakmedia/PIXTA)

海外では、企業が事業を行う際に哲学を活用する例が増えていますが、日本でも、複数の大手企業が導入するなど、その流れは広がりつつあります。日本初の「哲学コンサルティング会社」を設立し、『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』を上梓した吉田幸司さんに、哲学シンキングとはどのようなものか、実際にどのように活用するのか、解説してもらいます。

「哲学シンキング」と「デザイン思考」の関係性

私が考案したメソッド「哲学シンキング」が大手企業に取り入れられたり、メディアで反響を呼んだりするようになったきっかけは、それをデザイン思考と対比して位置づけたことにあります。

デザイン思考にはいくつかの流派があるものの、IDEO(アメリカのデザインコンサルティング会社)やスタンフォード大学で確立されたデザイン思考では、次の図のように5つのステップを踏んでいきます。


『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』P.46より

まず、プロダクトやサービスを利用するユーザーに寄り添うように「観察・共感」からスタートします。続いて、そこから得られたインサイト(洞察)やPoV=Point of View(着眼点)をもとに、どんな問題があるかを定義する「問題定義」があります。

そのうえで、その問題を解決するための「アイデア創造」があり、迅速かつ安価にプロダクトやサービスの「プロトタイプ(試作)」を行います。

最後に、それについて「評価」します。この一連のフローを繰り返すことで、目指すべきプロダクトやサービスの開発・改良を行っていきます。

私が起業した2017年には、すでに数多くの企業がデザイン思考を取り入れていました。しかし、同時に誤解も広まっていた時期でした。

デザイン思考は、デザイナーが暗黙裡に行っている思考とプロセスを、デザイナーではない人、とりわけビジネスパーソンができるようにメソッド化されたものです。デザイン思考を学び始めた一部の企業人は、そのとおりステップを踏めば「イノベーション」を起こせるだろうと思いました。つまり、デザイナーが斬新な視点や発想のもとに問題を解決できるように、デザイン思考を習得すればイノベーションを起こせると期待したのです。

その結果、さまざまな企業にデザイン思考を習得した「デザインシンカー」が所属することになったのですが、実際のところ、デザイン思考とは早く安価に失敗し、その失敗をもとに改善・問題解決していく思考だったのです。

デザイン思考が誤解されてきた

元来のデザイン思考はビジネスにおいて有益であるものの、日本企業に導入される際、それが誤解・形骸化されることでさまざまな問題が生じてきます。

ステップ1は、ユーザーやその周辺環境に対する「観察・共感」に始まりますが、ここにはユーザーの思いを調査し、把握することを重視する姿勢があります。しかしながら、ただユーザーの声に耳を傾けるだけでは表面的な成果しか得られませんし、まだ見ぬ未来の課題やイノベーションの種をユーザーがもっているとも限りません。

また、ステップを形式的に踏むだけでは、もともとの思考の限界を超える良質なインサイトや着眼点は出てきません。その場合、ステップ2の問題定義は平凡なものにとどまり、ステップ3でアイデアを出そうとしても、思考のフレームをはみ出る革新的なアイデアは出てこないでしょう。

仮に、ステップ1の「観察・共感」からさまざまなインサイトや着眼点を得られた場合も、その解釈の仕方が複数あったとしたら、ステップ2でどのように問題を定義したらいいのかという問題もあります。

ステップ3の「アイデア創造」では、ある問題定義に対していろいろな問題解決のアイデア候補を列挙したとしても、それらのうち何をどのように選べばいいのでしょうか。

企業側の思いやビジョンが求められている

こうした問題点に対する対処策は、ユーザーが何を求めているか深く知るための本質的な問いを立てること、そして企業側が「自分たちはどんなことに問題を見出し、何を実現したいのか」を明確化することです。

ユーザーへの「観察・共感」も重要ですが、どのように問題定義し、どんなアイデアを採用するかは企業側の価値基準次第です。ユーザーが何を欲しているかだけではなく、企業側の思いやビジョンが求められつつあります。

もしそうした基軸がなかったとしたら、たまたま選択された問題定義やアイデアが、プロジェクト全体や会社全体の方針と齟齬を起こすこともありえます。近視眼的にはある特定の問題を解決するように見えても、中長期的に利益よりも損失のほうが大きくなることもあるかもしれません。

こうした諸問題に対して哲学シンキングは、その解決策=ソリューションとなりうる思考法です。

メソッドや企業での導入例は書籍に譲るとして、ここでは用途を紹介すると、先の図のようにデザイン思考のプロセスに取り入れることで、上記の問題点を解決する手立てとなります。

「なんのために自分たちはこのプロジェクトを進めるのか」「このプロジェクトを通じて何を実現したいのか/したくないのか」「コンセプトやキーワードについてチームで同じ意味を共有できているか」「チームメンバーが本音を語り合い、結束力の高いチームビルディングを実現できているか」など哲学的に問うことで、思考のフレームを拡張したり、立ち返るべき理念や価値判断の基準を確立したりすることができます。

その基準は、アイデアや問題定義の選択基準、またはプロジェクト終盤での検証基準にもなります。

哲学的なレベルまで掘り下げて問い、目指すべき理念や本音を共有することでプロジェクトメンバー同士のチームビルディングが達成され、真にクリエイティブな土壌が耕されます。

「なぜ5回」では解決できない場面にも有用

デザイン思考のステップ1「観察・共感」に先立って哲学シンキングを取り入れると、チームで何をなすべきかが明確になると先述しましたが、組織のビジョン構築・共有や、商品開発・サービス設計・広告制作においても、なぜそれをやるのか、それをやることが自分たちにとってどういう意味があるのかを問う必要があります。そうした場面で、理由や意味を問い詰めて考える哲学シンキングは有用です。

ビジョンやコンセプトについて同じ言葉を使っていても、各々が理解していることが一致しているとは限りません。プロジェクトが進んでいくなかで、それぞれが実は違うことを考えていたことがわかったという経験がある方もいるのではないでしょうか。

こうした場面においては、「なぜを5回問いなさい」といったビジネスにおける教訓もあります。

しかし、「なぜ」を問うことはそれほど容易ではありません。「なぜ」という問いかけは、「○○だから△△である」と根拠や理由を問うこともあれば、「Aが起きてBが起きた」と原因を問うこともあります。また、「○○のために△△する」と目的を問うこともあります。「なぜ」という問いへの回答のパターンはたくさんあるので、本来は「なぜ」を分解・細分化して問わなければいけません。

それどころか、「なぜに対する答えがそもそもない」ということもあるでしょう。「なぜ○○したのか」と他人から問われ、自分自身で思いを巡らせても明確な答えがないという経験は、誰しも一度や二度あるはずです。

「当人がなぜに対する回答を自覚しておらず、言語化できない」という場合もあれば、「(当人の自覚とは関係なく事柄として)そもそも問いに対する解がない」「本能的行動だったため、合理的な説明はできない」という場合など、いくつかのパターンがあるでしょう。そうした場合には、「なぜ」という問いかけ自体が的外れであって、問い方を置き換える必要があります。

哲学シンキングでは、「問いを立てる」「問いを整理する」「議論を組み立て、視点を変える」「核心的・革新的な問いや本質を発見する」という4つのステップで思考を掘り下げていきます。「定義」や「意味」、「価値」、「基準」、「条件」、「タイミング」など、複数の角度から問い、リフレーミングすることで、意識されざる前提や固定観念を覆していきます。その結果、斬新な発想や、チームで腹落ちするコンセプトも見いだされていくのです。

どんな未来を描きたいのかを言語化する

アイデアが無数に出ても、最終的にどれがいいかを選ぶ際には、「自分たちは何をよしとするのか」が明確になっていないといけません。マーケットが何を欲しているかを考えることはもちろん大事ですが、それに劣らず、自分たちは何を打ち出したいのか、どんな未来を描きたいのかを言語化することも重要です。


ポイントは、「自分たちは何をしたいか/なすべきか」という問いと、「自分たちは何をしたくないか/なすべきではないか」という否定的な問いが表裏一体である点です。後者を明確化することで、どれを選ぶべきか判断に迷うような複数のアイデアのうち、どれを選ぶべきではないかも明確化されていきます。つまり、To-Doの策定だけではなく、Not-To-Doを策定することでぶれない基軸が確立されます。

プロジェクトメンバーたちが本音で対話し、ぶれない基軸をつくることは創造的なチームビルディングにもつながります。お互いに気をつかって本音を言えなかったり、忖度し合ったりするようなプロジェクトや組織では、斬新な発想は生まれにくくなります。本音の隠蔽や忖度は思考にバイアスをかけ、フレームを制限するからです。

本音で対話をすることで、プロジェクトや組織のチームが創造的に協働する土壌ができあがります。

以上のことは、デザイン思考に対応させれば、ステップ1の前段階やステップ2の問題定義、ステップ3のアイデア創造で有効に機能しますが、デザイン思考に限らず、さまざまなビジネスの場面で活用することができますので、ぜひ取り入れてみてください。

(吉田 幸司 : クロス・フィロソフィーズ社長)