ある日突然、理事会によって解雇されたOpenAIの創業者でもあるサム・アルトマンCEO。あの日いったい何があったのか。(写真:The New York Times)

11月17日の正午ごろ、OpenAIのCEOであるサム・アルトマンはラスベガスの高級ホテルからビデオ通話にログインした。彼は、リアーナやカイリー・ミノーグを含む31万5000人の来場者を集めた初開催のF1レースのためにラスベガスを訪れていた。

OpenAIのチャットボット「ChatGPT」の成功によってハイテク業界にとどまらないスターダムに上り詰めたアルトマンは、その日、同社のチーフ・サイエンティスト、イリヤ・サツキバーとのミーティングを控えていた。しかし通話が始まると、アルトマンはサツキバーが1人ではなく、事実上OpenAIの3人の社外理事に囲まれているのを見た。

即座に、アルトマンは何かがおかしいと感じた。

クビ直後に即座に「方針転換」

アルトマンは知らなかったが、サツキバーと3人の理事は、何カ月も彼の背後でひそひそ話をしていたのだ。彼らは、アルトマンは不誠実であり、AIレースを牽引する会社をもはや率いるべきでないと考えていた。前日の午後に行われた電話会議で、理事たちはアルトマンをOpenAIから追い出すことを1人ずつ決定した。

そして、彼らはその旨をアルトマンに伝えた。自分が設立に関わったスタートアップから解雇されることにショックを受けたアルトマンは、「どうしたらいいですか?」と尋ねた。理事たちは彼に、暫定CEOをサポートするよう求めた。アルトマンは、そうすることを約束した。

数時間のうちにアルトマンは考えを改め、OpenAIの理事会に宣戦布告した。

アルトマンの失脚は、OpenAIの長年に渡る煮えたぎる緊張の頂点であり、AIのパワーを警戒する人々と、このテクノロジーを一生に一度の利益と名声の大当たりと考える人々とを対立させた。

分裂が深まるにつれ、組織のリーダーたちは互いにいがみ合い、敵対するようになった。その結果、理事会での争いに発展し、最終的にはAIの将来的な発展において誰が優位に立っているかを示すことになった。すなわち、シリコンバレーの技術エリートたちと、懐の深い企業の利害関係者たちである。

設立当時から対立する要素があった

このドラマは、OpenAIに130億ドルを出資していたマイクロソフトを巻き込み、その出資を守るために圧力をかけた。シリコンバレーのトップ経営者や投資家の多くも、アルトマンを支援するために動員された。

サンフランシスコにあるアルトマンの2700万ドルの豪邸から戦いに挑んだ者もいれば、ソーシャルメディアを通じてロビー活動を行ったり、プライベートなテキストスレッドで不快感を表明したりした支援者もいた。

その嵐の中心にいたのは、38歳の億万長者であるアルトマンである。

2015年に設立されたときから、OpenAIは対立が起こる要素があった。

サンフランシスコに拠点を持つ同研究所は、イーロン・マスク、アルトマン、サツキバーら9人によって設立された。その目標は、全人類に利益をもたらすAIシステムを構築することだった。多くの技術系新興企業とは異なり、この研究所は非営利団体として設立され、その使命を果たすための理事会が設置された。

理事会には、AIの哲学を競い合う人々が名を連ねていた。一方はAIの危険性を憂慮する人々で、2018年にOpenAIを突然去ったマスクもその1人だ。もう一方は、アルトマンと、技術の潜在的なメリットに重きを置く人々だった。

2019年、スタートアップ・インキュベーターのYコンビネーターの社長としてシリコンバレーに幅広い人脈を持っていたアルトマンは、OpenAIのCEOに就任した。彼は同社のほんのわずかな株式を所有することになる。

社外理事たちが懸念していたこと

今年初め、退社者が相次ぎ、OpenAIの取締役会は9人から6人に縮小した。アルトマン、サツキバー、そしてOpenAIの社長であるグレッグ・ブロックマンの3人は、研究所の創設者だった。

ジョージタウン大学安全保障・新技術センターの戦略ディレクターであるヘレン・トナーは、AIがいつか人類を滅ぼすかもしれないと考える、効果的な利他主義者のコミュニティの一員だった。アダム・ディアンジェロは、質問回答サイト「クォラ」のCEOとして長年AIに携わってきた。ランド研究所の非常勤科学者であるターシャ・マッコーリーは、テクノロジーとAIの政策とガバナンスの問題に取り組み、シンギュラリティ大学で教鞭をとっていた。

彼らは、AIが人間以上の知能を持つようになるのではないかという懸念で一致していた。

OpenAIが昨年ChatGPTを導入した後、ネットの掲示板は大騒ぎになった。

何百万人もの人々がチャットボットを使ってラブレターを書いたり、大学のエッセイを考えたりする中、アルトマンはスポットライトを浴びるようになった。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOと共に技術イベントにも登壇した。

しかし、アルトマンがOpenAIの知名度を上げるにつれ、ChatGPTの成功が安全なAIの創造に逆行するのではないかと心配する役員もいたと、彼らの考えに詳しい2人の人物は語る。

ここ数カ月、理事会の3つの空席を埋めるべき人物をめぐってアルトマンと衝突したことで、彼らの懸念はさらに深まった。

9月、アルトマンはAIチッププロジェクトについて話し合うため中東の投資家に会った。この問題に詳しい3人の関係者によると、理事会はアルトマンがすべての計画を共有していないことを懸念していたという。

ベンチャー経営者のチャットで話題に

11月17日にアルトマンの解雇のニュースが流れると、メタのマーク・ザッカーバーグやドロップボックスのドリュー・ヒューストンを含むシリコンバレー企業のCEO100人以上が参加するプライベートなWhatsAppグループにテキストが届いた。

「サムは辞めた」とそのテキストには書かれていた。

スレッドはたちまち質問であふれかえったーーサムは何をしたのか?

OpenAIの最大の出資者であるマイクロソフトでも、同じ質問が投げかけられた。アルトマンが解雇されたとき、マイクロソフトのCTO、ケビン・スコットは、OpenAIのCTOミラ・ムラティから電話を受けた。彼女はスコットに、数分のうちにOpenAIの理事会がアルトマンを解任し、彼女が暫定CEOになったことを発表すると告げた。

スコットはすぐに、ワシントン州レッドモンドにあるマイクロソフト本社の誰かに、ナデラを幹部との会議から解放するよう頼んだ。衝撃を受けたナデラは、OpenAI理事会がアルトマンを解雇した理由をムラティに電話したと、このことを知る3人が語っている。

OpenAIの理事会は声明の中で、アルトマンは理事会とのコミュニケーションにおいて「一貫して率直ではなかった」とだけ述べていた。ムラティは答えられなかった。

ナデラは次に、OpenAIの主任独立理事であるディアンジェロに電話をかけた。ナデラは、理事会がこれほど急に行動を起こすほど、アルトマンは何をしたのだろうか?と尋ねた。何か悪意があったのだろうか?

「いいえ」とディアンジェロは答えた。ナデラは混乱したままだった。

アルトマンの相談に乗った人物

アルトマンがOpenAIのCEOから解任された直後、友人から連絡があった。エアビーアンドビーのCEO、ブライアン・チェスキーだった。

チェスキーはアルトマンに何かできることはないかと尋ねた。アルトマンは話したいと言った。

11月17日に話をしたとき、チェスキーはなぜOpenAIの理事会が彼を解雇したのかについて、アルトマンに質問を浴びせた。アルトマンは、自分もみんなと同じようにわからないと言った。

同時に、OpenAIの従業員たちは詳細を求めていた。理事会はその日の午後、サンフランシスコにある同社のオフィスの会議室に詰めかけた約15人のOpenAI幹部と話すために電話をかけた。

理事会のメンバーは、アルトマンは理事会に嘘をついたが、法的な理由から詳しくは話せない、と述べた。

OpenAIの最高戦略責任者であるジェイソン・クォンは、理事会の受託者責任違反を非難した。会議の内容を知る2人の人物によると、「会社が死ぬのを許すことは、あなた方の責務ではない」と彼は言ったという。

トナーはこう答えた。「会社の破壊は理事会の使命と一致する可能性がある」。

OpenAIの幹部は、その夜、理事を辞任させるか、全員を退社させるかを主張した。

「自分のものを取り戻す」決心

この従業員らによる支持はアルトマンに弾みをつけた。彼は新しいスタートアップを作ろうと考えたが、チェスキーとシリコンバレーの投資家で友人のロン・コンウェイがアルトマンに再考を促した。

アルトマンは自分のものを取り戻すことを決意した。

理事会はアルトマンの復帰を検討しながらも、譲歩を求めた。その中には、アルトマンをコントロールすることができる新しいメンバーを加えることも含まれていた。理事会はツイッターの前会長であるブレット・テイラーの加入を勧めた。アルトマンとの話し合いが決裂した場合の保険として、理事会は別の暫定CEOも求めた。

11月20日午前4時30分、ディアンジェロはおびえたOpenAIの社員からの電話で目を覚ました。もしディアンジェロが理事を辞めなければ、会社はつぶれてしまうというのだ。

この数時間で、事態が悪化していることにディアンジェロは気づいた。

真夜中前、ナデラはマイクロソフトの研究所を率いるためにアルトマンとブロックマンを雇うとXに投稿した。その朝、OpenAIの従業員770人のうち700人以上が、理事が辞任しない限り、アルトマンを追ってマイクロソフトに行くかもしれないという手紙に署名していた。

その手紙の中で、ひときわ目立つ名前があった。サツキバーである。

アルトマンと理事会の「取り引き」

OpenAIの存続は危ぶまれた。理事会メンバーは交渉するより他なかった。

行き詰まりを打開するため、翌日、ディアンジェロとアルトマンは話し合った。ディアンジェロは、ハーバード大学の教授であるローレンス・サマーズ元財務長官を取締役に推薦した。アルトマンはこの案を気に入った。

サマーズはディアンジェロ、アルトマン、ナデラらと話をした。それぞれAIと経営についての見解を探るとともに、OpenAIの騒動について尋ねた。ブローカーの役割を果たせるかどうか確かめたかったという。

サマーズが加わったことで、アルトマンは取締役会の席の要求を断念し、彼のリーダーシップと解任に関する独立調査に同意した。

11月21日遅くには、両者は合意に達していた。アルトマンはCEOに復帰するが、理事には就任しない。サマーズ、ディアンジェロ、テイラーは取締役となり、マイクロソフトは最終的に議決権のないオブザーバーとして加わる。トナー、マッコーリー、サツキバーは理事会を去る。

今週に入っても、アルトマンと彼の相談相手の何人かは激怒していた。彼らはアルトマンの汚名を返上させたかったのだ。

「君がクビになるという臆測を止めるためのプランBはあるのか?」とコンウェイはアルトマンにメッセージを送っている。

アルトマンはOpenAIの理事会と協力していると述べた。 「彼らは本当に沈黙を望んでいる。だが、早急に対応することが需要だと思っている」。

(執筆:Tripp Mickle記者、Cade Metz記者、Mike Isaac、Karen Weise記者)

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