NHKは、放送契約者のみが利用できる番組配信サービス「NHKプラス」を、ネット単独で契約できるようにしたい思惑があるようです(画像:「NHKプラス」より)

このところNHK関係者から漏れ聞こえてくるのは、各ニュースサイトが廃止に向かって動いているとの情報だ。NHKは2015年に「公共放送から公共メディアへ」をスローガンに掲げ、NEWS WEBに限らず「政治マガジン」「事件記者取材note」などを開設したり、放送したテーマをその後も追って、視聴者からの情報も取り入れてネットで成果を提供するなど次々にニュースサイトを充実させてきた。これらを一気に廃止するのなら、もはや「公共メディア」の目標を取り下げたも同然だ。

「NHKプラス」をめぐる受信料問題

NHKは今は任意業務であるネット業務の必須業務化をめざしている。必須業務化で、現在は放送契約者のみが利用できる番組配信サービス「NHKプラス」を、テレビを持っていない人でもネット単独で契約できるようにしたいらしい。放送だけでは受信料収入を若い世代から取れなくなるのが目に見えているため、少しでも収入を増やしたいのだろう。もちろんあくまでアプリをスマホにインストールし能動的に契約した人だけで、一時期言われたようにスマホを持つだけで受信料を取るわけではない。

総務省の有識者会議「公共放送ワーキンググループ(WG)」はそのための議論の場だが、ネットの必須業務化に反対する日本新聞協会に散々難癖をつけられ、圧力を逃れるため、新聞協会が要求する「テキストニュースの廃止」をNHKは受け入れた。ネットでの展開は「放送と同様の効用(放送と同じこと以外やらない)」をもたらすものに限定するとプレゼンしたのだ。とにかく「NHKプラス」でお金を取れるようにすればいいとの判断なのだろう。

具体的には、NHK NEWS WEBをはじめとするネットでのさまざまな報道サイトを閉鎖することになるらしいのだが、NHKの受信料を払っている立場からすると冗談じゃない話だ。サービスの低下になるわけで、まさか本当に実行するとは思えなかった。今回の議論に沿って法改正が成立するのは早くても来年で、まだまだ先の話だ。

しかも、聞こえてきた話をまとめると組織としての機能不全に思える。上層部から必ずしも具体的な廃止の方向性や進め方について指示は出ていないらしいのだ。ただ、本来そこまでの権限を持つ立場ではない者が事実上決定権を握り、「放送と同様」に従って次々にサイト閉鎖の指示を出していると聞く。陰でアイヒマンとかラスプーチンなどと揶揄する人もいる。明確な説明もなくこれまで育ててきたサイトをクローズさせることは職員の士気を大きく損ね、退職者も続出しているとの噂だ。

NHKに受信料を払う価値はあるか

将来はともかく、現時点で受信料は8割弱の世帯が払っている。ネットでのニュースもNHK自らが契約者に提供を進めてきたものだ。それを勝手に方針変更し、私たちの知る手段をなくしていくとは一体どういう了見だろう。国民より、上層部への忖度や新聞協会の圧力を重視しているのは、大変な裏切り行為だ。そんなNHKに受信料を払う価値があるのだろうか。

そもそもNHKは自分たちのやっていることが方向性としておかしいことに気づいていない。目的は、放送から若い人々が離れてもネットだけでの受信料を取ることのはずだ。それなのにネットでのサービスを閉鎖していくのは、進むべき道が逆なのだ。ネットでの情報提供を増やしてこそ、ネット受信料の可能性も高まる。逆に減らしてどうするというのか。

若い世代が「NHKプラス」の契約をしてくれると考えているのかもしれない。だが同時配信や見逃し配信を見たがるのは、すでにNHKを利用し慣れ親しんでいる人々だ。

実際、私は便利に使っている。外出先でもいつもの番組が見れる。うっかり朝ドラ「ブギウギ」を見逃してもあとでゆっくり見られる。SNSで話題になった前日の番組も簡単に確認できる。それは「いつも見ているNHK」だからこその便利さだ。

一方、そもそもNHKを見ない若い世代は「NHKプラス」に何の価値も感じない。大河や朝ドラを見る若い世代はごくごくわずか。ニュースはネットで無料で見るもの。地震が起きてもテレビはつけずにスマホで震源地を確認する。「推し」が出る音楽番組やドラマなら見てくれる可能性はあるだろうが、仮にそのためにネット受信料契約をしてくれたとしても、その番組が終われば即解約されるだろう。「NHKプラス」はそれ単独ではサブスクサービスでしかない。Netflixなどと同じ扱いになり、移ろう顧客しか獲得できないだろう。

サブスクサービスとの差別化

確かにTVerは伸びている。いまや月間3000万UB(ユニークブラウザー)を誇るサービスでもっと伸びるだろう。だが、無料だからだ。面白いドラマやバラエティが、広告付きで無料で見られるから伸びている。一方、民放テレビ局が運営するサブスクは苦戦している。Huluは300万人程度から伸び悩み、TBSとテレビ東京、WOWOWが組んだParaviはU-NEXTに統合された。テレビ番組を有料で見てもらうのはハードルが高い。

ネットでは特定のユーザーにサービスをターゲティングする必要がある。実はNHKはLINEでニュースを配信してきた。若い女性をターゲットとし、それに合わせたニュースを選んで掲載していたら、伸びてきた。日々、データと取っ組み合い試行錯誤した成果だと聞く。ところが今、LINEに出すニュースはテレビの「ニュース7」に準じるよう指示が出ているそうだ。「放送と同様」にするためだ。これには笑った。ネットでの読者を馬鹿にした指示だ。そしてユーザーより局内の方しか見ていないことが露呈する話。こんな指示を平気で出すメディアが、ネットで受信料など取れるはずがない。

もちろん、LINEニュースが読まれていても有料になったら読者は離れるだろう。だからそれとは別にあらゆる接点作りをするべきなのだ。NHKにお金は払いたくないけど、あそこのニュースは読んでいるし、こっちから得る情報は欠かせない。そんなサービスを積み重ねてようやく月数百円くらいなら払ってくれる可能性が出てくる。「NHKプラス」に加えどんな接点作りができるか――。ネット受信料の道はそうやって切り開くしかない。

新聞協会に日和ってテキストニュース廃止に走るのは、本末転倒なのだ。

さらに加えて言うと、そういう具体的努力と共に、NHKは自分たちが公共メディアとしてどんな貢献をこれからしていくか、丁寧に説明しなければならない。そのためにはまず局内で議論すべきだ。そしてその議論には国民にも加わってもらう。そんな風に人々を巻き込んで、一緒に未来像を考え、その結論を共有していく。そのロードマップ作りこそが今のNHKには必要だ。

NHKと新聞業界は一緒に倒れるか

もはやテレビ局は電波利権にあぐらをかいて上から目線で番組を提供してあげてますというスタンスでは生き残れない。人々はどんどん放送から離れているのだから。「放送と同様」ではなく、放送とは関係ないNHKの存在価値を自ら問い直し、国民にも意見を求め、本当に必要な情報の提供を約束する。そうしないと、公共メディアなんて言葉は終わるのだ。それはもう、遠い未来ではない。数年先には、一斉に国民に見放される可能性だって高い。

だから、公式な会議の裏で新聞協会と「テキストニュースは撤退するのでNHKプラスの必須業務化はやらせてほしい」などとこっそり握り合っても無駄だ。新聞協会より、ネットを通じて国民に向き合わなければそんな裏交渉に何の意味もない。

新聞協会も、いい加減「公共放送WG」で反対のための反対論を展開するのはやめたほうがいい。もう誰の支持も得られない。毎回それに付き合わされる有識者たちは新聞協会に辟易している。それより、NHK NEWS WEBに地方紙デジタル版の記事へのリンクを貼るなど、互いに協力してまっとうな言論空間をネットで築く相談をしてはどうだろう。そうでもしないと、NHKがネットでニュースをやめても、いずれ新聞は滅びる。このまま進むと、NHKと新聞業界は一緒に倒れるだけだろう。

(境 治 : メディアコンサルタント)