新幹線通勤が浸透すれば、ビジネスパーソンの働き方も変わるか?(撮影:尾形文繁)

JR東海が2024年1月から「新幹線通勤」を本格的にスタートさせる。現在は片道300キロメートルまで(東京駅なら愛知・豊橋駅まで)だが、これが最長で「東京ー新大阪」の550キロメートルの通勤が制度上可能となる。現状では人事部から試行的に始めているが、主要な労働組合との交渉で合意に達し、来年から本格的に導入される構えだ。

現在、JR東海には現業(鉄道の運行や保全などの現場)・非現業(主にオフィス勤務など)を含め全社で約2万1000人(出向者含む)いるが、実は現在でも新幹線通勤をしている人は3400人もいるというから、少ない数字ではない。うち非現業は1100人。最も多いのは「品川ー新横浜」間のパターンだという。

来年1月から対象になるのは、非現業であるオフィス勤務の約6000人だ。部門にもよるだろうが、現在の1100人が新制度でどれだけ増えるか、今から注目される。

移動中の執務=仕事。通勤代も全額出す


新幹線通勤でまず注目されるのは、決して短くはない、通勤時間の扱いだ。JR東海では現状、在来線で通う通勤者と同様に、移動時間は執務として認められていないが、来年からは「執務」(=仕事)として堂々と認められる。車中でPCを開いて、メールを返信したり、会議の資料を読み込んだりすることもできるだろう。週7.5時間が上限だが、週5日勤務として、1日1.5時間を充てられる。

通勤にかかる費用は全額が会社負担(業務利用の乗車はもちろん会社負担=無料)。NTTなど新幹線通勤を認めている会社は、税控除の関係から月15万円を上限にしているケースが多いが、これは交通費の非課税限度がその額までと定められているから。JR東海はこれを取り払い、本人の持ち出しは無しとする。

ちなみに新幹線の場合、通勤定期としては現在でも、「東京ー新大阪」間は販売していない。仮に来年、同社で同区間の通勤者が現れたとしても、特別に社員向けに発行することはなく、例えば、今ある「東京ー豊橋」「豊橋ー新大阪」の定期券2枚を利用することになるという。座席も基本は自由席で、ビジネスブースなどは一般客向けなので使えない。

新幹線通勤だけではなく、JR東海では、来年から「スマートワーク」と名付けて、働き方を大きく見直す意向だ。

現行はフレックスタイムのうち、必ず勤務しなければならないのは11〜14時。これが今度は、7〜22時の間であれば、コアタイムの3時間をどこでも任意で選択可能になる。フルリモートを導入しているIT企業に比べれば、何ということなく見えるが、1年365日、始発から終電まで電車が動いている鉄道会社にとって、柔軟な働き方を取り入れるのは簡単でない。


「成果もしっかり上げてもらう」と語るJR東海の小峰宏夫・人事部勤労課長(撮影:梅谷秀司)

在宅勤務は従来の自宅から、自宅に加えて、シェアオフィスやカフェなどでの勤務もOKにしている(利用料や飲食代は自己負担)。対象も育児・介護社員のみ週7.5時間だったのを、全社員に週7.5時間与え、育児・介護社員には週15時間まで拡大する。ちなみに2022年度の育児休業取得率は、女性108%・男性82%である(女性の108%は、その年度での出産と、休暇を取るタイミングとがずれたことによる)。

これらの動きは採用面でも無視できない。イオンなどが地域限定正社員の制度を導入、人手不足に対応しているように、転勤や単身赴任は入社希望の人材にとっては大きなハードルの1つだ。

自律的に行動し、成果も上げるべし

新幹線通勤を活用できれば、例えば週5日勤務のうち、4日を新幹線通勤、1日を在宅勤務にできる。遠隔地の自宅からでも通勤でき、その通勤時間中を仕事にも充てられるため、単身赴任も解消できる。JR東海の場合、単身赴任者用に品川駅や名古屋駅の近くに寮があり、そこに泊まることもできるし、もちろん自宅に帰ってもいい。

コロナ禍ではリモートワークが浸透したが、コロナ禍明け、その揺り戻しを受けて、企業社会では対面のよさが見直され、出社の方向に大きく舵が切られている。ただ「リモートか対面か」の一択でなく、今後は仕事の場面場面でより効果的なほうを選ぶ、ハイブリッド的な働き方が志向されていくだろう。

むろん、新幹線通勤や在宅勤務など、多様な働き方が認められるからといって、単に職場が”ホワイト化”するのみ、となるほど世の中は甘くない。JR東海の小峰宏夫・人事部勤労課長は「自由度が増し、働き方も柔軟になるが、それをする以上はしっかり成果を出す。自律的に行動し、生産性も高めてほしい」とクギを刺す。丹羽俊介社長も社員向けのメッセージで「新しい発想・技術によってサービスの創出に挑戦することで収益拡大に取り組まなければならない」と訴える。

リニア中央新幹線の開業時期が正式に2027年以降へと変更されるなど、JR東海を取り巻く収益環境も盤石ではない。安全輸送の規律と柔軟な働き方をどう両立させるか。これから社員一人一人が問われることになる。

(大野 和幸 : 東洋経済 記者)