スマートフォン向け半導体メモリーなどでも使用される半導体パッケージのプラスチックBGA基板。新光電工が得意とする製品の一つ(記者撮影)

その売却は既定路線だったにもかかわらず、先行報道に押される形で23時55分の情報開示となった――。

富士通は12月12日夜、子会社の新光電気工業を政府系ファンド・産業革新投資機構(JIC)へ売却すると発表した。新光電工は半導体のパッケージ基板を手がけるメーカーで、富士通が50.02%の株式を保有する。

JICが買収のための新会社を設立し、2024年8月下旬をメドに新光電工に対しTOB(株式公開買い付け)を実施する。買い付け価格は1株5920円。発表前の株価の終値に対するプレミアムは13%だ。

富士通はTOB終了後に新光電工が行う自己株TOBに応じる。これら一連の買収総額は6850億円。新光電工はJICの完全子会社となり、上場廃止になる見込みだ。

富士通はかねてから非中核事業の切り離しを進めていくうえで新光電工株の売却方針を明言していた。プレミアムが平均的な水準である30〜40%より低いのも、すでにTOB期待が株価に織り込まれていたことが主因だ。

高性能パッケージ基板で世界有数

半導体の製造工程において、ここ数年とくに注目度が高まっているのが「パッケージング」工程。新光電工はその材料で世界有数の企業だ。

1946年に創業。当時は家庭用電球のリサイクルが主な事業だった。本社や主要な生産拠点は長野県にある。実は富士通向けの取引はそれほど多くない。2023年3月期の売上高2863億円のうち27%はインテル、12%はAMD向けだ。海外売上高比率は約90%に達する。

新光電工が手がけるパッケージ基板とは、半導体チップを電子回路基板(マザーボード)に接続する際に使われるシート状の材料だ。電気的な接続のほかに、外部の衝撃からチップを保護するような役割も持っている。

パッケージ基板は、市場全体でみれば台湾や韓国のメーカーの存在感が強い分野。だが主要顧客がインテルやAMDであることからもわかるように、新光電工はパソコンやサーバーに使われる高性能な半導体向けのパッケージ基板に強いのが特徴だ。

代表的な製品は「フリップチップ」と呼ばれるタイプのパッケージ基板。その名のとおり半導体チップの表面と裏面を「フリップ(反転)」して基板に接続するもので技術的な難易度が高い。そのため付加価値もつけやすく、同社のパッケージ部門売上高の6〜7割をこのタイプの製品が占める。

岐阜県に本社を置くイビデンと並び、フリップチップでは世界でトップ級のポジションにある。


フリップチップタイプパッケージで世界トップクラスのシェアを有する(写真:新光電気工業)

業績は厳しいが強気の設備投資

新光電工の業績は、2010年代を通じて売上高1400億円前後、純利益は数十億円規模で推移し停滞。2006年度に任天堂の「Wii」やソニーの「PlayStation 3」のヒットによってたたき出した、192億円という最高純益に遠く及ばない時期が続いた。

だが、コロナ禍での巣ごもりを受けたパソコン特需やサーバー投資の増大で、業績は一気に急拡大。2021年度以降の2年は純利益が500億円超と、2006年度の最高益を凌駕する好業績を謳歌した。


2023年度はそのコロナ特需の反動で減収減益を見込むものの、将来需要を見据えた設備投資の姿勢はあくまで強気だ。

計画している設備投資額は売上高の33%に当たる764億円。当初予定していた1135億円から引き下げたが、それでも前年度比でおよそ3倍という水準だ。

この11月には長野県千曲市で建設していた高性能半導体向けパッケージ基板の新工場が竣工、来年度から稼働が始まる見込みだ。同工場ではさらに533億円を投じて新棟を追加建設することを決めており、経済産業省から178億円の補助を受けることになっている。

投資攻勢を続けられるのは、高性能半導体の分野で今後、パッケージ基板の需要がさらに高まっていくのはほぼ間違いないと見られているからだ。

これまで、半導体の性能向上はシリコンウェハー上へ回路をどれだけ微細に描けるかを突き詰める「前工程」のプロセスが主導して進んできた。一方で「後工程」と呼ばれる、出来上がったチップを加工し電子機器へ実装するプロセスは軽視されてきた。

だがここ数年、前工程での微細化には物理的な限界が見え始め、微細化を進めるコストに性能向上が見合わなくなってきている。

先端パッケージングの重要部品

そこで注目が集まっているのが、後工程を工夫することによる半導体の性能向上だ。

たとえば、複数の半導体チップをこれまでよりも効率的に接続し性能向上を図る「チップレット」。そこでパッケージ基板は、複数のチップを接続する際の土台のような役割を果たす。業界内では「先端パッケージング」と呼ばれ、AI半導体などで使われるようになっている。

AI処理を担うデータセンターへの投資拡大は追い風だ。生成AIの爆発的なヒットで高性能な半導体の需要が急増しており、強みであるサーバー向けのパッケージ基板の必要性も高まっている。

同じくパソコンやサーバーなど高性能半導体向けのパッケージ基板を手がけている競合のイビデンは、基板需要が2027年に2022年比で1.4倍になると見込んでいる。

今回、買収のために新たに設立される会社には、JICのほかに大日本印刷が15%、三井化学が5%を出資する。両社はともに、このパッケージング工程に使われる材料を手がけている企業。この分野で協業を進めていくと見られる。

JICは今年6月、半導体材料のフォトレジスト大手・JSRの買収を発表している。これはJSRが材料業界の再編を目指し、自らJIC傘下入りを望んだことが背景にあった。

今回は親会社の富士通側の事情という側面が大きい。とはいえ、半導体政策の強化を推し進めている政府の思惑とも一致した動きだと言えるだろう。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)