ファッションビルのルミネは、これからどういった方向に舵を切ろうとしているのか、代表取締役社長の表輝幸氏に話を聞いた(撮影:梅谷秀司)

企業を取り巻く環境が激変する中、経営の大きなよりどころとなるのが、その企業の個性や独自性といった、いわゆる「らしさ」です。ただ、その企業の「らしさ」は感覚的に養われていることが多く、実は社員でも言葉にして説明するのが難しいケースがあります。

いったい「らしさ」とは何なのか、それをどうやって担保しているのか。ブランドビジネスに精通するジャーナリストの川島蓉子さんの連載第14回は、「ルミネ」に迫ります。

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ルミネが誕生したのは1976年

駅の上にあるファッションビルとして、若い女性を中心に人気を集めているルミネ。新宿をはじめ、池袋、有楽町、立川など、13カ所に店を構えるほか、シンガポールとジャカルタにも出店している。新宿と横浜にあるニュウマンも、同社の運営だ。そして現在、「TAKANAWA GATEWAY CITY」の商業部分の開発にも携わっている。

コロナ禍の影響で、2020年度、2021年度のSC事業の売上高は一時的に落ち込んだものの、2022年度の同売上高は3274億円と、コロナ前の2019年度の3328億円とほぼ同水準まで戻している。

今やルミネは“おしゃれなファッションビル”として、すっかりイメージが定着しているが、最初からそうだったわけではない。産声を上げたのは1976年、新宿の駅ビル業態としてのスタートだった。

当時は日本が高度経済成長を遂げ、人並みから多様化へと進み始めていた時代。そんな中にあってルミネは、駅ビルという名の通り「駅の上=エキウエ」にある施設として、利便性が優先された場だった。大衆食堂的なところと雑多な店が同居している――今のファッションビルとは、ほど遠い存在だったのだ。

それが“ファッションのルミネ”へと生まれ変わったのは、「ユナイテッドアローズ」や「ビームス」など、セレクトショップが人気となった1990年代に入ってからのことだ。おしゃれに関心の高い女性に向け、人気のセレクトショップを導入していったのだ。

それも、ビル全体の顔になるような店構えにし、ファッションのイメージを打ち出すことに注力した。駅の上におしゃれな服のショップが並んでいる、オフィスを出て家に帰る前に、ショッピングできるというニーズをとらえ、今にいたる道を築いた。

現在、代表取締役社長を務めているのは表輝幸氏。同氏はJR東日本に入社し、2011年からルミネに出向して常務と専務を、2016年にJR東日本で役員を務めた後、今年6月からルミネの社長に就任した。仕事をご一緒したのは10年ほど前、ルミネを率いている時のことだった。追い風を受けながら、さらに前へ進もうとする強いエネルギーを感じたのを覚えている。

コロナ禍を経て、世の中は大きな転換点を迎えている。そんな中にあって、ファッションビルとしてのルミネは、これからどういった方向に舵を切ろうとしているのか、ファッションは人々にとってどういう意味を持つようになっていくのか、表さんにあれこれ質問した。

“挑戦する姿勢”が薄まっている

――コロナ禍を挟んで9年ぶりにルミネに戻られ、まずはどんな印象を抱かれましたか。

:社内についても、お取引先の会社についても、全体的に“挑戦する姿勢”が薄まっているように感じました。コロナ禍を含め、厳しい状況が続いたので、そうならざるを得なかった事情も理解はします。が、そういう局面だからこそ、前に向かって挑戦してほしいと思うのです。


代表取締役社長の表輝幸氏(撮影:梅谷秀司)

――何に対する挑戦なのでしょうか?

:私が以前、ルミネにいた時、お客様に「ルミネとして大切にしてほしいことは何ですか」とヒアリングする調査を行ったのですが、その時、一番多かった答えは「挑戦する姿勢」でした。

ルミネのミッションは「ライフバリュープレゼンター」であり、体現できていたということです。それが昨今、少し弱まっている。だからもう一度、そこに立ち返り、生きることの喜び、生きることの価値について考えてほしいとお願いしているところです。

――難しい課題ですね。

:簡単なことではないと思っています。私自身、今回、社長の任に就く前に一週間ほど休暇があったので、地方を観光しながら、生きる喜びとは何かについて、あれこれ悩みながら考えたのです。

観光とは「光を観ること」ですから、それを探しに行ったわけです。そして、自らへの戒めも含めて再確認したのは、元気な挑戦を続けなければいけないということでした。

――もともとファッションは、挑戦を得意としてきたはず。それが全体に弱くなってしまったのは、どんなところに理由があるのでしょうか。

:時代のスピードが速くなっていく中で、短期決戦的な視野になり、業績や売り上げに偏っていたところがあったのだと思います。利益を上げることは大切ですが、それありきではダメだということです。

――本来、何を大切にすべきなのでしょうか。

:日本には100年、200年と続いている企業が他国と比べてかなり多いといわれています。なぜ、日本に長寿企業が多いのか。私は日本人が仕事に対して抱いている精神性にあると考えています。

単に自分の利益のためだけでなく、世のため、人のため、社会のためという意識があるからこそではないでしょうか。この意識をファッション業界が少し忘れていたと思います。

――では、業績についてはどう考えていらっしゃるのですか。

:先ほども申し上げたように、未来を切り拓いていくために、利益を上げることは大事です。2023年度に向けては、当初、コロナ禍前より低い目標だったのですが、私が着任してから、コロナ禍前を超える目標に変えました。これもまた、挑戦のひとつととらえ、知恵を出し合って進めているところです。

アジア勢に抜かれている

:最近、中国と東南アジアに出張し、その成長ぶりに驚かされました。新しいブランドが数多く登場しているのですが、クオリティもデザインも精度が高い。きちんとした価値づけがなされているので、それなりの価格でも売れているのです。

――かつてアジアのファッション業界では、日本がクオリティもデザイン性も高いと評価され、憧れのブランドだったのですが、そうではなくなりつつあるということですね。

:シンガポールとジャカルタのルミネは、ローカルブランドと日本ブランドを並べて売っているのですが、今回、訪れてみて、メイドインジャパンの価値が相対的に落ちていると感じました。少し過激な言い方をすれば、急成長を遂げているアジアの国と日本の地位が逆転しかねないということです。

――店頭を見ていると、似たような服がたくさん並んでいて、ショップの看板をはずしたら区別がつかないと感じることもあります。

:売れ筋を押さえておけばそこそこ売れる。そんな安全路線をとっているブランドもあると思います。が、お客様の目から見れば、選択肢を狭めているに過ぎません。

――コロナ禍を経て、大きく変わるかもと期待していたのですが。

:コロナ禍が一段落し、円安の追い風もあってインバウンドがもどってきたので、従来のやり方のままでそれなりの成果が出るのでしょうが、事はそう容易ではない。中長期的な視点で見れば、変えなければ生き残っていくのは難しい。もっと危機感を持った方がいいと思います。

――その意味では、ファッションビルという業態も、同質化が進んでいるように感じます。次々と進んでいる大開発には、必ず商業施設が組み込まれていて、似たようなブランドが似たような商品を並べている。そんなイメージがあるのですが、ルミネはどんな独自性を出していこうと考えていますか?

:最新の開発は、「TAKANAWA GATEWAY CITY」の商業部分をルミネが担当します。これはJRグループが「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」にしようと総力を挙げて取り組んでいるプロジェクトで、ゼロから企画を練っているところです。

JRグループが、これだけの規模で実験的な試みを興すのは珍しいことで、未来に向けた“ルミネらしさ”を徹底してかたちにしようと考えています。

「TAKANAWA GATEWAY CITY」は品川とつながり、日本のハブ拠点となっていく立地でもあります。日本だけでなく、世界から独自性のあるモノやコトを探し、幅と奥行きのある選択肢を揃えて発信していこうということです。

――今までにないようなファッションビルになりそうで、聞いていてワクワクします。ルミネは駅とともにあるという立ち位置も変わらないのでしょうか。

:基本はやはり駅にあり、駅と直結しているのがルミネの特徴ととらえています。駅とは、日々の暮らしの中に組み込まれている存在であり、公共性が高く社会とつながっている。ルミネは皆さんの日常に寄り添い、さまざまな応援をすることで、勇気や元気を感じてもらえる場でありたいと考えているのです。

「わたしらしくをあたらしく」を愚直に追求する

――最後に、時代が大きく変わる中でルミネが大切にしなければならないことは何だと思われますか。

:長年にわたって掲げてきたコーポレートメッセージである「わたしらしくをあたらしく」を愚直に追求することだと思います。これはまた、私らしさの可能性をさらに広げていくことを意味しています。

――人々の自己実現をサポートしていくということでしょうか。

:はい。マズローの五段階欲求で最高位にあるのが自己実現欲求で、さらに高次元には自己超越欲求があります。これは、自分を超えて他者を幸せにし、社会をより良いものにしていきたい欲求であり、ルミネもそこまでを目指せればと思っているのです。

――随分と高いハードルですね。

:私は人こそが最大の財産と思っているのです。ルミネの社員は約700人、お取引先のショップスタッフが約3万人、この人たちの可能性を伸ばしていくのが役目のひとつととらえているので、どんどん挑戦をしてほしいですね。

――でも、失敗が怖くて挑戦できない人は多いと思います。失敗してもいいのですか?

:失敗を許容しない文化がある限り、新しいことを生み出せるわけがありません。もちろん最初から「失敗してもいい」という弱い意思でのぞんでもらっては困ります(笑)。

でも、思いを持って真剣に突き詰めたことならば、失敗してもかまわないと思うのです。挑戦は成功したら自信になるし、失敗しても知恵や経験につながり、人としての成長を促していく。小さな成功でも、みんなでやっていけば掛け算になって輪が広がっていく。そういう意識を持って挑んでほしいのです。

――未来に向かう希望と、相変わらずのエネルギーに満ちたお話でした。その勢いがかたちになることを楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。


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(川島 蓉子 : ジャーナリスト)