クリスマスマーケットはドイツ人にとって単なるクリスマス用品を買ったり、ホットワインを飲んだりする場所以上の意味がある(写真:筆者撮影)

東京・日比谷公園や横浜の赤レンガ倉庫など、「クリスマスマーケット」は日本でも数多く開催されるようになった。その起源はドイツ語圏にあり、有名な観光名所のクリスマスマーケットもある。

その一方で小さな都市で開催されているものも多く、こぢんまりとしているが、住んでいる人たちにとって幸福の冬のオアシスというような雰囲気がある。ドイツの人たちがいかにクリスマスマーケットを訪れることによって幸せを感じているか紹介したい。

マーケットのないクリスマスは考えられない

クリスマスマーケットとは、広場などで多くの屋台が出る文字通りマーケットだ。そこでは、クリスマスオーナメント、キャンドルなどの工芸品をはじめ、食べ物、飲み物などが販売されている。

スパイスを加えた赤ワインを温めたグリューワイン(ホットワイン)などはご存じの方も多いだろう。小さなカルーセルなどが設置されるところも多いが、大規模な市場になると大型の遊戯機器も見られる。この10年ほどでは、スケートリンクが併設されるケースもある。


レトロなカルーセルが市場の雰囲気を暖かくする(写真:筆者撮影)

大きな都市だと、11月末あたりから開かれる。ここで「クリスマスシーズン」を定義しておくと、12月の最初の日曜日からがシーズンとなる。キリスト教起源の行事になると日曜日が基準になっているものが多く、そのため年によって日が異なる。

クリスマスマーケットは14世紀ごろからの起源がある。とりわけニュルンベルク、ケルン、ミュンヘンなどのものがよく知られており、シーズン中には日本からの観光客と思われる人の姿も見かける。特にこの20年ほどでマーケットの数は増えており、ドイツだけでも2500以上のマーケットが開かれる。つまり、ほとんどの人々の生活圏にあると言えるだろう。

コロナ禍の時期、クリスマスマーケットの開催をめぐっては大きな議論があった。

2021年筆者が住む人口11万人のエアランゲン市では混雑を避けるようなレイアウトで準備が進められたが、開催3日前に感染者数の増加を鑑みて中止が決定。「がっかり。仕方がないけど」というような声が聞かれた。

ドイツで71%の人がクリスマスシーズンにはマーケットを訪ねるという調査(YouGov 2017年)もあり、ドイツではマーケットのないクリスマスシーズンは考えられないというほど日常生活に浸透している。

友人・家族でほっこり過ごす場所

有名どころのクリスマスマーケットは、観光客も混じり、人がごった返すほど。が、今回紹介したいのは、小さな都市や、観光地ではない町の地元密着型のクリスマスマーケットだ。

マーケットでは仮設舞台が作られ、楽器演奏や歌などが披露される。こぢんまりしたマーケットで聞こえてくるのは、地元の音楽グループによる演奏などだ。ドイツでは地域ごとに合唱団の協会などがあり、それこそ、舞台を見ると、顔見知りのおじさんが楽しそうに歌っているというようなことがある。

ある若者は18歳の誕生日に友人に連れられてマーケットを訪れた時、仮設舞台のコーラスグループが突然「ハッピーバースデー」と歌い始め、来場者全員で大合唱になったことがあった。友人が合唱団に頼んでいたサプライズだった。


エアランゲン市のクリスマス市場の仮設舞台。地元の音楽グループが演奏などを披露する(写真:筆者撮影)

このように「地元のクリスマスマーケット」ならではのアットホームな雰囲気があるものの、シーズンには平日でも夕方あたりから混み合う。それは観光客が増えるからではない。地元の人々が友人と誘い合ってやって来るからだ。ホットワイン片手に白い息を吐きながら、談笑にふける。あちらこちらから笑い声も聞こえてくる。

もちろん、家族連れも多い。ベビーカーを押しながら屋台を回る若い家族や、カルーセルに乗る子どもに手を振りながら、親がスマートフォンで写真を撮る様子もよく見かける。

また偶然にも友人とばったりということもある。「顔は知っているが、あまり話したことがない」という程度の知人でも、こういう時は、ちょっとばかり立ち話をすることもある。これをきっかけに少し距離が縮まって、友人付き合いにまで発展することもある。

古い都市で開催し、「郷土愛」の感覚を作る

ほっこりするような雰囲気があるクリスマスマーケットだが、その理由に開催場所とドイツの都市構造も関係がある。

まず開催される場所は広場などが多いが、こうした広場は「市街中心地」にある。これが重要なポイントだ。ドイツを訪ねたことがある方なら想像しやすいと思うが、観光地はだいたい中心市街地にある。それはその土地の「発祥の地」であることが多い。

中世にできたような都市はもともと市壁で囲まれ、その中に広場や教会、市役所などが「標準装備」のように揃っていた。その後「壁の外」にも住宅などができ、街が広がったが、発祥地は今でも大切にされている。

古い建物の中身は小売店やレストランになっているが、外観は美しく保存されている。つまり、自治体の「へそ」のような場所が、普段からショッピング、飲食などに訪れる人で賑わっているというわけだ。

人口5000人ほどの、ある自治体のクリスマスマーケットは3日程度と開催期間は短いが、そこに住む50代の女性は毎年心待ちにしているという。「小さい町だけど、中世に『都市の資格』を持った歴史ある町で、中心地の古い建物とマーケットがとてもよくあう」と自慢げに話してくれたことがある。この女性は何年か前にこの町に引っ越したが、それでも「郷土愛」のような感情を抱いているのがわかる。

これは古い都市と伝統的な行事の組み合わせが「セット」であることを示している。ドイツの若者が日本のクリスマスマーケットを訪れた際、「古いカルーセルも置かれていたが、何かが違う。それはドイツの古い街並みの中で行われていないからだ」と感じたことを聞かせてくれたことがあるが、それは街と市場がセットになっていないからだろう。クリスマス市場の「ほっこりした感じ」は、都市と一体のものなのだ。

クリスマス仕様の「都市社会の居間」

最後に、中心市街地についてもう少し掘り下げる。クリスマスマーケットに使われる広場は、年間を通じてさまざまなイベントや文化関連のフェスティバル、選挙活動、デモなどに利用される。余暇から政治まで幅の広い「青空の公民館」のような空間だ。自治体も居心地の良さを追求しており、中心市街地は「都市社会の居間」とも呼ばれる。

つまり、クリスマスマーケットは「都市社会の居間」がクリスマス仕様になる期間である。ドイツの冬は鉛色の空が広がる日が多いが、そんな中、故郷のような「ほっこりした場所」が作られ、友人・家族と過ごし、時には誰かと知り合ったり、親しくなる機会が持てるわけだ。

複数の研究によると、社会的なつながりができたり、人々と交流することで、人はポジティブな感情を抱くことが多い。そして、特徴ある歴史的建築物のアンサンブルがある空間は、安心感や親しみを持つことにつながる。

加えて友人や知人がいる町は、たとえ生まれ育った町でなくても「故郷のような感情」を持ちやすい。これが、ドイツ人にとってクリスマスマーケットが幸福な冬のオアシスである理由だ。

(高松 平藏 : ドイツ在住ジャーナリスト)