冬の賞与の不支給が、大きな話題となっているサマンサタバサジャパンリミテッド。その決算を読み解くと……。なお写真は、「サマンサベガ」の店舗(編集部撮影)

冬の賞与の不支給が、大きな話題となっているサマンサタバサジャパンリミテッド。決算を読み解くと、栄華を誇ったブランドの凋落が数字に表れているようです。

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賃金の上昇が本格化すると思われていた今年末。人々の注意を引くニュースが飛び込んできた。サマンサタバサが社員の冬のボーナスを支給しなくなったというのだ。

理由は業績の不振から。華やかなブランドイメージと乖離する“厳しさ”に多くの人々が、ある種の衝撃を覚えた。

サマンサタバサの冬季賞与不支給


「従業員の冬季賞与不支給」を発表。従業員数は2023年2月時点で1851人だという(出所:サマンサタバサジャパンリミテッドHP)

同社は発表資料において<当社は業績向上を掲げ、2024年2月期において全方位的な構造改革(リボーン計画)に着手し、着実に実行してまいりました(中略)が、全社的には厳しい業績となっており、(中略)手元流動性の確保を経営の最優先課題と認識し、2023年12月に支給する予定であった賞与を支給しないことを決定いたしました>とした。

ここで、はじめて同社の状況を把握した人もいただろう。同社は、業績向上のための構造改革が不可欠で、手元流動性の確保が課題とある。この社員へのボーナス不支給と同時に発表されたのは「通期連結業績予想の修正に関するお知らせ」だった。この数字を見てみよう。

<2024年2月期通期連結業績予想>
(前期実績)→(従来今期予想)→(今回修正発表)

売上高:252億円→261億円→236億円
営業利益:▲17億円→4億円→▲10億円

製造・販売コストの削減は順調に進んでいるとしながらも、「暖冬の影響等で見込んでいたお客様の来店数が全体として大きく下回る結果」となった、とした。

サマンサタバサの経営状況

サマンサタバサジャパンリミテッドの従業員数を便宜上、約2000人とする。そして冬のボーナス支給額を50万円と仮定する。なお、これは仮定であり、かつけっきょくは支給されなかったので、意味のない数字だ。たんなる荒っぽい概算にすぎない。

ただ、その概算でいえば10億円。その支給を停止するのは、どれくらいの意味をもつのか。さらに単純に考えると、今回、2024年2月期の通気連結業績予想が営業利益▲10億円だから、その同額といえる。

また、現時点から遡ること1カ月前、同社は「資金の借入に関するお知らせ」として商品仕入れにまつわる資金を得るためにコナカから借り入れを行っている。その金額は3億円。従業員のボーナスを支払っている状況ではなかった、というべきか。


「商品仕入に関する仕入資金支払を目的として借入」とのことだ(出所:サマンサタバサジャパンリミテッドHP)

ここで同社のキャッシュ・フローの状況を見てみよう。

《前第2四半期→当第2四半期》

●営業活動によるキャッシュ・フロー:▲4億4900万円→▲8億1700万円

●投資活動によるキャッシュ・フロー:▲1億8000万円→▲3億900万円

●財務活動によるキャッシュ・フロー:▲2億200万円→5330万円

なお、念のために説明しておけば各項目は次のとおりだ。

●営業活動によるキャッシュ・フロー:本業で増えた分のキャッシュを指す。つまり、プラスが当然で、マイナスは本業をやることでお金が減っていることになる。

●投資活動によるキャッシュ・フロー:投資などで設備等を導入するとマイナスになり、マイナスになるのはおかしくはない。逆にプラスになるケースは、有価証券や設備を売却している事実を意味する。

●財務活動によるキャッシュ・フロー:マイナスになるのは負債を返済している状態を指す。逆に、借金をして負債を増やして成長の礎を確保する際にはプラスになる。

なお、結果として、同社のキャッシュ残高は、22億7000万円から14億3300万円になっている。一方、BSを見ると、「1年内返済予定の長期借入金」は89億2400万円(8924百万円)だ。

ここからも、従業員らへの冬のボーナスの支給を取りやめた“苦しい”背景が読み解けるかもしれない。

全方位型の改革を進めている

現在、日本ならびに世界では新型コロナが収束を迎えつつあり、人々の行動も2019年以前に戻りつつある。しかし、ファッションのトレンドは従来と同じではなく、同社の売り上げはじりじりと下がり続けている。

同社は2023年3月より、「サマンサタバサ・リボーン計画」として全方位型の改革を進めている。2024年2月期まではリカバリー期で、翌2025年2月期まではグロース期と位置づけて、ブランド力の総見直しを図ろうとしてきた(ここでどのような施策かを説明したいところだが、一言でいうと「事業活動のすべてを見直す」ということになる。同社のホームページにも説明資料があるので参照のこと)。

なかなかうまくいかない状況が続いているが、同社のこれからを見守りたい。

ボーナス不支給で「社員流出」も起きる?

ところで、話は変わるようだが、先月11月に公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」というおそるべき内容を発表した。

これは企業間取引において、労務費の上昇を、なかば強引に認めさせるものだ。強引、が言いすぎであれば、半強制力をもって、取引相手に承認させる手引だ。

大手企業が中小企業と取引をしているとする。そのとき、これまでの慣例であれば、中小の労務費アップなど、大企業相手の価格に反映できなかった。大企業は「賃金をアップさせてもいいけれど、それはそっちの都合だから、価格に反映させないでよ」という態度だった。

しかし、それでは中小企業の人材確保は難しいし、日本全体の賃金アップは見込めない。だから公正取引委員会は賃金アップを図ろうとする。

また、私は現場のコンサルタントだが、実際に、大企業にたいして中小企業が「従業員にボーナスを払いたいから、対価を引き上げられないか」と相談する事例が多々ある。

現在、人手不足は深刻化しており、従業員にたいしていかに訴求性を上げるかが事業活動そのものの継続につながっているのだ。

サマンサタバサは中小企業ではない。大企業だ。だから、中小企業と同じだ、といいたいわけではない。また、お金だけが従業員のモチベーションではないだろう。

しかし、人手不足が過熱し、さらに賞与を不支給とすれば、従業員のモチベーションダウンにつながるだけではなく、退職の引き金を引きかねない。

まさに、チャレンジングな状況で、どれだけ働きがいのある仕事を提供できるかにかかっているだろう。この点についても注目していきたい。

(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)