IONIQ 5のハイパフォーマンスモデルとして登場したIONIQ 5Nに試乗した(写真:Hyundai Mobility Japan)

ヒョンデは、日本でどんなイメージを構築しようとしているんだろう?

これまで、この韓国の大メーカーは「NEXO:ネッソ」という名の燃料電池車と、「IONIQ 5:アイオニック・ファイブ」、そして「KONA:コナ」という2台のBEV(ピュアEV)を導入してきた。

だから、「環境コンシャス」が日本におけるヒョンデのブランドイメージの柱だろうと思っていた。


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ところが、2023年11月17日から19日にかけて開催された世界ラリー選手権(WRC)日本ラウンド(ラリージャパン)の会場で、「高性能EVのベンチマーク」をうたう650馬力の「IONIQ 5 N」が参考展示された。

ヒョンデは、日本市場参入から2年足らずで、BEVに軸足を置きながら、早くも新たな”顔”を見せてくれようとしている。

いち早く韓国のサーキットで試乗

若い層やファミリー層を狙ったIONIQ5とコナがあるのに、まったく異なるマーケットを狙うIONIQ 5 N。まだ日本では若いブランドだけに、イメージが分裂しやしないかという懸念がなきにしもあらずだが、クルマはいい。ものすごくよかった。

実は、ラリージャパンでの参考出品に先立って、11月初旬に韓国で試乗する機会があったのだ。


ワイドフェンダーや大径ホイール、空力付加物でベース車とは雰囲気を異にする(写真:Hyundai Mobility Japan)

車名にある「N」は、WRCやTRC(ツーリングカーレース)といったFIA公認のモータースポーツ競技におけるヒョンデの活躍ぶりを知っている人には、先刻おなじみのもの(2023年のWRCは総合2位と残念だったけど)。

ヒョンデは、もっともエッジの立ったスポーツモデルに「N」とつけている。

「Nの名は、私たちがR&Dセンターを置く韓国のナムヤンと、テクニカルセンターがあるニュルブルクリングの頭文字。Nのマークもニュルブルクリングのシケインをアイコン化したものです」

ヒョンデでヘッド・オブ・Nブランド&モータースポーツの肩書きをもつティル・ワルテンバーグ氏は、私にそう説明してくれた。

「Born In Namyang, Honed At Nurburgring=ナムヤンで生まれて、ニュルブルクリングで育った」が、Nブランドのホームページで掲げられたスローガンだ。

「しかし……」と、5Nの開発を指揮したヒョンデのエグゼクティブテクノロジカルアドバイザーのアルベルト・ビアマン氏は言う。


フロントグリルやホイールセンターなど、さまざまな部分に「N」のエンブレムがつく(写真:Hyundai Mobility Japan)

「私はクルマを開発するスタッフをオーケストラにたとえるのですが、今回はハイパフォーマンスのBEVをこれまでなかったコンセプトで作りあげるのが目的だったので、新しい楽器で新しい曲を奏でる能力を持ったスタッフが必要でした」

目指したのはAC/DC+BTS

韓国の南、ヨンアムにある韓国インターナショナルサーキット(F1も過去3回開催された)での試乗会において、ビアマン氏は「高性能BEVを作りたい、作るべきだ」という構想から実際にプロジェクトにGOが出たときのことを語る。

「そのとき、スタッフに説明したのは(5Nという)“曲”を演奏できるのは、AC/DCとBTSと合体させたようなミュージシャンだ、ということでした(笑)」

ビアマン氏らの構想はユニークだった。なにしろ、「エンジンで走るレースカーと同様の興奮をもたらしてくれるBEV」というものだったのだ。


インテリアはモダンリビングのような雰囲気から一変して、バックスキンなどを使ったブラック基調で、かつバケットタイプのシートまで備わる(写真:Hyundai Mobility Japan))

「これからは電動化の時代です。私たちは単にファン・トゥ・ドライブなBEVがほしかったのではありません。電動化の時代の高性能車における、新しい基準を作り上げたかったのです」

ベースは、車名のとおりIONIQ5。シャシーの溶接と接着ポイントを42カ所増やし、トルクが増強された分だけモーターとバッテリーのマウントを補強。さらに、前後のサブフレームの強度も上げている。

ベース車に対して、車高を20mm下げ、275/35R21サイズのピレリPゼロタイヤを収めるため、全幅は50mm拡大。さらに全長は50mm延長されている。ボディ各所には、空力付加物も備わる。


リヤのディフューザーはさながらカーレースのマシンのようだ(写真:Hyundai Mobility Japan)

白状すると、私はベースのIONIQ5を日本で乗ったとき、3000mmのロングホイールベースもあいまって、やや持て余し気味に思うこともあった。

しかし、5Nの性能ぶりには、さらにサイズアップしたボディもふさわしいとすら感じた。フェラーリに対して「幅が広すぎるし、車高も低すぎる」と言わないのと同じように――。

まるでエンジン車のようなフィーリング

はたして、最高出力478kW(650馬力)/最大トルク740Nmものパワーを持つ5Nのサーキットでの走りは、オソロシイほどだった。

「日常使いできるスポーツモデル」というのも5Nが持つ重要なキャラクターの1つではあるが、ステアリングホイールにつく「N」のボタンを押すと、サーキットのほうが“より向いている”と思えるほどのキャラクターに豹変する。


2つの「N」ボタンがつくステアリングホイール(写真:Hyundai Mobility Japan)

このとき、ヒョンデのガソリン「N」モデルを模したというサウンドが車内に響き、さらにツインクラッチ変速機のモデルに乗っているような、段付きの加速感(疑似的なものだが)が体感できる。それでますますドライブしている私は興奮してしまう(0-100km/h加速は3.4秒!)。

コーナー手前でアクセルペダルに載せた足の力を緩めて減速していくときも、よく調整された段付き変速機がシフトダウンしていくようなトルク感のフィーリングが得られる。

「曲がること」がこれほど楽しいEVがあ
「曲がること」がこれほど楽しいEVがあっただろうかとまで思う(写真:Hyundai Mobility Japan)
(写真:Hyundai Mobility Japan)

走行状態に合わせて4輪の減速を制御するトルクベクタリング機構の恩恵もあり、コーナーの多いサーキットにもかかわらず(しかも、走行するのは初)、自分の腕前がいきなり上がったような錯覚を覚えた。

Nレース、Nペダル、Nドリフト・オプティマイザー、Nトルクディストリビューション……と、Nの名がつく制御や機構・機能は、枚挙にいとまがない。

中も「Nロードセンス&トラックSOC」は、2つの機能からなる。「Nロードセンス」は、ナビとドライブモードを連動させ(欧州仕様)、片側2車線のワインディングロードに入ると、スポーティな「N」というドライブモードが作動する。

「トラックSOC:State-Of-Change」はサーキット走行時、周回ごとにバッテリー消費を計算しつつ、冷却などを含めて常にバッテリーが高性能を発揮できるような状態を保つ機能だ。


EVならではの緻密な制御と独自の走行支援システムで楽しませてくれる(写真:Hyundai Mobility Japan)

その気になれば「慣れていない人でもドリフト走行を楽しめる」(前出のビアマン氏)という「ドリフト・オプティマイザー」のおかげで、リアがすーっと外に膨らんでいく走りも味わる。

これを、「ドライブゲームのような感覚」といってしまうと身もふたもないが、とにかく“曲がる”のが楽しい。

「最高速を競っても限界があるのでしょうがない」とは、かつてランボルギーニのエンジニアリング・トップが語ってくれたこと。たしかに“曲がる”ほうなら、速度に関係なく自分のペースで楽しめる。知人から聞いたところによると、その人の友人のフェラーリ乗りが、早くもIONIQ 5 Nの予約を入れたとか。


300km/hスケールのスピードメーターで、モーターやバッテリーの温度なども表示される(写真:Hyundai Mobility Japan)

ニッチか? それとも先手なのか?

「BEVのニッチをしっかり掴んでいる」と、いえるかもしれない。いや、ニッチ(すきま)でなく、意外に大きな可能性を秘めた「マーケットに先手を打つモデル」といったほうが、より正確だろうか。

価格は本国では税込み7600万ウォン(約880万円)。日本には、ヨーロッパと北米に続いて、2024年上半期にお目見えとのことだ。そのあと中国が続く。

ニッチなようで、世界戦略車。ヒョンデの新たなる”本気“を垣間見た。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)