東武東上線のみなみ寄居<ホンダ寄居前>駅。画面奥の連絡デッキで自動車工場とつながる(筆者撮影)

埼玉県寄居町に2020年10月31日に開業した東武鉄道東上線みなみ寄居駅(副駅名:ホンダ寄居前)は、副駅名にもあるホンダ(本田技研工業)が100%出資した請願駅としても話題になった。

日本に請願駅は数あれど、鉄道と対立軸に置かれることもある自動車のメーカーが全額出資で駅を作るというのは、あまり記憶がない。

鉄道利用で渋滞対策

ホンダが新駅を請願したのは、この地域に新たな工場(埼玉製作所寄居工場)が開設されたことによる、近くを走る国道254号線の渋滞を懸念しており、公共交通利用を促進するためだったが、その後投資に見合う結果は出ているのだろうか。

気になったので調べたところ、2023年3月の東武鉄道のダイヤ改正で、興味深い内容を見つけた。

このダイヤ改正では、東急電鉄新横浜線および相模鉄道新横浜線の開業にともない、東京メトロ副都心線を経由して東急東横線に乗り入れる電車が、そのまま相鉄の海老名あるいは湘南台駅まで直通運転することが話題になったが、みなみ寄居駅が位置する小川町―寄居間に関する話題もあった。

その1つが初電の繰り上げと終電の繰り下げで、下りの初電が6〜7分早くなり、上りの終電は51〜57分遅くなった。その結果、みなみ寄居駅の下り初電は5時57分発から5時51分発、上り終電は23時21分発から24時18分発になった。しかも朝の下りには5時37分発が増便されていた。

新型コロナウイルス感染症が拡大して以降、鉄道では減便や初電の繰り下げ、終電の繰り上げが多い。東武鉄道の2023年3月のダイヤ改正でも、東上線の川越市―森林公園間など、減便を知らせる項目はある。それだけに、みなみ寄居駅を含めた小川町―寄居間の動きは目立った。

個人的にはこの初電の繰り上げと終電の繰り下げが、駅の脇にあるホンダの埼玉製作所寄居工場と関係があると見ている。

乗降人員が伸びている

東武鉄道が発表したみなみ寄居駅の2022年度の1日あたり乗降人員は1543人で、2021年度の1145人から約35%も増えているからだ。小川町―寄居間の両端を除いた5駅で、2021年度は男衾駅がもっとも乗降客が多かったが、2022年度はみなみ寄居駅が逆転してトップに躍り出た。

この区間の列車に乗ると、既存の東武竹沢・男衾・鉢形・玉淀4駅の周辺には、相応に住宅などが建ち並んでいるのに対し、みなみ寄居駅は高台に寄居工場があって車窓からは見えないので、駅前には建物が確認できない。にもかかわらず乗降人員が伸びているというのは、寄居工場関係者の利用が増えていると見ていいだろう。


みなみ寄居駅付近を走る東武東上線の電車(筆者撮影)

寄居工場は2013年に稼働を開始した。にもかかわらず新駅の開業が2020年で、2023年春になってダイヤ改正が行われたのは、同じ埼玉県内にあった狭山工場の代替という位置づけであることが大きい。


東武東上線の小川町―寄居間は単線区間。画面右奥にホンダの工場(筆者撮影)

自動車工場は、稼働を始めていきなりフル生産になることは少ない。慣らし運転のように、少しずつ車種や台数を増やしていくのが一般的だ。寄居工場の場合も、当初生産していたのは「フィット」と「フリード」のみだったが、その後狭山工場からの移管が進み、担当車種が増えていった。

生産台数の増加を反映か

その過程で、同じ生産ラインで担当する車種が増えていく。となると、昼間だけでなく夜間もラインを動かすことになり、日勤(昼間勤務)に加えて夜勤の人を雇う必要が生じる。寄居工場の求人情報を調べると、当初は日勤のみだったのが、生産車種の増加にともなって夜勤の募集もするようになっていた。

フルにラインが動く場合は、夜勤と日勤の間にもシフトが入る3交替制になる。この場合、シフト交代のタイミングは、6時30分、15時30分、23時30分頃になる。2023年春に繰り上げとなった初電、繰り下げとなった終電の時刻に近いことがおわかりだろう。

ここからもダイヤ改正の理由の1つが、寄居工場にあると想像できるのである。

ホンダ広報部に聞くと、数は明かされなかったが寄居工場の生産台数は増えているそうで、2023年11月現在で900人を超える従業員が鉄道を利用している。おかげで駅設置の最大の理由だった、工場周辺での大きな渋滞は発生していないという。

東武鉄道とホンダで利用者の数字に開きがあるのは、寄居工場を国内の4輪車のマザー工場として位置づけていることもあるだろう。

マザー工場には、グローバル展開を予定する生産システムの自動化や環境対策を確立し、海外に広めていくという役割もある。他社を含めた多様な業種の人々も工場を訪れることになるはずで、こうした人々もみなみ寄居駅を使っていることが想像できる。

鉄道通勤を選んだ従業員は、狭山工場周辺地域を中心に、埼玉県内や東京都内などから通っているとのことだった。

ホンダは新たな工場の場所を決める際、狭山工場に通っていた従業員の通勤も考えたという。狭山工場は西武鉄道新宿線新狭山駅の近くなので、たとえば川越市に住む人は利用路線を切り替えればいいし、ホンダ関連施設がある和光市からの通勤もスムーズになろう。

ホンダと公共交通と言えば…

ところでホンダと公共交通の関わりと言えば、2023年8月26日に開業した、栃木県宇都宮市・芳賀町を走る芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)を思い出す。

ライトラインの芳賀町側終点近くには、ホンダおよび同社製品の研究開発を行う本田技術研究所の施設があることから、当初の計画では終点の停留場名が「本田技研北門」となっていた。


芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)の終点近く。周辺にホンダの施設が集中する(筆者撮影)

しかし正式な停留場名を決めるにあたり、特定の個人や法人を表す名称を避ける方針が示されたことから、「芳賀・高根沢工業団地」になった。大型ショッピングモール「ベルモール」の近くにある停留場も「宇都宮大学陽東キャンパス」であり、副駅名として(ベルモール前)を追加している。

ではライトラインに関しては、東武鉄道のような関係はないのだろうか。こちらについてもホンダ広報部に聞くと、路線や停留所の位置について同社からの依頼はなく、出資もしていないとのことだった。


新しくなった歩道橋は停留所に降りられる(筆者撮影)

昔の写真を引っ張り出して見比べると、歩道橋が新しくなり、途中で停留場に降りられるような構造になっているのだが、この架け替えにもタッチしていないという。ただし安全上の観点から、軌道と車道の確保のために敷地の一部を提供したという。

LRT開業で送迎バスを廃止

もう1つ気になっていたのは、LRT開業に合わせて、JR東日本宇都宮駅と同社施設を結ぶ送迎バスを廃止したことだ。

こちらについての答えは、自治体やLRT事業者との議論はなく、同社がバスの利用実績からシミュレーションを行い、LRTを利用する他の乗客への影響を確認したうえで判断したという説明だった。


ライトラインの車両と「かしの森公園前」の停留所(筆者撮影)

LRT運行事業者の宇都宮ライトレールが発表した、11月の平日の利用者数は1万3000人。一方ホンダ・本田技術研究所社員および訪問者におけるLRT利用者は、1日約1200人だという。単純計算すれば、1割近くがホンダ関係者になる。その割にはあっさりした対応に映るかもしれないが、筆者はみなみ寄居駅の設置と、LRT開業にともなう送迎バス廃止のプロセスに、共通するものを感じた。


ライトラインの終点、「芳賀・高根沢工業団地」停留所(筆者撮影)

みなみ寄居駅の場合は、工場周辺の渋滞回避が最大の目的だった。そして送迎バス廃止については、LRTへの影響を考えたうえで実行に移している。

東上線の駅設置との共通点

いずれの場合も、地域交通全体を広い視野で見たうえで、社会と自社にとって最適だと考えた選択をしている。駅や停留場の設置は目的ではなく、地域移動を安全快適にするための手段の1つとして考えている。

モビリティとは移動可能性、つまり人の移動のしやすさを意味しており、乗り物そのものを指す言葉ではない。自らモビリティカンパニーを名乗るホンダは、その意味を十分理解しているのかもしれない。


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(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)