副業が当たり前になりつつある昨今ですが、「会社の収入だけで不安なく暮らせるなら、副業なんかしない」という本音も(写真:jessie/PIXTA)

政府が推奨するなど、年々副業をする人が増えている令和。「キラキラしている」「意識が高い」などのイメージで見られがちですが、実際に副業をしたことがある人は、意外とこんなふうに思っていることも。

「実際はもっと泥臭いものなんだよ。というか、精神的にも肉体的にも大変なんだよね……」
「会社の収入だけで不安なく暮らせるなら、自分も副業なんかしないよ……」

副業社会人たちの、切羽詰まった日常の実態、そして、そこから見える日本の現在・未来とは? 約3年にわたって、会社員と書評家の二足のわらじ生活を経験した、三宅香帆さんが送るエッセイ&インタビュー連載。

前回の振り返り
飯塚賢也さん(28歳・仮名)は漫画雑誌のデザイナーとして働く男性。正社員の仕事に加え、友人のバイオリニストからパンフレット等の制作を請け負うことになった。「やり甲斐は非常に大きく、とても感謝している」一方で、「膨大な事務連絡」「無償の修正作業」「口頭での連絡」「支払いの遅延」……など、副業ならでは?のさまざまな問題点も起きているという(記事はこちら)。

副業で想定外だったこと

――副業仕事において、一番想定外だったのは何でしたか?

飯塚:進行管理もしなくちゃいけない、ということです。

たとえば印刷会社にここまでに出すには、ここまでに修正完了しなくてはいけない、だとすればここまでにリマインドしなくてはいけない、といった進行管理を僕がやっているんです。でも相手は忙しい方なので、なかなか想定通りにいかない。でも安く、と言われているので印刷会社のコストを抑えるためには早期入稿しなくてはいけない。

会社だと、デザイナーとは別に進行管理役の方がいる。でもそういう会社にいたことのない方は、進行管理が大変な仕事だとわからないですよね。そのあたりまで配慮しなくてはいけないのは、想定外でした。とにかく連絡の量にしろ進行管理にしろ、デザインの副業をするには、デザイン以外の仕事が大変だということがよくわかりました。

――締め切りを守らせる仕事も大変ですよね……。

飯塚:締め切りも、案外流動的なんですよ。急遽「急ぎで」と言われたからすごく頑張ってチラシを作ったけれど、「やっぱりコンサートの時期が延びたから、まだ印刷大丈夫です」と言われた時はもう、心折れかけました。そういうことも1回くらいならまだしも、重なるとつらいですね……。

しかも本業の忙しい時と副業の忙しい時が重なったり、体調不良と重なったりすると、きついです。やっぱり仕事の掛け持ちって大変だなと感じます。

――ひとりでやっている仕事だと、体調不良でも投げ出せない。

飯塚:そうなんです! 一度、チラシを作っている最中にコロナに感染してしまった時があって。もう病み上がりの体に鞭打ってデザインしたような……あまり記憶がないです。限界でした。会社だったらコロナであれば他の人に仕事を代わってもらえますが、個人だと自分がやるしかないんですよね。

でも副業は体壊した時が大変だなんて、やる前はわからなかったです。

副業を始めたきっかけ

――ちなみに副業に興味を持ったのはいつ頃でしたか?

飯塚:コロナ禍でリモートワークになったタイミングです。通勤電車の時間がなくなって、夜の時間がとれるようになって。僕の妻は、フリーランスの動画編集者で、さまざまな仕事を掛け持ちしていて、その様子を見て「うらやましいな」と少し思っていました。本業とは違う、自分主体で自由度の高い仕事を僕もやってみたいな、と。

――そのタイミングで、ちょうどご友人から依頼があった。

飯塚:なんかねえ、前任のデザイナーの方に逃げられちゃったみたいなんです。僕もそのことをもう少し考えればよかったのですが、当時は副業に乗り気だったので「いいですよ!」と気安く引き受けてしまったところに反省があります。

――とはいえ、副業って情報も少ないし、やってみないと難しさがわからないですよね……。

飯塚:そうなんですよ! 最初の仕事って、どうしても踏み台にせざるをえない面がありますよね。失敗をしたり、反省する材料になったり、という踏み台を経ないと、なかなか仕事の成長って難しい。これが会社の新入社員だったら、踏み台の仕事をちゃんと会社に守られながらできるんでしょうけど……。

副業でフリーランスの仕事をやる場合は、踏み台の仕事で個人が守られないという難しさがありますね。やってみないとわからないけれど、何もわからずやるリスクはたしかにある。

――今後やってみたい仕事はありますか?

飯塚:クラシックのデザインってやっぱり洗練された雰囲気が求められて、自分の得意なポップな感じのデザインはあまりできないので、もうすこし得意を活かせる分野のデザインをやりたいですね。

ただ難しいなと感じるのは、もう自分のキャパシティを考えると、少なくとも友人の依頼をいったん終了させないと他の副業ができないんです。ただ他の副業の依頼があるかといわれると、特になくて。営業せずにデザインの仕事を増やすのって、すごく難しいんです。でも本業もあるのに、副業の営業をするほどの熱意はない。

なんかもう、少し懲りたと言いますか。副業の依頼を増やそうというよりは自由な時間がほしい、遊ぶ時間やゆっくりする時間がほしい、という気分になってしまっていますね。

副業を始めたことで起きた「いい影響」

――休む時間、あります?

飯塚:毎週土日のどちらかは副業に追われて潰れてしまうんです。たとえば、土曜日に副業をすると、日曜日はもう遊ぶ元気はなくて家での休養にあてることになる。すると月曜から仕事をする時も、あんまりリフレッシュしきれていない感覚はありますね……。副業しながら休息するのは、やっぱり難しいです。

とはいえ、たぶん休日が潰れても、満足いくくらいお金をいただけてたらやる気は出ると思います(笑)。僕はわりとお金でやる気が出るタイプなので。だからやっぱり、単価は大切ですね。

――本業に支障があったり、あるいはいい影響があったりしますか?

飯塚:いい影響はすごくありました。自分でいうのもなんですが、デザインの実務能力はすごく上がったんです。

絶対に早くきれいにデザインを仕上げる必要があるので、本業だけやっていた時よりも、切迫感をもって時短ツールを駆使できるようになりました。

最近は知り合いのデザイナーと時短ツールの話で盛り上がったりしてますね。あとはデザインの過程も効率化して、データを整えながら作成するとか、相手の要望をきちんとヒアリングするとか、そういった想像力もすごく鍛えられました。

実は僕、もともと準備がすごく苦手だったんです。やりながら考えるタイプだった。でも副業を始めてからはそんなこと言ってられない。できるだけ修正が少ないように、きちんと相手の具体的な要望を引き出してから始める能力はとっても向上しましたね。

――よく副業をやっていると本業が疎かになるのではという心配を聞きますが、その点どうですか?

飯塚:自分がやってみて、本業の会社でやる仕事と、副業の個人でやる仕事には、別のやりがいと大変さがあるなと思います。どちらも勉強になりますし、副業をやっているからといって、本業は疎かにならないのでは? というのがやってみた感想です。そもそも副業までチャレンジする人って、本業もちゃんと仕事しているような真面目な人が多そうですよねえ。


飯塚さんがなんとなく副業を始めて直面した地獄(編集部作成)

――たしかに。飯塚さんのお話を聞くと、副業が本業のトレーニングになっていますね。

飯塚:もう、仕事に追われているときは「副業なんかやらなきゃよかった」と心から思うのですが。鍛えられた力を実感するときは、「あ、副業やってよかったな」と思うんですよね。両面、どちらも本音です。

ただスキルアップするからといって単価が低いままなのは良くないなと思うので、金額交渉することが次の僕の課題ですね。

相手に自分の大変さをわかってもらうことは難しい

――金額の交渉は、日本人全体苦手だとたまに言われますね。

飯塚:デザイナーの交渉能力がないゆえに業界で価格崩壊が起きている……みたいな面もあるんじゃないかな、と思うんです。
僕も「良いデザインありがとう」と言われると、嬉しくて、そのままの価格で次も作ってしまう。でもやっぱりしんどいなと思うことはあって、それを他人に伝えて交渉したり、誰かに相談したりというタイミングがないのが難しいと感じますね。変えていきたいです。

――飯塚さんのデザインの価格が上がることを応援しています! 今日はありがとうございました。

2回にわたってお送りした、デザイナーの兼業をしている飯塚さんのインタビュー。「ヘルシーな兼業」のためには、価格や依頼内容を交渉する術が必要なのかもしれない。

しかしそもそも企業と従業員ですら、賃金や仕事内容を交渉するのが難しい昨今。依頼主と個人事業主では、その難易度も上がってしまうように感じる。しかしそれでも、交渉しないと、相手に自分の大変さをわかってもらうことは難しい。

ヘルシーな兼業のためには、私たちはどうやって交渉すればいいのか? 今後の連載で考えていきたい。


本連載は月2回の更新です。連載一覧はこちら

(三宅 香帆 : 文筆家)