複雑な部品を削り出せる5軸加工機。頭脳にあたる数値制御装置の開発が難しいとされる(編集部撮影)

大量破壊兵器の開発や製造の懸念が払拭されない組織、企業をリストアップした「外国ユーザーリスト」。輸出許可申請のために経済産業省が公表している。

12月6日の改正で同リストに新たに加わったのが、中国で核兵器開発を担う国家機関の「中国工程物理研究院」(CAEP)だ。そのCAEPに日本の大手工作機械メーカーの高性能機械が流出、核兵器の開発に転用された疑いがあると、日本経済新聞が11月7日に電子版、翌8日には朝刊で報じた。

「中国に狙われた工作機械 核開発のサプライチェーンに抜け穴」と題した7日付電子版の記事によると、ドイツ工場で製造されたDMG森精機の機械「5軸加工機」が流出していた。

5軸加工機は、縦と横、高低のXYZ3軸に加えて斜めと回転の軸を持つ。軸の動きを精緻にコントロールする数値制御装置(CNC)が搭載されており、あらゆる面から材料を超精密に加工できるものだ。

自動車や航空機の部品をはじめとして、さまざまな産業で用いられている。高度な先端技術を必要とするため、製造可能な企業は世界的に見ても限られており、とくに日本とドイツが強い。中国は近年、工作機械の国産化に力を入れているが、この2国ほどの能力はまだないとされている。

「不法転売された」とDMG森精機

通常兵器や核兵器の開発への転用を防ぐために、5軸加工機は各種の国際的な枠組みの中で輸出規制の対象となっている。政府の許可がなければ他国へ販売することはできず、日本は厳格な体制を敷いている。

DMG森精機は日経新聞の報道を受けて、「当該工作機械については、2010年から2011年頃に製造され、法令に準拠した手続きによって輸出された後に不法に転売されたものと推測」との声明文を自社ウェブサイト上で公表した。

機械はドイツで生産されたものだったのか。DMG森精機は明言を避けているが、業界関係者は報道のとおり、ドイツ子会社の製品が狙われたと見る向きが多い。別のある大手工作機械メーカー幹部はこう語る。

「DMG森精機も法令はきちんと守っていたはず。ただ、ドイツは日本と比べて輸出審査が甘く、中国にも売りやすい。そこを狙われたのではないか」

明星大学の細川昌彦教授も同様の見解を示す。細川氏は通商産業省(現・経産省)の官僚として、通常兵器などの輸出管理を行う国際的な枠組み「ワッセナー・アレジメント(WA)」の制定で交渉にあたった経験を持つ。

WAは5軸加工機の輸出を規制する枠組みの一つだ。ところが、その運用の内情を見ると、許可の基準は各国政府に判断が委ねられているという。

「ヨーロッパ諸国が冷戦期の国際的な輸出規制の枠組み『ココム』のような拘束を嫌い、裁量を持つことにこだわった。日本は明確なルールを作るよう主張したが、受け入れられず、結果としてあだになっている」(細川教授)

問題の背景に「懸念の違い」

問題は、中国に対する安全保障上の懸念が国によって異なることだ。

「ドイツは自国企業に対して、5軸加工機の生産工場を中国に作ることすら認めている。技術が流出する危険性を考えれば、日本ではありえない対応だ。日本政府は5軸加工機の輸出許可さえしておらず、基準を厳格化するようドイツ側に申し入れてきたが、まだ聞き入れてもらえていない」(同)

細川教授は「日本とドイツ、それにアメリカを加えた最低3カ国以上で、協調して審査する新たな枠組みを早急に作らねばならない」と提言する。軍民融合を進める中国に対して「民生用」と「軍事用」に分ける考え方もあまり意味をなさないため、「技術水準で一律に規制すべき」との考えだ。

細川教授の提言は、業界側の問題意識とも合致する。工作機械メーカーらでつくる「日本工作機械工業会」(日工会)。11月の定例記者会見で稲葉善治会長(ファナック会長)は、次のように述べた。


日本工作機械工業会の定例会見で稲葉善治会長(左から2人目)に見解を尋ねた(撮影:編集部)

「(輸出に関しては)顧客の既存設備の使用状況を確認したり、責任者からの誓約書を取ったりするなど、日本は欧米メーカーに比べて非常に高いレベルの輸出管理を行ってきた」

「会員各社は、厳しい形で最大限の努力をしている。それに対して、ヨーロッパのほうが、日本ほどのしっかりとした管理はされていないと思っている。その辺に関しては、運用も同レベルというか、一致させたいというのが私どもの希望だ」

背景には、中国という巨大市場を前にした不公平感も渦巻く。ある工作機械メーカーの社員は「欧州の企業と比べて競争上、日系メーカーは不利な立場に立たされている」とこぼす。

これらの意見を、輸出規制を管轄する経産省はどう捉えているのか。同省の担当者は「一般論として、制度的な差異がある場合は関係国と改善に向けた議論を進めていく」と述べるにとどまる。

一方、企業側ではハード面の対策が進む。DMG森精機は報道を受けた声明文で、工作機械への「移転防止装置」の搭載を2006年から進めていると説明。顧客に納品した機械が無断で移動された場合、機能が自動停止されて使えなくなるため、不正な転売の抑止に寄与しているとする。

「触れたくない」がメーカーの本心?

ただ、ドイツ子会社でこの取り組みを始めたのは2021年。2016年に子会社化したからか、開始は遅かった。中国向けを対象としたのは今年4月からという。装置の搭載に法的な義務はなく、DMG森精機は「移設検知システムの構築には、多大な努力と人員、手間を必要とするが、工作機械メーカーとしての社会的責任から必要かつ当然の責務だ」と強調している。

東洋経済は輸出管理の詳しい体制について、DMG森精機に取材を申し込んだが、「(声明文に)記載してあることがすべて」との理由で拒まれた。

日本では大手メーカーを中心に、こうした装置の搭載が広がっている。しかし、それなりのコストが掛かることから、取り組みには企業間で濃淡があるという。「装置を付けるインセンティブとして、輸出審査が簡略化されるという措置があるが、それだけでは不十分。ドイツも含めて事実上の義務化をするような仕組みを整えなければならない」(細川教授)。

日経新聞の報道は、現行の輸出管理体制の限界を浮き彫りにした。ただ、工作機械メーカーをはじめ、当事者たちからはこの問題に触れたがらない空気を感じる。取材した中には、「この話は書くな」という業界関係者もいた。

風評被害への懸念は理解できる。でも、それならより一層、情報の透明化を打ち出すべきではないか。そのうえで日工会は政府とオープンな議論を進め、新たな規制のあり方を考える姿勢を見せなければ、業界全体にグレーな印象を抱かれかねない。

言うまでもなく、核兵器はすべての人間にとって脅威だ。メーカーも各国政府も、その前提に立ち返って、今後の輸出管理のあり方を再考してほしい。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)