2023年映画興収ランキング

写真拡大 (全3枚)


『THE FIRST SLAM DUNK』は韓国初めアジアでも大ヒット(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

2023年も景気のいいヒット作の話題が飛び交った映画界。その1年間の結果は、100億円超えが3本(昨年は4本)、年間映画興行収入は2300億円前後となり、昨年(2131億円)の105〜110%の間になりそうだ(※2023年興行収入は日本映画製作者連盟より2024年1月に発表)。

今年は前年比120〜130%ほどで上半期が推移し、年間で2019年の歴代最高興収2611億円を超えることが期待されたが、夏以降トーンダウン。2019年の興収には届かなかったものの、今年も昨年に続き、前年の年間興収を上回った。

コロナ禍以降、順調に市場規模を回復させており、今年は年間興収で歴代最高の9割弱まで迫った。一方で、積年の映画界の課題は取り残されたまま。好調に見える映画市場の危うさも露呈している。

年間興収では昨年を上回る

今年の100億円超えは『THE FIRST SLAM DUNK』(157億円)、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(140.2億円)、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(138.3億円)の3本。上半期に集中し、4〜5月の興行を大きく盛り上げた一方、夏以降にはスーパーヒットが生まれず、12月までじわじわとトーンダウンしていったのが今年の特徴だ。

100億超え作品数こそ昨年より1本少ないが、年間興収としては昨年を上回った。ドラマ映画をはじめ邦画実写の大ヒット作が続いたことが全体の興収を底上げしており、今年のポジティブな傾向として捉えることができる。

年間のTOP10を見ると、アニメが4位までを独占。ここ数年続いているアニメのスーパーヒットが興行シーンを牽引していく構図は、今年も変わらない。4位以下では、邦画実写が4作ランクイン。近年の実写作品は10億円でヒットとされるなか、10位でも興収40億円を超えていることから、特に大手映画会社の邦画実写が好調だったことがわかる。

※外部配信先ではランキングを全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください


一方、洋画はハリウッド大作2作のみ。洋画離れが言われて久しいが、アニメをはじめ圧倒的な国内コンテンツの強さが、日本映画市場の特徴として浮き彫りになっている。

ジャンルごとに今年の注目作品を見ていくと、アニメでは『君たちはどう生きるか』が挙がる。宮崎駿監督が引退宣言を撤回し、監督、脚本を手がけた10年ぶりの長編新作であり、100億円以上が期待されていたが、現時点では86億円ほど。しかし、劇場上映はまだ続いている。

海外では、ニューヨーク映画批評家協会賞のアニメ映画賞を受賞したほか、第81回ゴールデングローブ賞のアニメ映画賞にノミネートされた。北米での大ヒットスタートや高評価のニュースも続いており、来年のアカデミー賞の長編アニメ映画賞に絡んでくることも期待できる

その状況次第にもなるが、劇場上映は来年も続くため、じわじわと数字が上がっていく可能性もある。最終100億円超えは難しいかもしれないが、この先もまだまだ注目すべき作品だ。

久々の大ヒット「テレビ局映画」の底力

今年最大のトピックは邦画実写だ。ここ数年にわたってヒット規模が縮小していたなか、『キングダム 運命の炎』の56億円をはじめ、『ゴジラ −1.0』(50億円以上)、『ミステリと言う勿れ』(47.4億円)、『劇場版 TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』(45.3億円)と50億円クラスの大ヒットが続々と生まれた。

とくにテレビ局製作のドラマ映画は、近年なかなかヒットに恵まれず苦戦が続いていたが、『ミステリと言う勿れ』と『TOKYO MER』はシリーズものではない新作での大ヒット。時代性とマッチし、観客の関心に刺さる内容であれば、ドラマの映画化はいまの時代でもここまでのムーブメントを生み出せることを示した。

ただ、今年のドラマ映画は数も多く、ヒットしなかった作品も少なくない。結果が両極端に分れた印象だ。

映画ジャーナリストの大高宏雄氏は「観客はおもしろい映画をしっかり選別しており、関心を引かれないものには動かない。この2本の新作は内容が新鮮であり、ストーリーのおもしろさがある。やはりテレビ局製作映画の底力はあなどれない。ドラマ映画は一時期より淘汰されてきているが、1本当たれば続編につなげていけることが強み。それが何本か続くと軸になっていく。『ミステリと言う勿れ』はそうなりそうだ」と期待をかける。

また、今年の邦画実写シーンにおける「興行的かつ映画的事件だった」と大高氏が語るのが、『福田村事件』(2.5億円)のスマッシュヒットだ。作品は、1923年9月1日に発生した関東大震災の5日後に、千葉県福田村で実際に起こった行商団9人の虐殺事件を描く。

「いまに至る日本人の精神構造にも迫る内容は、生半可な覚悟では作れない。『キャタピラー』など若松孝二監督が目指していた映画作りにつながるものがある」(大高氏)

本作は公開日を9月1日にあわせたことで、時事ニュースをはじめとしたメディアパブリシティが大きく機能し、認知を広げることに成功。年配層を大きく動かした。大高氏は「本作のヒットによって地方のミニシアターは非常に勇気づけられた。ミニシアターの閉館が続くなかで、大きな役割を果たした」と力を込める。

北米では破格ヒットの『ゴジラ −1.0』

邦画実写シーンでもう1つ今年のトピックになるのが『ゴジラ −1.0』だ。劇場上映は続いており、最終興収50億円以上は確実。しかし、『シン・ゴジラ』(82.5億円)には届かなそうだ。

一方、邦画作品として前例のない2000館超えの大規模公開となった北米では、最終興収で2700万ドル以上(40億円以上)を狙える破格のヒットになっている。

すでに邦画実写の歴代全米興収ランキング1位を獲得(2位は1989年『子猫物語』の約1328万ドル)。全世界興収では100億円超えも夢ではないかもしれない。

『ゴジラ −1.0』の北米配給は、東宝が今年7月に設立したTOHO Globalが手がけている。その第1弾となる本作で大きな結果を出した。国際事業の積極展開を進める東宝の海外配給は、これまでとはまた違った展開になるだろう。

映画界全体が本格的に海外市場を視野に入れて動き出しているこれからは、ヒット指標が従来の国内興収から全世界興収を基準とする時代に向かうかもしれない。『ゴジラ −1.0』はその第一歩となる作品として大きな実績を残した。

ハリウッド大作の不振が続く

洋画は依然として厳しい状況が続いている。TOP10では、昨年の『トップガン マーヴェリック』のスーパーヒットに続くトム・クルーズの『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』(54.3億円)の6位のみ。その次は『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(43.1億円)だが、10位圏外になる。

期待されたディズニーの実写版『リトル・マーメイド』は30億円台。近年のディズニーとしては大ヒットだが、かつてのディズニーとしては物足りない。

ディズニー100周年記念作『ウィッシュ』(日本公開12月15日)が、北米興行でまったく振るわない成績になっていることがニュースになっているが、アメリカ・ディズニーCEOのボブ・アイガー氏はこうした不振を受けて、量から質への制作体制の抜本的な再構築を掲げたことが伝えられている。奇しくも100周年の不振が、近年低迷を続けるディズニーの転換点になるようだ。

大高氏は洋画離れが深刻化する昨今の映画界の現状を「かろうじてあったエンタメ大作の力が落ちている」と指摘する。

大高氏が今年のベスト映画とする、マーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、ニューヨーク映画批評家協会賞で作品賞を受賞。スコセッシ監督は『グッドフェローズ』『アイリッシュマン』に続く受賞となり、同賞の80年以上の歴史で、ウィリアム・ワイラー監督とフレッド・ジンネマン監督に続く作品賞を3度受賞した監督となった。

そんな歴史上の2監督と肩を並べたスコセッシ監督の新作でさえ、日本ではまったくヒットしない。

「スティーブン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』、リドリー・スコット監督の『ナポレオン』も含め、巨匠3人がこれまでの実績を踏まえて次のステップに進もうとする、斬新かつ野心的な内容の新作であり、この3本を抜きにしては、今年の洋画は語れない。こういった見応えのある、映画的な魅力と迫力に満ち溢れたアメリカ映画が生まれているにもかかわらず、興収が上がらない」(大高氏)

そこには、歴史を踏まえた重厚な人間ドラマへの世間一般の関心度が下がっていることがある。それによって、映画ヒットのバリエーションがどんどん狭まっている。

大高氏は「若い人の洋画離れは20年以上続いている。加えて、かつて洋画ファンだった年配者も離れつつある。これは今年始まったわけではないが、この状況が続く限り洋画の芽はなかなか出てこない。厳し過ぎる状況だ」と、負のスパイラルから抜け出せない現況に危機感を強める。

スター不在と言われて久しい洋画。宣伝をして情報を届けても関心を持ってもらえない状況をどう打破できるか。このままトーンダウンしていくだけの状況をなんとか変えることはできないのか。

「先に述べた巨匠たちの作品が、アメリカ映画の大きな魅力だということが見えなくなっている。それを伝えなくてはならない映画ジャーナリズムの力も弱まっている。これでは、若い世代の支持が広がるわけがない。この流れは一気には変わらないだろう。突破の道はなかなか険しいのではないか。洋画の危機は、もはや日本の映画市場だけの話ではないからだ」(大高氏)

アニメヒットの裏に潜む課題

コロナ禍から年々興収を上げ続け、若い世代向けアニメの100億円超えヒットが年に何本も生まれることで、映画界は活況を呈しているかのように見える。

しかし、その裏側では、ヒットバリエーションが狭まり、本来映画にあるべき多様性が市場から失われる瀬戸際まで追い込まれている現況は見過ごされている。

洋画をはじめ、邦画でも独立系映画会社の単館系作品などの苦境は長年にわたって続き、一部の大作との格差は年々拡大している。アニメの100億円超えヒットが生まれなかった年には、そんな市場の脆さが露呈することだろう。

前年超えをよろこんでばかりはいられない。今年の洋画興行は、日本映画界の危うい一面がどんどん大きくなっていることを突きつけている。

※映画興収は12月13日時点の最終興収推定値

(武井 保之 : ライター)