羽黒山参籠所「斎館」の精進料理(撮影:弥桜)

インバウンドが本格回復へ向かうなか、京都や鎌倉など人気観光地で問題になっているオーバーツーリズム。主要観光都市だけではなくほかの地方への観光誘致の施策として、国と各地方自治体が注力するのが、ガストロノミーツーリズムだ。

ガストロノミーツーリズムとは、それぞれの土地の習慣、歴史、文化を、そこで育まれた食を通して楽しむことを目的とする旅のことだ。

地域に根づいた食文化を観光とつなぎあわせて集客の目玉にする取り組みとして、足元では観光庁の今年度の採択事業「地域一体型ガストロノミーツーリズムの推進事業」に選定された13の地域が動き出している。

観光に力を入れる山形・鶴岡市

そのなかの1都市が、東北で観光振興にもっとも積極的な自治体としても知られる山形県鶴岡市だ。同市では大自然に囲まれた街の歴史と文化を食膳で伝える、地域の強みを活かしたガストロノミーをテーマに、外国人を対象にしたモニターツアーを実施した。

外国人にその土地の食のコンテンツから、土地の歴史や文化を感じてもらうことはできるのか。各関係者に話を聞き、課題と展望を考える。

鶴岡市は、20年ほど前から「食の都・庄内」を掲げ、地元の地産食材や伝統料理を積極的にPRしてきた。

2014年には日本で最初の「ユネスコ食文化創造都市」(現在は日本で鶴岡市と大分県臼杵市の2都市が認定されている)に認定されたほか、文化庁認定の「日本遺産」に2016年には同市の出羽三山が、翌年にはサムライゆかりのシルクもそれぞれ登録された。

近年は、東北有数の観光振興の先進都市として存在感を高めるなか、コロナ禍を経て、国内だけでなく海外も本格的に視野に入れる。

多種多様な文化、宗教に属する外国人の受け入れに向けて、案内板など情報掲示の整備のほか、食に関してはヴィーガンなどベジタリアンに対応した地産料理の対応の勉強を進めているのだ。そうしたなか、実証事業の第1弾として実施されたのが、今回のモニターツアーだ。

外国人が精進料理に舌鼓

本ツアーは、出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)の雄大な自然に囲まれる鶴岡において、江戸時代から庶民に親しまれた「出羽三山の旅」がベースとなっている。山の修行で「精進潔斎(肉食や酒を断ち、心身を清める)」して生まれかわり、下山後は温泉につかって俗世に戻り、地酒や旬の食材、海の幸を食し「精進落とし」をする、といった内容だ。

今回は2泊3日の行程を通して、特別な設定や演出(致道博物館の御隠殿での夕食と庭園ライトアップ、湯田川温泉神楽の実演鑑賞、善寳寺での雛菓子体験など)が随所に組み込まれた。ツアー行程に沿って、毎食ごとにその日に訪れた鶴岡の歴史と文化が料理から語られ、旅そのものが食を通したストーリーになっていた。


国の名勝に指定されている致道博物館の御隠殿の庭園を今回のモニターツアーのためにライトアップした(撮影:筆者)

ガストロノミーを掲げる料理で象徴的だったのは、出羽三山神社の羽黒山参籠所「斎館」での精進料理だ。斎館は、現在も修験者や信者が精進潔斎する場所である。羽黒山伏伝承の精進料理について伊藤新吉料理長から説明があった後、羽黒山の天然の山菜やキノコを使い、乾燥や塩漬け、燻製などいくつもの製法によって異なる味付けにした、色彩も味わいも豊かな膳が出された。

また、明治初期に旧庄内藩士によって開墾され、全国有数のシルクと果物類の生産地となった松ケ岡のワイナリー、ピノ・コッリーナは、地産シルクと庄内米の米粉を混ぜ込んだフォカッチャ(パン)が名物の1つ。ツアーに参加した発酵料理に詳しい料理家の井澤由美子さんも「シルクをジュレにして生地に練り込んだパンは非常に珍しい」と話した。


松ケ岡のワイナリー、ピノ・コッリーナのワインとワインプリン(撮影:弥桜)

今回のツアーのメインは、鶴岡の歴史と縁深い旧庄内藩当主の後嗣・酒井忠順氏がホストとなった、酒井家ゆかりの致道博物館の御隠殿でのモニターとの夕食会だ。国の名勝に指定された庭園のライトアップを眺めながら、酒井氏本人から庄内の酒井家の歴史と食文化のつながりを聞き、鶴岡の食材によるフルコースのプレミアムディナーを楽しんだ。


致道博物館の酒井家の御隠殿でのプレミアムディナー。鶴岡の食材を使ったフルコース料理(撮影:弥桜)

外国人参加者に話を聞くと、歴史建造物の説明が専門的で難しかったというアメリカ人男性の声があった一方、ツアー全体を通して、ほとんどのモニターが、この地のバックグラウンドを生産者や料理人など当事者から直接聞くことでシンパシーを感じ、食文化を理解して料理を味わうことを存分に楽しんでいる様子だった。

今回の取り組みに関して、日本におけるヴィーガン・プラントベース料理の第一人者であり、社会貢献活動として「ソーシャル・フード・ガストロノミー」を提唱する杉浦仁志シェフは「鶴岡市には独自性のある食と結びついた歴史文化があり、世界に勝てる地の食文化が根づいている。従来の発想と視点を変えて、外国人に向けた発信をどう切り開いていくかが次のフェーズだ」と話した。

外国人を呼び込むための課題も

外国人を引きつける食文化がある一方で、課題もある。それは、料理人や生産者、宿泊施設、観光事業者など関係者それぞれの立場ごとにガストロノミーへの意識や視点が異なることだ。

個々人で取り組むのではなく、地域が連携してチーム一丸となり、街全体のあらゆる部分で、外国人を迎える体制を整えなくてはならない。

競合になる地域のさまざまなリソースのパートナーシップをどううまく醸成し、コミュニティーを作っていくか。そのための発信や啓蒙は、自治体の役割になるだろう。

長年にわたって地元料理界を牽引してきた奥田政行シェフ(農林水産省が顕彰する「料理マスターズ」2023年の最高賞を受賞)は、より具体的に「コミュニティーを円滑に作る」「それぞれが持つ特徴、強みを整理する」「それぞれの立場で最高のパフォーマンスをする」と、3つのポイントを挙げ、チーム力の向上を提言する。

さらに鶴岡市では、全国的にも稀な、その地の歴史や伝統に加えて、食文化や料理の専門的な知識を有する「ふうど(食 ✕ 風土)ガイド」を育成、認定している。彼らが地域のさまざまな関係者間の連携を促す架け橋になり、ガストロノミーツーリズムの推進の一翼を担う存在になっていくことも期待されるだろう。

このほか受け入れ体制の整いつつある鶴岡市へのアクセスをどう作るか、といった交通面も課題だ。来訪を待つだけではなく、東京や大阪、京都など外国人が多く集まる地域からの利便性の高い移動手段を整備することも、本格的なインバウンド誘致に必要な施策になる。

受け入れ体制を整えていく必要がある

鶴岡市は東北でもっとも積極的に観光PRを行い、実績につなげている自治体のひとつだ。そこにはアクティブな行政と、地元の生産者、料理人、寺社仏閣などの観光地、観光サービスといった関係各所の地域への愛と誇りがあり、振興への高い志がある。

それをどう相乗的に高めあって、さらに発展させていくか。文化庁の本採択事業への応募団体であるDEGAM鶴岡ツーリズムビューロー(一般社団法人)の事務局長・大宮將義氏は「今回の結果を活かして、市や関係各所と連携しながら、目標を持ってインバウンド受け入れ体制をしっかりと整備していきたい」とこれからの道のりを見据える。

外国人向けだった今回のツアー内容は、インバウンドだけではなく、国内向けの高付加価値体験としても今後、市場に活かされていくだろう。

鶴岡市の観光施策は、全国各地から視察が来るなどその動向が広く注目されている。食の都としてのポテンシャルが、国境を超えて世界に浸透していく成功事例となることが期待される。

(武井 保之 : ライター)