STARTO ENTERTAINMENTの公式サイトトップページに表示されている企業理念(公式サイトより)

旧ジャニーズが新たに立ち上げた「STARTO ENTERTAINMENT」の企業サイトのトップページには、「今いるスターたちと、これから出現するスターたち、それぞれの個性や目標によりそい、伴走する。そして、ここから新たな伝説をスタートする」という企業理念と共に、新たに取り組む3つの要素が記されている。

・DX化:独自の音楽配信サービスを立ち上げる
・グローバル展開:米国、韓国等、世界展開
・メタバース市場参入:最先端技術でアーティストの才能を拡張

本稿では、メタバース展開はアリかナシかを考察していきたい。

SNSでの反応を見ると一部のジャニーズファンと、同じく一部のジャニーズアンチによると思われるネガティブなコメントが多い。特に韓国を含めたグローバル展開とメタバース市場参入に対して否定的な意見が目立つ。2022年8月、福田淳CEOがブロックチェーンを絡めた話においてメタバースの印象を「『ないな』と思っています」と発言していたことからも、「STARTO ENTERTAINMENT」の戦略に難色を示している人が多いようだ。

バーチャルライブでタレントの魅力を引き出す

「最先端技術でアーティストの才能を拡張」の一文だが、現実空間では難しいデジタルならではの表現でステージの演出をしたい、とも取れる。すなわち、重力や光の見え方といった物理現象に囚われない演出が可能になる点を意識しているのかと考えられる。

メタバース空間はCGで描かれる仮想空間のため、CG的な表現が可能になる。タレントが空を飛ぶ、自ら光を放つ、一瞬で衣装を変えたり、大きくなったり小さくなったりといった見せ方に手軽にチャレンジできるメリットはある。

ステージ上だけの表現だけではない。観客席側も含めた表現もコントロールできる。ラスベガスに作られた球体劇場のMSG Sphereはその中に入っても球体状のスクリーンがあり、既存のステージより高い没入感が得られると言われているが、メタバースであれば座席を消し去り、オーディエンスと共に宇宙空間を旅行するかのように見せることだって可能だ。

メタバースであっても、親しみやすさを演出するケースも考えられる。

VTuber事務所のホロライブプロダクションが運営するメタバース「ホロアース」では、大きなこたつにファンが集い、巨大スクリーンに映し出される配信番組をみんなで見るといった体験ができるシアターエリアを期間限定で公開するという。この施策がヒットするかどうかはホロライブ所属VTuberの年末特別配信を待たねば判断できないが、誰かと一緒に大好きな推しの姿を見るという体験がしやすいのもメタバースの特徴だ。

観客にとっても地方遠征をせずとも、自宅にいながら各ライブに参加できるといったメリットがある。

グローバル市場へのアピールとして有効

メタバースは、大きく2つの種類に分けられる。

1つがゲーム型メタバース。毎月1度以上はアクセスしているユーザー(MAU)が7000万人弱いる「フォートナイト」や、2億人を超える「Roblox」などがこのタイプ。Z世代や若年層のユーザーが多く、若い世代にアピールしたいレゴやソニーグループ、ナイキやグッチといった企業がプロモーションの場として活用している。


ゲーム型メタバースで行われた「Robloxバーチャルライブ」。飛び跳ねられる床や大砲サイズのクラッカーなど、ゲーム要素のあるギミックが組み込まれていた(筆者撮影)

もう1つが交流型。ボイスチャットなどで会話を楽しむことが前提となるメタバースだ。ANAグループが新たにリリースしたバーチャル旅行プラットフォーム「ANA GranWhale」、国産メタバースとして普及している「cluster」、VRコミュニケーションツールとして大人気の「VRChat」などがある。前述した「ホロアース」もこのタイプだ。


家族と、パートナーとバーチャルな観光地を巡れるANAグループのメタバース。バーチャルなツアーガイドとしてタレントを起用していた(筆者撮影)

「STARTO ENTERTAINMENT」が意識しているメタバースはどちらのタイプだろうか。

既存のプラットフォームを使うのか、独自プラットフォームを開発するのかどうかは定かではないが、「最先端技術でアーティストの才能を拡張」のためにメタバース市場への参入を検討しているのであれば、ゲーム型でも交流型でも対応できる。

ゲーム型はテーマパークのアトラクションのようなコンテンツ展開が得意で、しかもユーザーは世界中にいる。グローバル展開の視野も考えると、ミニゲーム等で遊んでもらいながらタレントやアイドルグループのテーマを広く伝えて、新しいファン層の開拓・獲得を狙うのであれば向いているといえる。

ファンコミュニケーションの加速化が期待できる

交流型の場合は、まずファン同士のコミュニケーションを活性化できるメリットがある。

一例として、NTTグループが提供するメタバースプラットフォーム「DOOR」におけるエンタメユニットすとぷりの事例を紹介したい。渋谷ヒカリエにあるオフィスを再現した仮想空間は、累計アクセス数が100万近くとなっている。ファンにとっては、ファンだけが集まる聖地としての認識があるようで、アクセスしたユーザー同士が推しに対する気持ちを熱く語り合う場となっているという。


現実のオフィスをミラーワールド化した、エンタメユニットすとぷりの公式ワールド。VRChatでも公開されており、すとぷりの楽曲を鳴らせる機能も備えている(筆者撮影)

「メタバースは人気がない、オワコンだ」と言われる原因の1つは、また訪れたいと思わせない仮想空間が多いことではないだろうか。平面的なポスターを飾り、アピールしたい製品だけを並べている場だと人の気配がなくホラーな印象も感じ取れてしまう。美しく描かれた空間も感情を大きく揺さぶるものではなく、一度見たらそれで良いと判断しがちだ。

しかしコミュニティスペースとなれば話は別だ。その場に行けば同好の士と雑談で盛り上がれるとなると、評価は一転して好印象となる。これは現実のスポーツバーなどにも通じる要素だろう。


交流型メタバースのVRChatで開催されたバーチャルライブ「CIEL LIVE SHOWCASE at VRChat」。現実のライブハウスを彷彿とさせる空間が弾け飛び、天井も壁もない広々とした空間へ転換させていた(筆者撮影)

ゲーム型は決まった動きしかできないものが多いが、交流型は身体の動きを反映できる。タレントが身振り手振りを交えてファンとのコミュニケーションが取りやすい。現実では離れた場所にいるため、タレントのアバターがファンの側に寄っても安全だ。ファンクラブの特典として、バーチャルではあれどタレントと会える話せるイベントを低コストで実現できるメリットもある。

オンラインでファンの反応を、熱気をつぶさに確認できることから、マーケティング施策のためのテストもできるだろう。

VTuberが所属する可能性も

ファンとしては、見たいのは本物のタレントなんだ、という思いがあるだろう。3DとはいえCGで描かれた、または3Dスキャンで作られたアバターを見たいわけじゃないんだという声もあるはずだ。

しかし「今いるスターたちと、これから出現するスターたち、それぞれの個性や目標によりそい、伴走する。そして、ここから新たな伝説をスタートする」の一文を考えると、今回所属することになったタレントだけではなく、新たなタレントをマネジメントする意思があるようだ。もしそのタレントに、VTuberが入っているとしたらどうだろうか。

元来、ルックスがCGキャラクターとなるVTuberはメタバースとの相性が極めて良い。そしてVTuberは海外市場でも受け入れられているエンタメジャンルだ。グローバル展開&メタバース市場参入、両方の狙いを解決する存在となるのではと想像できる。

もちろん不安要素はある。現在のメタバースは同じ空間内にいられるユーザー数が多くても100人程度だ。これではバーチャルライブのようなコンテンツを打ち出したときに、見たくても見れない人が多いし、何よりも商売としての成功の芽が感じられない。

ただし、参加人数に関してはネットワークのスピード、サーバーの規模といった技術が解決してくれる。1つの仮想会場に参加しているオーディエンスは50人だったとしても、複数の仮想会場のオーディエンスを全員表示させるシステムの開発も進んでいる。事実、先日開催されたVTuberのライブでは400人のオーディエンスが1つの空間に集まっているように見せていた。

今はまだ拙い面があるメタバースではあるが、今後の発展への期待をかけチャレンジすることは「STARTO ENTERTAINMENT」にとってマイナスになるとは思えない。


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(武者 良太 : フリーライター)