ジャパンモビリティショー2023に出展したEVモーターズ・ジャパンのブース(筆者撮影)

福岡県北九州市若松区。この地は明治維新後、日本の近代化にともなう石炭の需要の急増で、筑豊炭鉱から陸路で運ばれる石炭の集積地となっていた場所だ。

若松区によれば、筑豊炭鉱での出炭量は大正期に国内シェア50%以上を占めていたという。そのおかげで、海上交通の要である洞海湾の若松港周辺は栄えた。

そんな若松区に、2019年4月創業のEV関連ベンチャー「EVモーターズ・ジャパン」が本拠を置いている。社名で「ジャパン」と称しているが、海外メーカーの日本法人ではなく、日本企業である。


北九州市若松区にあるEVモーターズ・ジャパン本社(筆者撮影)

大阪・関西万博で100台以上が走行予定

EVモーターズ・ジャパンは、ジャパンモビリティショー2023(2023年10月26日〜11月5日/一般公開は10月28日から)に出展。2025年開催予定の大阪・関西万博へ向け、大阪市高速電気軌道に約100台納入するというEV(BEV)のバスを展示し、報道陣や来場者の注目を集めた。

だが、EVモーターズ・ジャパンが北九州の企業であり、在京メディアがその実態を紹介する機会はあまり多くない印象がある。

そこで今回、北九州市若松区にあるEVモーターズ・ジャパン本社を訪問し、創業者で代表取締役・CTO(チーフテクニカルオフィサー)の佐藤裕之氏を訪ねた。


インタビューに答えてくれた、EVモーターズ・ジャパンの佐藤裕之氏(筆者撮影)

まずは、設立の経緯から振り返ってもらった。

同社のホームページには、「私たちは30年以上にわたり、リチウムイオン電池の充放電応用システム開発のトップランナーとして、世界のリチウムイオン電池の安全を日本の技術で支えてきた」とある。この「30年以上の経験」とは具体的にどういうことなのか。

佐藤氏は、総合エンジニアリング企業勤務時代の1987年から、リチウムイオン電池に「化学屋ではなく電気(制御)屋として関わってきた」という。

国内大手電機メーカー向けなど、さまざまな案件に携わってきたとのことだ。具体的には、「活性化工程」における「充放電効果」に関する研究開発で、「充電・放電の双方向に対応するインバータや、それに伴うモーター制御などを専門としてきた」と話す。


EVモーターズ・ジャパンが手がけるインバータ等の各種製品(筆者撮影)

2009年には、自ら充放電装置のメーカーを設立し、中国市場においても、中国の主要EVバスメーカーなど、中国の自動車産業やEV産業の創世記から深く係わってきたという。

なぜ、中国企業と連携してEVバスを?

では、EVモーターズ・ジャパンが、バスなど商用EVに特化するビジネスモデルとなったのはなぜだろうか。

背景には、日本と中国、それぞれでの佐藤氏の実体験にある。

日本での転機は、2011年3月の東日本大震災。福島にあった自社のインバータ製造工場が、被災したという。

その後、当時の福島県知事や地元出身の政治家などが、「福島で電池産業の育成を目指す」という考えを示すと、佐藤氏は「新しい防災システム」という観点で、「非常時に移動電源車となるEVバスが、有力な産業に成長するのではないか」と考えた。

また、被災した鉄道路線の復旧見込みが立たない中で、BRT(バス高速輸送システム)をはじめとした都市交通システムの導入に注目が集まり、「ランニングコストを考慮すればEV化の可能性もある」と考えた。

一方、中国では東日本大震災が発生する前の2000年代後半から、EVバスの普及が進み始めていた。

筆者は当時、取材を重ねる中で、2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博、2010年の広州・アジア競技大会という一大国家イベントを、中国政府はEVバスなども含めた「最新技術のショーケース」として位置付け、中国の経済力強化を国内外に強くアピールしていたことを実感したものだ。

中国政府はそうした一大国家イベントを基盤として、第12次5カ年計画(2011〜2015年)の中で、環境やIT分野における革新的な技術開発を目指す方針を定めた。

EVについては、「十城千両」と呼ぶ国家施策を25都市に広げて、EVバスやEVタクシーの普及を狙ったという経緯がある。


2010年に中国・深センで開催されたEVの国際学会EVS25の様子。多数のEVバスや小型EVが市内をパレードした(筆者撮影)


2010年、中国・深センでのEVS25に出展した、BYDのEVタクシー(筆者撮影)

そんな2010年代前半、佐藤氏は中国でEVバス等に関する研究開発を進めることになる。

佐藤氏によれば、2007年に日本と中国の政府間交渉による「環境・エネルギー分野における協力推進に関する共同コミュニケ」が、このプロジェクトに対する「大きな後押しになった」と当時を振り返る。

こうして佐藤氏は、日本では福島復興、中国では次世代技術開発という観点で、EVバスの開発に深く係わるようになっていく。

EVモーターズ・ジャパン設立の背景

EVモーターズ・ジャパンの設立は、2019年だ。佐藤氏は、設立の経緯を次のように話す。

「(日本市場も視野にEVバスを量産化する場合)保安基準として日本専用のボディ寸法が必要であり、また沿岸部の走行や凍結防止剤による塩害での腐食を予防し、(新車導入から)20年以上にわたって利用できるEVバスを日本専用に設計する必要がある。その場合は、限定した電池メーカーと商取引をする必要があるからだ」

それまでの電池メーカー業界と広く商取引をする事業体制とは一線を画し、新会社を設立するための資金を調達する必要性があったという解釈である。

生産体制については、「現在、中国の3社と車体製造で連携している。(採用する)電池は日本および中国のメーカーだが、BMS(バッテリーマネジメントシステム)やインバータなどは自社設計として、その一部製造を中国で行う」と、EVの主要技術であるパワートレインに関連する部分は、「日本で培った技術」である点を強調した。

こうしたEVモーターズ・ジャパンの経営方針は、中国企業にとってタイミングもよかった。2020年までEV製造に関連した国の補助金制度があり、その機会に海外進出を検討するEVバス製造企業が少なくなかったからだ。

「ゼロエミッション e-PARK」を建設中

EVモーターズ・ジャパンは今、若松区内にゼロエミッション社会の実現をコンセプトとした体感型EV複合施設「ゼロエミッション e-PARK」を建設中だ。


「ゼロエミッション e-PARK」の完成予想モデル。EVモーターズ・ジャパン本社にて(筆者撮影)

ここは最終的には1500台規模の商用EVの生産拠点となるが、佐藤氏は「最終組み立てだけではなく、R&D拠点や自動運転を含めたテストコースとして活用したい。また、多くの人に実際にEVを体感していただけるスペースを目指す」と、e-PARKの準備が進んでいることを強調する。

また今後、年間1万台程度のペースで日本国内のバスのEV化が見込まれる中、売れ行きによってはe-PARKのみでの製造では対応しきれなくなる可能性も示唆した。

なお、中国では車体や部品の製造は行うものの、中国国内への規格と日本など海外向けの規格(欧州UN規格)が違うことなどから、現状では中国国内向け販売は考慮していないという。

そのほか、東南アジアでノックダウンの検討を進めるとした。ノックダウンとは、関税措置を考慮し、部品を輸出して現地で最終組み立てを行う生産方法だ。

過去に佐藤氏は、ベトナム・ハロン湾での再エネ関連開発においてのEV活用として、高温多湿な環境下での急速充電や自立型電源の確保を検証した経緯もある。

直近では、環境省「令和5年度脱炭素社会実現のための都市間連携事業委託業務(2次公募)」を北九州市などと共同で受託。パラオのコロール州と連携した脱炭素都市形成や、再生可能エネルギー等に関する事業の可能性を調査する。

価格設定の根拠はなにか?

ところでEVといえば、ネックとなるのは車両価格の高さだ。その点について、佐藤氏は「エンジン車の1.5倍以内に抑える」という一定の目安を定めている。その根拠を以下のような試算で示した。

「バッテリー価格は車両価格の約1/3。航続距離は200km以上(バッテリー容量200kWh超)で、ランニングコストは中国でエンジン搭載EV(シリーズハイブリッド車)と比較して約1/5、日本では約1/3であるため、3年から5年で償却できる。バッテリーを除けば、エンジン搭載EVとEVバスはほぼ同じ価格になる」

さらに、当面の間は国や自治体から車両購入や充電インフラに対する補助金も出る。


EVモーターズ・ジャパン本社内にあるEVバスの前にて佐藤氏(筆者撮影)

最後に、EVモーターズ・ジャパンとして将来の目標を聞いた。すると、佐藤氏からは「バッテリーを中核として、福島などで起こったような大規模な災害に対して早く準備したい」と明確な答えが返ってきた。

「2050年カーボンニュートラル達成」という観点は当然あるものの、欧米や中国などと比べてエネルギー自給率は低く、今後も大規模地震の発生確率が高い日本において、現実的な防災対策の必要性を訴える。


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そのうえで、日本が次世代のグローバル産業界で生き残るためには、地域や事業所内での自立式の発電・充電が可能で、かつ不足分については系統連携しつつも電力のピークを起こさないようなエネルギーマネジメントシステムを含めた、「新都市交通システム構築」のインフラ輸出を目指すとした。

長年にわたるEV関連の電池制御での実績に裏打ちされた、日本発EVベンチャーの今後の躍進に大いに期待したいと思う。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)