介護休業制度をどう使うか(写真:ふじよ/PIXTA)

家族の介護を理由に休業する「介護休業」は法律で認められた制度です。対象家族1人につき3回まで、通算93日休業できるものですが、その取得にあたっては注意も必要だと『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』の著者・酒井穣氏は語ります。「1回で93日をめいっぱい休んでしまうと、かえって介護離職のリスクが高くなるかもしれない」という酒井氏の解説を、同書から一部を抜粋・編集して紹介します。

長期の介護休業に潜む意外なリスク

いかなる企業であっても、法律には逆らえません。そして、介護のために休んだり(介護休業・介護休暇)、残業を拒否できたり(残業免除)、また、そうした行為によって不当に扱われない(介護ハラスメント防止)ということは、日本の法律で決まっています。

法律とは最低限の倫理にすぎませんから、企業によっては、こうした法定の制度を大きく超えて、より仕事と介護の両立に悩む従業員のための制度を整えているところもあります。

今後は、健康経営の評価指標として、ビジネスケアラー支援の拡充が求められますから、こうした法定の制度を超えていくことは、より一般的なことになっていくでしょう。

もちろん、法定の制度を理解して、それを上手に活用していくことは、仕事と介護の両立をするうえで大切なことです。しっかりと、人事部(人事部がない場合は上司や経営者)と話をしながら、当然の権利を確保することを忘れないでください。

ただし、ここでどうしても注意しておきたいことがあります。それは、法定では対象1人につき3回まで、通算で93日まで認められている介護休業の実際の使い方です。

当然の権利だからということで、1回で93日をめいっぱい休んでしまうと、かえって介護離職のリスクが高くなるかもしれないのです。

マスコミでもよく取り上げられる引きこもりは、なにも、子どもにだけ起こることではありません。社会人にも引きこもりは起こります。これまで引きこもりとは無縁の人生をおくってきた人にとって「ちょっと休む」ことの怖さは、なかなか実感できないかもしれません。

しかし引きこもりに至る心理的なプロセスは、意外と誰にでも起こりえるものであり、そのはじまりは「ちょっと休む」ことなのです。実際に、社会人が引きこもりになる理由として最も多いのは「ちょっと休む」結果として、どんどん職場に適応できなくなってしまうことが最多(28%)なのです。

きっかけは、「仕事と介護の両立がストレスだから、ちょっと休んでゆっくり介護したい」だったとしても、介護のために93日も連続して休んでしまうようなことになれば、それ以前にあなたが行っていた仕事は、他の誰かに引き継がれているでしょう。そうなると、職場に復帰しても、あなたの仕事はもうないかもしれません。

こうした場合「自分がいなければ仕事にならない」といった自尊心は、復帰するときには砕かれています。自分があまり必要とされていない職場に、自分が戻る理由は、どこにあるのでしょう。そんなことをグルグルと考えはじめると、もう1日くらい休んでおくかという気分にもなります。

「介護休業制度をとりづらい」現実

さらに、介護の実態を考えても1回で93日を取得することはすすめません。

介護休業をとるにしても1回でとらずに、3回に分けてとり、介護初期のパニック期やアクシデントが起きてその対応に時間がかかりそうなときにとるようにしたほうがいいでしょう。介護のめどがついたとはいえ、復帰してからも、介護のために再び休む必要が出てくることもありえるからです。

そもそも、ビジネスケアラーとして上手に両立していくということは、職場への適応性を多かれ少なかれ少し下げるということでもあります。程度の差はあれ、出張や残業がしにくくなるのが現実だからです。

介護休業は、かなり長期の休みが認められる制度です。その取得は、介護のめどをつけるためには、たしかに必要なものかもしれません。それでも、そこには引きこもりが生まれてしまう心理的なプロセスが、リスクとして大きな口を開けていることは覚えておいてください。


企業の「介護支援制度」に対するビジネスケアラーの認知度・利用率(単位:%)(出所:『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』)

ただ、「介護休業を長期でとってはいけない」と言いましたが、実はそう言うまでもなく、そもそも「介護休業制度をとりづらい」と感じているビジネスケアラーも多いかもしれません。

図は介護休業制度、介護休暇制度、介護時短制度が、実際にどれくらい利用されているのかに関する、弊社の独自データを示したものです(サンプルサイズ2555人)。

この分析から明らかなのは、大多数のビジネスケアラーは、介護休業制度などの存在は正しく認識してはいるものの、それを利用していないという事実です。

その理由は、介護のためのお金が稼げなくなることだけでなく、職場の理解が得られないことや、評価が下げられてしまう恐怖など、さまざまです。

いざというときには休みやすい職場である必要はあるでしょう。

ただし、実際のビジネスケアラーたちが求めているのは、休みやすさではなく、とにかく仕事に穴を開けないで介護も成功させることなのです。この点についての理解は、まだ日本の企業には広がっていないというのが現実です。

介護離職のボーダーラインとは

さらに決定的なデータがあります。


平日平均2時間以上、休日平均5時間以上を介護のために使ってしまう人は、介護離職をするというものです。これは介護離職のボーダーラインであり、本人はもちろん、企業もまたしっかりと認識する必要があります。

「休みやすい職場」もたしかに大切なことですが、「仕事を休まずに、介護を行っていける具体的な方法」を情報として得られる環境が、ビジネスケアラーにとって重要なのです。

(酒井 穣 : 株式会社リクシス 取締役副社長CSO)