介護事業に参入する方針を示した日本生命(編集部撮影)

「従業員数7万人の会社が、9万人の会社を買収することになる。買収金額以上に大きな重みがある案件だ」

約7万人の従業員を抱える日本生命保険の役員は、11月末に公表した介護や医療事務、保育事業を手掛けるニチイホールディングスの買収についてそう解説する。

ニチイの株式を間接保有する投資ファンドのベインキャピタルなどと基本合意した買収予定金額は、約2100億円。金額面でいえば一般的には「大型買収」にあたるが、日本生命にとってはせいぜい中規模の案件といったところだろう。

1000億円超の投資案件が続々

日本生命は10月に、アメリカなどで保険の既契約を買い取る「クローズド・ブック(CB)事業」を展開するレゾリューションライフへの追加出資に1100億円を投じている。12月13日には日本国内で証券や銀行での窓販を手掛けるニッセイ・ウェルス生命保険の財務基盤強化に向けて、2500億円の増資を実施する方針も示している。

そうした日本生命の資金力の大きさを踏まえると、ニチイの買収は数ある投資案件の1つに過ぎないように見える。

ニチイの営業利益は200億円前後で、日本生命の本業のもうけ(基礎利益)6000億円前後と比べても収益への貢献度は小さい。

さらに言えば、ニチイをめぐっては介護などの同業者から「ベインがかなりコスト低減を進めた。利益を出し過ぎているのではないか」という声が聞こえてくる。

ニチイの従業員約9万人に不満のマグマ?

コスト削減のシワ寄せがニチイの従業員約9万人に及んでおり、「現場における不満のマグマがいつ噴出してもおかしくない」(介護事業者)状況だったようだ。

そうした声は当然ながら、日本生命の耳にも入っていたはず。だが、それでも約9万人の「巨大労務リスク」を抱え込むという決断に踏み切ったのはなぜなのか。


ニチイホールディングスの買収に関する日本生命の説明資料(記者撮影)

理由は大きく3つに分けられそうだ。

1つ目は、日本生命とニチイが長年にわたって提携関係にあったことだ。

日本生命とニチイは1999年に業務提携を結び、2001年に共同出資で介護や健康などに関する情報を提供するライフケアパートナーズを設立。さらに企業主導型保育所の展開でも連携しており、関係を深める中でニチイの実情をある程度把握していた。

そのためなのか、今年5月ごろに始まった買収交渉の中で、日本生命が提示した金額はほかの陣営と比べて「低く、1番手ではなかった」(ベインキャピタル関係者)という。ゆえに、資産査定に必要な追加資料を日本生命が求めても、当初はベイン側の反応が薄いという状況が続いた。

それでも粘り強い交渉によって基本合意にこぎ着けたのは、日本生命の介護領域にかける思いが強かったからだ。これが2つ目の理由だ。

不祥事などで先行きに不透明感

そもそも生保業界はデジタル化や根絶できない金銭不祥事などによって、営業職員チャネルの弱体化がかねて指摘され、事業自体の先行き不透明感が増している。

そうした環境にあっては、保険以外のサービスで顧客にどれだけ価値を提供し、社会課題の解決につなげていけるかが今後の競争力を左右する。日本生命としては、「揺りかごから墓場まで」、ライフステージに応じた保険とサービスを総合的に提供することで、存在感を高め事業を拡大していく青写真を描いている。そのパズルに、介護事業への参入というピースがぴったりはまったわけだ。

3つ目の理由は、海外強化に対する社内の温度差だ。

国内大手生保の中で、日本生命だけが北米地域での大型買収に乗り遅れ、いまだ2兆円の戦略投資枠を持て余している状態にある。

そのことが第一生命グループにトップライン(保険料等収入)競争で一時的に後塵を拝した一因にもなっており、買収の可能性を常に探っている海外部門には焦りが大きい。

2兆円前後の大型買収案件に食いつく

米AIG傘下の上場生保、米コアブリッジ・ファイナンシャルなど投資銀行から持ち込まれる2兆円前後の大型買収案件についても、日本生命の海外部門はすぐに食いつき、議論の俎上に載せようとする。しかし、足元の円安環境や買収後の統治の実効性などを冷静に見る企画部門との温度差が大きく、いまだ本格的な検討には至っていない。

折しも日本生命は、2024年度からの中期経営計画を策定している真っ最中だが、新中計でも海外部門の強化については具体性に乏しいものになりそうだ。かろうじて実現する可能性が高い選択肢は、すでに持ち分法適用となっている米レゾリューションライフへの「さらなる出資と子会社化ぐらいかもしれない」(日本生命役員)との声が漏れる。

北米地域での大型買収が遠のくような状況で、新中計の柱として清水博社長をはじめ経営陣の視線がニチイに集中していったようだ。

業界の盟主として、また相互会社として日本生命がどのような国内外の成長戦略を示し、契約者利益の最大化につなげていくのか。2024年3月に発表予定の新中計に注目が集まる。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)