2023年、ロンドンで開催された見本市でパトリア社が展示したAMVXP(著者撮影)

年の瀬が迫り、来年度政府予算が承認されるまであとわずかとなった。岸田内閣は安倍晋三元総理の提唱した防衛費をGDP比率2パーセントに引き上げるという政策を受け入れ、本年度から5年間の防衛費を総額43兆円とした政府の防衛力整備計画を決定した。

2024年度の防衛省概算要求は過去最高の7兆7385億円に上っている。だが、はたして防衛省に巨額の予算を使う能力があるのか。防衛省の予算には多くの無駄があり、効率的に予算を使っているとは言いがたい。増加した予算が無駄遣いされる可能性は極めて高い。

極めてずさんな「次期装輪装甲車」の選定

その象徴的な例が「次期装輪装甲車」のプロジェクトだ。防衛省は陸上自衛隊の96式装甲車の後継としてフィンランドのパトリア社のAMV(Armoured Modular Vehicle)XP(以下、AMV)を選定し、本年度予算で要求した。

だがその選定過程は極めてずさんで、今後調達費の高騰など大きな問題の火種となりそうだ。これは自民党の国防部会や財務省でも問題となっている。


「装輪装甲車(改)」として採用されたがキャンセルとなったコマツ案(写真:防衛省)

そもそも96式装甲車の後継は「装輪装甲車(改)」というプロジェクトで三菱重工とコマツが競い、コマツが受注した。だがその後に装甲の性能不良などが発覚して2018年にプロジェクトがキャンセルとなった。

筆者が取材した限り、不整地走行性能など多くの不具合があったようだ。これらはトライアルでわかる欠陥であり、三菱重工のMAV(Mitsubishi Armored Vehicle)を選択すべきだった。それをやらずに、採用を決定したのは、コマツに仕事を振るために、はじめからコマツ案の採用ありきだったのだろう。

このため防衛装備庁は新たに「次期装輪装甲車」として96式の後継選定を2022年度に開始した。候補は三菱重工がMAV、NTKインターナショナル社がAMVを、双日エアロスペースがGDLS(General Dynamics Land Systems)のLAV6.0を提案した。だがLAV6.0は2022年度末の納期に試験用車両が間に合わずに脱落した。

結果、AMVが選定されたのだが、その選定過程がこれもまた極めていい加減だった。防衛装備庁が求める基本性能はAMVが優れ、後方支援・生産基盤については両車同等、経費についてはAMVが優位でAMVを次期装輪装甲車のAPC(Armoured Personnel Carrier:人員輸送型)として選定した。

この選定で海外製品が選ばれた場合、国内生産されることになっていた。ところが、その国内生産企業が未定だったのだ。

本来、国内製造会社がパートナーとして参加していなければ、生産コストや後方支援・生産基盤については情報を出せるはずがない。それにもかかわらず、「経費についてはAMVが優位」と判断したのだ。

生産会社が未決定のまま予算要求

しかも予算が成立して本年度から執行されるべき時期である本年4月になっても生産会社は決まっておらず、未決定のまま来年度の概算要求でもAMVの予算が要求されている。無責任としか言いようがない。

パトリア社が国内生産会社を日本製鋼所に決定し契約を結んだというアナウンスは2023年9月になって行われた。だが同社には装甲車製造の経験がない。これが三菱重工であれば装甲車生産のためのラインやジグ(治具)、設備などを有しているから初度費(初期投資)は高くならない。だが日本製鋼所の場合は相当額の初度費が必要なはずだ。

来年度要求だけでも170億円ほどが見込まれているが、その初度費がどの程度になるかは明らかにされていない。おそらく初度費は何倍も高くなることが予想されるが、その分、実質的に単価が高騰することになる。つまり装備庁や陸幕は初度費がどのくらいになるのかも把握せずに、経費については「AMVが優位」と判断したわけだ。

ベンダーとしてはコマツの下請け企業群が担当するらしいが、少量であれば価格は高騰する。

また国内生産とはいうが、どの程度までコンポーネントを内製化するのかも明らかになっていない。部品を輸入して組み立てるのはアッセンブリー生産と呼ばれて、国内でコンポーネントを内製化して生産するものをライセンス生産と呼ぶ。

近年、国内生産は調達数が少ないこともあり、アッセンブリー生産が多い。だが、価格はオリジナルの2〜3倍以上に上る事が多い。しかも単なる組み立てなので、技術移転は期待できない。国内企業に金が落ちるものの、国内生産は単に調達単価を押し上げるだけとなっている。

装備庁の「経費についてはAMVが優位」との判断がいかにいい加減かおわかりになるだろう。

諸外国に比べて3倍程度は価格が高いのが当たり前

そもそも、AMVの代理店であるNTKインターナショナル社は小規模な専門商社であり、装甲車両関連の実績もない。年に数百億円となる調達を担当するのも無理があった。おそらくパトリア社にとって今回の入札は日本市場参入のために経験を積むつもりで、契約が取れるとは思っていなかったのではないだろうか。

このためAMV採用が決まってから防衛大手の住商エアロシステムが関わって、その後、日本製鋼所が製造を担当することが決まった。泥縄としか言いようがない。

装備庁や陸幕は国内生産企業が決まっていない段階で、AMVを選定から外すべきだった。だが生産企業が定まらないまま、コストや整備性などが優良であると判断したのだ。

これは防衛産業政策上も大変問題がある。わが国では装甲車メーカーは三菱重工、コマツ、そして日立が存在するが、国内市場の規模に対してプレーヤーが過剰だった。

そのメーカーを食わせるため少量発注せざるをえず、諸外国に比べて3倍程度は価格が高いのが当たり前という状態であった。コマツが近年やっと撤退して2社になったのに、新たに装甲車メーカーが登場することになる。これでは防衛産業基盤の強化などできるわけもない。

AMV自体は優れた装甲車で多くの採用実績もあり、車種の選定自体には問題がない。AMVを見聞した複数の将官らは、国産装甲車はこれに比べて「月とスッポンである」と評したという。

実際のところ日本の装甲車のレベルは低く、1980年代ぐらいで技術は止まっている。すでにトルコやシンガポール、UAE(アラブ首長国連邦)、韓国などのほうが先進的で高性能の装甲車を開発している。その事実を装備庁や陸幕は認識、把握できていない。


AMVは南アでもバジャーの名前で採用されている(著者撮影)

陸幕は高脅威に備えるための8輪装甲車を高性能、高価格の「共通戦術車」とし、三菱重工のMAVを採用した。「次期装輪装甲車」はこれを補完すべきより低い脅威度の環境で使用する安価なものになるはずだった。つまりハイ・ローミックスでトータルのコストを抑えようというものだ。

だがAMVのほうがMAVよりも生存性、性能もはるかに高い格上の装甲車である。同じクラスの8輪装甲車を2種類揃えたことになる。

輸入を選択すべきだった

調達および運用コスト、メーカー再編、すぐれた装備の導入という観点からみればAMVは妥当な選択だったが、これを採用するならば輸入を選択すべきだった。完成品を輸入し、無線機の装着などの自衛隊仕様のための改修と整備だけを国内企業が担当すべきだった。

このまま何も考えずに国内でライセンス生産を始めれば、多額の初度費用がかかる。また「防衛産業振興のため」、量産効果のでない国産コンポーネントを多用すれば、ライフ・サイクル・コストは高騰する。他国の何倍も高いコストでAMVを導入することになり、それは今後の予算を圧迫することになるだろう。

防衛費の大幅増額はこのような粗雑なプロジェクトで税金を浪費するためのものではないはずだ。このようないい加減な調達を続けていけば、防衛費の大幅増額は世論の支持を得られなくなるだろう。

(清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト)