銀座の並木通りにあるグランドセイコーのフラッグシップブティック(撮影:梅谷秀司)

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2022年に「和光本館」から「SEIKO HOUSE GINZA」に改称された(撮影:今井康一)

銀座のシンボルといえば、街に正時を告げる「セイコーハウス銀座」の時計塔。服部時計店(現:セイコーグループ)が初代時計塔を建設したのは1894年のこと。現在の時計塔は1932年に建てられたもので、中には高級専門店の和光本店が入る。

日本人にとってはなじみ深い時計のセイコーが、創業の地・銀座で新たな動きを見せている。

高級ブランド店が居並ぶ銀座の並木通り。中でも多いのが、スイスブランドの高級時計の路面店だ。俗に「雲上」と呼ばれる超高級ブランド時計を扱う店もある。

その並木通りに今年6月、セイコーの最高級機械式腕時計「グランドセイコー」のフラッグシップ(旗艦)ブティックが出店した。場所はロレックスやIWC、パネライなどのブティックと同じ区画にある。

大谷翔平選手も着用したモデル

入店すると、正面のショーケースには、75万〜150万円ほどの価格帯の人気モデルが並ぶ。有名なのは、穂高連峰の風に吹かれた雪面を表現したダイヤル(文字盤)のモデルと、白樺林を表現したダイヤルのモデルだ。


岩手県雫石町のグランドセイコー製造拠点の近くにある白樺の群生地域からインスピレーションを得てデザインされた(撮影:梅谷秀司)

メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が2021年にアメリカン・リーグのMVPに選出された際、セイコーが大谷選手にお祝いとしてプレゼントしたのが後者のモデル。大谷選手がラーズ・ヌートバー選手に贈った時計としても話題になった。

グランドセイコーブティックは、並木通りのほかに中央通りと和光本店内にもあり、銀座だけで3つもある。中央通りの店舗は2019年に、和光本店内の店舗は2020年にオープンした。

銀座のど真ん中、約300メートル圏内に3店舗を配置しているが、それぞれ役割は異なっている。


銀座の並木通りにあるグランドセイコーのフラッグシップブティック(撮影:梅谷秀司)

人通りが多い中央通りの店舗は、ブランドロゴが多くの人の目に触れることによる宣伝効果が見込める。観光バスの発着地点に近いこともあり、訪日客の来店が多い。

和光本店内の店舗は、重厚感ある空間で高級専門店ならではの接客を提供している。来店頻度の高い和光の顧客にグランドセイコーを勧めることもできる。

並木通りの店舗は、複数の高級時計店を巡る一環で訪れることができ、時計好きやマニアの取り込みに適している。世界的に増えている若い富裕層を意識し、日本的な要素を取り入れながらも明るく現代的な空間になっている。

「並木通りはそれぞれのブランドがキャラクターを表現する場所。満を持してオープンしたこの場所で、グランドセイコーをアピールしていきたい」

グランドセイコーのブランディングを担当するセイコーウオッチ取締役の柴粼宗久氏は、そう意気込む。

海外市場を見据えて別ブランド化

2017年、セイコーは大胆なブランド戦略を打ち出した。グランドセイコーの独立ブランド化だ。文字盤から「SEIKO」のロゴを外し、販売にはグランドセイコー専門のブティックを用意した。

グランドセイコーは国産最高級の時計として1960年に生まれたブランドだ。以来、実用的かつ精度、デザインともに最高のものを追求してきた。

現在のグランドセイコーの価格は50万〜100万円が中心。伝統的なデザインのものからスポーツウォッチやドレスウォッチまで幅広く、モデル数は200を超える。

「日本では、グランドセイコーはクオリティの高い時計として理解されていた。しかしアメリカだと、『同じSEIKOなのになぜ価格が20倍ほども違うのか』という話になってしまう。つまりブランドとして認知されていなかった」(柴粼氏)

セイコーは1969年にクオーツ式腕時計を発表。この発明が安くて正確な腕時計の普及に貢献したこともあり、普及価格帯の時計メーカーとして世界的に認知された。柴粼氏のいう「SEIKO」はこのイメージだ。

そこで機械式時計を中心とし、価格も高いグランドセイコーを別ブランド化。商品の流通も分けた。

別ブランド化から6年。セイコーの挑戦は目に見えて成果を上げ始めた。

アメリカではファンによるSNS上での自発的な発信が増えた。ブランドと流通を分けたことで、グランドセイコーの魅力をSEIKOとの比較ではなくスイスブランドの高級時計との比較で語るファンが現れ始めた。

例えば、独自のムーブメント(駆動装置)であるスプリングドライブ。ゼンマイを動力とする機械式時計の動きを、水晶振動子とICで制御する仕組みになっている。制御にはゼンマイがほどける力で発電した電力を使用。クオーツの知見が深いセイコーならではの発明だ。

こだわりのものづくりが理解される

水晶振動子とICによる制御を加えることで正確な時刻が刻める。機械式時計でありながら時刻が正確な点が、若者を中心に支持を得た。ICによる制御が可能にした、なめらかな秒針の動きも魅力として受け止められた。

ファンによる発信を通じて、グランドセイコーのこだわり抜いたものづくりが広く理解され、ブランド価値として認知されるようになった。アメリカでの評判はほかの地域にも伝播した。

コロナ禍で旅行や外食などへの支出が抑制される中、時計など高級品消費への注目が高まったことも、振り返れば追い風だった。


価格に見合った価値が認められた(撮影:梅谷秀司)

スマートフォンやスマートウォッチが普及し、時計は単に時刻を確認する道具ではなく、情緒的な価値が求められるものになった。普及価格帯を中心に腕時計の販売が減少する中、セイコーはグランドセイコーのブランド戦略を見直し、高価格帯の販売に本腰を入れた。

スイス勢が強い時計に限らず、高級品市場は歴史的に欧州ブランドが中心となって作り上げてきた。日本的な美意識や真面目なものづくりはブランド価値としてどのように評価されうるのか。イメージが重要になる高級ブランドを、極東の日本で作り上げるのはまさに挑戦となる。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)