X5をベースに燃料電池自動車(FCEV)としたiX5 Hydrogen(写真:BMW Japan)

電気と水素は補完関係にある――。

そう述べるのは、水素を燃料とする燃料電池車(FCEV)の開発を続けているBMWだ。

2023年10月に水素技術の開発責任者であるドクター・ユルゲン・グルドナー(Dr Jorgen Guldner)が来日。「iX5 Hydrogen(ハイドロジェン)」を展示した「ジャパンモビリティショー2023」の開催に先駆け、10月24日にジャーナリストを招いて水素の可能性をアピールした。

2011年からトヨタと基礎研究を実施

ジャパンモビリティショー2023は、日本メーカーをはじめ、参加企業がこぞってBEV(バッテリー駆動のEV)を中心に、電動化車両を展示したのが特徴だった。

そこにあってBMWは、「電気だけでは将来の交通のインフラストラクチャーを維持できない」(かつてインタビューしたときのオリバー・ツィプセ取締役会会長)として、水素を燃料とする車両の開発を続けてきたのだった。

BMWがFCEVを発表したのは2013年。実は、それに先立つ2011年から、同社はトヨタ自動車とFCEVの基礎研究を共同で始めていた。

ごく最近のニュースは、2022年秋にアントワープで発表したFCEVのiX5 ハイドロジェン。車名のとおり、同社のSAV(BMWではSUVでなくスポーツアクティビティビークルと呼ぶ)「X5」をベースにしたモデルだ。


iX5 Hydrogenはすでに世界のさまざまな環境下でテスト走行を行ってきた(写真:BMW Japan)

このクルマのトピックは、実験の段階を超えていたこと。極寒から灼熱まで、世界各地でテスト走行を繰り返して開発してきたうえ、2023年8月にはタクシー車両として、神戸エムケイが一時的な導入に踏み切った。

「わが社としては2030年までにフリートのZEV(排出ガス中の大気汚染物質ゼロの車両)化を目指しているので、すでにハイヤーにも燃料電池車(MIRAI)導入の実績があるため、今回、BMWの実証実験に協力させていただいています」

神戸エムケイの広報担当者は、上記のように述べている。

日本法人であるビー・エム・ダブリューの広報担当者は「世界各地のさまざまな分野の人たちに実証実験に協力していただいている中で、神戸エムケイさんからは、iX5ハイドロジェンをハイヤーとして使ってのリポートを上げていただきます」としている。

BEVとFCEVに適したクルマ・環境

私がiX5ハイドロジェンに初めて接したのは、アントワープでの試乗会だった。そこで出会ったドクター・グルドナーは、ビー・エム・ダブリュー主催の「燃料電池車をテーマとしたシンポジウム」にも登壇したのだった。


シンポジウムに登壇するドクター・グルドナー(筆者撮影)

「BEVとFCEV、どちらが(脱炭素の手段として自動車にとって)正解というのはないと思います。乗用車や小型商用車はBEVが向いていて、大型トラックはFCEVが向いている、そして中型トラックはその中間あたり、という位置づけでしょう」

ドクター・グルドナーはそう説明する。

「FCEVの不利な点は、燃料タンクの大きさや水素ステーションの不足などと言われてきました。あと、強いていえば、水素の取り扱いでしょうか」

その言葉をいったん切ったあと、「利点は……」と続ける。

「(BEVでは)充電施設を利用しにくい環境に身をおくユーザーがいます。それから、頻繁にクルマを動かさなくてはならず、ゆっくり充電時間がとれないユーザーもいます。寒冷地域でも、水素のほうが有利です。それから、欧米に多い牽引を定期的に利用するユーザーなど。こういう人たちは、FCEVのほうが向いています」


水素の充填はBEVの充電と異なり数分で完了する(写真:BMW Japan)

私の経験では、EU加盟国の中でも、イタリア、スペイン、ポルトガルといった地域では、BEVのためのチャージャーを見つけるのが難しい印象だった。

たとえば、ポルトガルの首都リスボン郊外では、大きめのサービスステーションがあっても、充電器がなかった。

「ICE(エンジン車)からの買い替えに積極的でない人が多かったり、そもそもクルマに乗る人口が少なかったり、そういう地域では充電ステーションを作っても赤字になってしまいます」

それに対して水素の利点は、既存のサービスステーション(ガソリンスタンド)に水素充填設備を設けたりコンバートしたりすることが、「比較的容易である」とドクター・グルドナーは指摘する。


EUではすでにセルフ式24時間運用の水素ステーションがある(写真:BMW Japan)

「FCEVをめぐるインフラストラクチャーは、整備されつつあります。EUの場合、2030年までに人口10万人以上の都市周辺で、200km間隔での充填ステーション設置を予定しています。これは、24時間365日の自動運用。つまり、日本とは違い、ドライバーが自分で充填できるということ。最初は大型車両が中心となりますが、乗用車用の700bar拠点も含まれます」

水素ステーションの数は、2023年11月現在、ヨーロッパではドイツが圧倒的で105。北米は土地面積こそ広いものの116、もっとも多いのは中国で、300以上という。

ドイツではスマホ用に「H2-Mobility」なるアプリで充填ステーションの検索が可能。メンテナンスの予告もここに出るので、「たどり着いたら閉まっていた」ということもなさそうだ。

電気を貯められない…風力発電の問題点

話を先の「燃料電池車をテーマとしたシンポジウム」に戻す。

このとき出席したのは、ドクター・グルドナーに加えて、トヨタ自動車・水素ファクトリーの山形光正プレジデント、日本水素ステーションネットワークの吉田耕平代表社員職務執行者、それに住友商事水素事業部の相原美歩マネージャーだ。

モデレーターを務めたのは、燃料電池にも造詣が深い自動車ジャーナリストの清水和夫氏。


左からモデレーターの清水和夫氏、トヨタ自動車・山形光正氏、日本水素ステーションネットワーク・吉田耕平氏、住友商事・相原美歩氏、BMW・ドクター・ユルゲン・グルドナー(写真:BMW Japan)

清水氏は、風力発電などの問題点として「発電量が多くても、電気を貯められていない問題」を指摘。ヨーロッパをドライブしていると、往々にして風力発電用の風車が停止しているのは、発電量を抑制するためで、「それがもったいない」と語った。

清水氏が注目するのは、自然エネルギーによる電力から電解法を使って作るグリーン水素。これは貯蔵可能なため、「カーボンニュートラルの燃料として、FCEVと理想的な組み合わせになる」という。

トヨタも、MIRAIなどでFCEVの知見を蓄積している。山形氏は、シンポジウム会場のジャーナリストから、「燃料電池は意味がないというBEVメーカーもありますが……」と水を向けられ、「次世代技術として大いに注目できる」と答えていた。

ところで、BMWはスポーティな走りやデザインを特徴とするプレミアムブランドだ。そんなBMWが、商用車などに最適な燃料電池を手がけることに、どれだけ意味を見いだしているか。ドクター・グルドナーに質問した。


ジャパン・モビリティショーにてドクター・グルドナー(筆者撮影)

「開発した技術を必要としてくれるメーカーは、少なくないと考えています。ここにトヨタと共同研究してきた意味があります。トヨタはタクシーや商用車など、幅広く手がけていますから。MIRAIのタクシーで得られた知見が役立っている、とも聞いています」

「FCEVのロードスター」は作れるのか?

BMWでは、iX5 ハイドロジェンの4年にわたる大規模なテストは「無事終了」とする。つまり、発売に向けての準備期間に入ったとみてもいいだろう。

ここで気になるのは、「燃料電池は大型タンクを積めるSAVだけのものなのか」ということだ。たとえば、次世代「Z4ロードスター」やスポーツクーペは、燃料電池と無縁なのだろうか。


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「そんなことはありません。小型タンクも開発中です。BEVに比べ航続距離は長く(iX5 ハイドロジェンで約500km)、バッテリーは小さく済むし、コバルトなどのレアメタルを使わなくていいのも利点です」

カーボンフリーの未来への道は長く、くねっているとも言われるが、そこをいかに速く駆け抜けていくか。考えている自動車メーカーがある、ということだ。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)