閣議に臨む岸田文雄首相(写真:時事)

リクルート事件に並ぶ政治と金のスキャンダルとなった安倍派(清和政策研究会)の「巨額裏金疑惑」は、臨時国会閉幕を受け、週明けにも東京地検特捜部が同派への強制捜査に着手する見通しだ。その結果次第で自民党最大派閥が分裂・崩壊する可能性もある一方、支持率下落に苦闘する岸田文雄首相も「絶体絶命の大ピンチ」に追い込まれつつある。

この危機的事態を踏まえ、岸田首相は党・内閣の主要ポストを占めていた松野博一官房長官をはじめとする安倍派5人衆を、すべて交代させるという人事を決断した。しかし、多くの国民が求める派閥の解消や、抜け穴だらけとされる政治資金規正法改正には及び腰の姿勢が際立ち、「危機打開への熱意や意欲が感じられない」(自民長老)のが実態だ。

その一方で、異例の総力態勢で疑惑解明に挑む検察当局にとっても、組織的裏金作りの“主役”とも位置づけられる安倍晋三元首相、細田博之前衆院議長(いずれも故人)は「死人に口なし」で、10年前に政界を引退した森喜朗元首相には「時効」という壁が立ちはだかる。

このため「必ずバッジ(国会議員)を挙げる」と意気込む検察側は、数千万円単位での裏金のキックバックを受けていた議員だけでなく、松野氏ら歴代安倍派事務総長を標的に立件を狙う構え。ただ、来年1月中下旬とされる次期通常国会召集までの「超短期決戦の捜査」となるだけに、「今後の展開は極めて不透明」(政界関係者)との見方も広がる。

紆余曲折の果ての「林官房長官」

臨時国会の13日閉幕を受け、岸田首相は14日、安倍派所属の4閣僚を事実上更迭したうえで、政権の要となる官房長官に岸田派座長の林芳正前外務相を充てるなどの一部交代人事を行った。西村康稔経産相の後任に無派閥の斎藤健前法相、鈴木淳司総務相の後任に麻生派の松本剛明前総務相、宮下一郎農水相の後任に森山派の坂本哲志元地方創生担当相を任命し、安倍派所属の副大臣5人と政務官1人も交代させた。

岸田首相としては閣僚メンバーから安倍派を一掃し、他派閥の閣僚経験者を後任に据えることで、危機的事態を打開するきっかけとしたい考えとみられる。人事の手続きを終えた後、岸田首相は官邸で記者団の取材に応じ「所属する政策集団(派閥)がどこかではなく、1人ひとりの意向や事情を勘案して判断した」と説明したうえで、「党全体が一致結束していくことが重要だ」と強調した。

今回の交代人事の最大の注目点は、岸田政権発足以来、岸田首相の女房役で政権の要となる官房長官を務めてきた松野氏の後任選びだった。最終的に岸田派の座長として同派を取り仕切る立場の林氏の起用で落着したが、「茂木派や無派閥の有力者にも打診したが固辞されたため、当初は官房長官就任を渋っていた林氏を口説き落とすという紆余曲折の果ての人事だった」(岸田派幹部)とされる。

林氏は官房長官就任が内定した14日朝に記者団に対し「『青天のへきれき』という言葉がふさわしいが、岸田総理から『厳しい状況の中だが、支えてもらえないか』と言われた(ので応諾した)。持てる力を発揮できるよう誠心誠意、努力したい」と語ったがその表情や口ぶりには複雑な心境が隠せなかった。

麻生氏らへの配慮と忖度がにじむ後任人事

また、林氏とともに安倍派4閣僚の後任となった3氏をみても、総務相となった松本氏は麻生太郎副総裁の率いる麻生派の大幹部で、岸田首相の麻生氏への配慮がにじむ。経産相に起用された斎藤氏は、通産官僚出身という経歴が買われたとされるが、将来の岸田派入会が取り沙汰されている人物だ。また、新農相の坂本氏は農林族の大物でもある森山総務会長の側近で、党で政権を支える森山氏の意向を忖度したとみられている。

その一方で、党執行部からも、安倍派5人衆の萩生田光一政調会長、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長の交代が決まっている。閣僚交代人事と並行して萩生田氏ら3氏がそれぞれ、岸田首相や茂木敏充幹事長に辞意表明したからだ。ただ、岸田首相は自民総裁として「政府与党の最優先課題となる2024年度予算案の決定までは職にとどまってほしい」と要請、3氏も受け入れる意向とされる。

その中で、自民党内に複雑な波紋を広げたのが、萩生田氏の言動だ。同氏は人事に先立つ11日、「(安倍派所属の)閣僚や副大臣が辞めなければならないのであれば、政調会長の責任も、同等あるいはそれ以上に大きなものがある。(人事は)首相の専権事項だが、出処進退については自分で決めたい」と記者団の取材に応じ発言したという。

そもそも、安倍派の次期会長候補の本命とみられてきたのが萩生田氏。それだけに自民党内には「岸田首相の安倍派一掃という方針に異議を唱え、『安倍派は反岸田に回る』と脅しをかけた」(自民長老)との憶測が飛び交う事態となった。

「進退は自分で」との萩生田発言の複雑な背景

ただ、萩生田氏はこの発言に先立って10日に岸田首相と会談している。萩生田氏自身もこの会談について「首相から『税制、予算と大切な仕事を目の前にしてしっかり対応してほしい』と言われた」と説明しており、官邸サイドから「双方が互いの立場を理解し合ったうえでの、萩生田氏の政治的パフォーマンス」との声も漏れてくるなど「今のところ真相は不明」(閣僚経験者)だ。

ただ、麻生副総裁と並ぶ岸田首相の後見役とみられている森元首相は地元紙のインタビューで、「安倍派の結束維持には萩生田派への衣替えが必要」との趣旨の発言をしている。このため「安倍派の分裂・解体を恐れる森氏が仕掛け、岸田首相にも伝達済み」(森氏周辺)との声も出るが、現状をみる限り「まさに百鬼夜行の闇試合」の様相を濃くしている。

こうした安倍派をめぐる複雑怪奇な蠢きをさらに加速させたのが同派の宮沢博行前防衛副大臣。同氏は副大臣在任中の13日、東京地検が裏金疑惑の“核心”として捜査している販売ノルマの超過分に対するキックバック(資金還流)について「(政治資金収支報告書へ)記載しないでよいと派閥から指示があった」と明言、同派所属議員として初めて安倍派の組織的裏金作りへの指示を認めたからだ。

宮沢氏は同日、国会内でわざわざ記者団の取材に応じたもので、その中で「長年やってきているので適法と推測し、指示に従った」と釈明。指示した人物の特定は避けたうえで「(主な使途は)政治活動としての交際費」と説明する一方、「黙っていろと言われたが、早く潔白を説明したいと多くの議員が思っている」と箝口令を敷く同派幹部の姿勢を批判した。

安倍派混乱を拡大させた宮沢氏の「暴露」

さらに宮沢氏は14日に副大臣の辞表を提出した後メディアのインタビューに対し「(キックバックは)3年間で140万円」「派閥の方から『しゃべるな、しゃべるな』といわれた」「(発言したことに)悔いはない」などと同派一掃への憤懣もぶちまけた。

こうした安倍派の混乱が拡大する中、14日に公表された時事通信の12月世論調査(8〜11日実施)では、内閣支持率が17.1%まで下落、18.3%とこちらも下落した自民党支持率との合計は約35ポイントと「まさに政権維持の危険水域」となった。今後の各メディアの調査での支持率下落は必至とみられる。

そうした状況にもかかわらず、15日午前の交代人事後の初閣議では、岸田首相の笑顔と明るさがひときわ目立っていた。これについて、与党内からは「目の上のたんこぶだった安倍派の一掃と抑え込みに成功したことへの達成感」(自民長老)との皮肉な見方も出るが、「テレビ画面でこの様子を見た国民は、ますます政権批判を強める」(閣僚経験者)ことは間違いなさそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)