正しい答えがないからこそ、主体的にやってみよう、という動きが出てくる。それを妨げず、試せる環境を作ることが大切だと、遠藤氏は指摘します(写真:ふじよ/PIXTA)

経済と社会が変わろうとするなか、これまでの人生設計に合わせて作られた教育制度も変化を余儀なくされている。

新しい環境、新しい技術の下で、これからの教育制度はどうなっていくのか。先端的な学校改革を実現し教育界で注目を集める熊本市教育長の遠藤洋路氏と、日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」を主催し、『16歳からのライフ・シフト』の監修を務めた宮田純也氏が語り合った。

その模様を3回に分けてお送りする(今回は3回目)。

*1回目:「人生100年、学校教育は何をどこまで教えるのか」

*2回目:「ChatGPT以後の時代、学びと学校はどう変わるか」

日本の教育制度だけが特別ではない

宮田純也(以下、宮田) 10月にバンコクの教育イベントに参加したとき、日本の文科省の局長級に相当するタイの官僚の方がこう言っていました。


「自分は親の期待に沿っていい大学に入って役人になったけれど、子どもにはそれは勧めない。自分のほうが先に死ぬのだから、自分の期待はかけないようにしている。教育制度や内容も、これからの人生に対応したものにしていきたい」

これを聞いて、社会の変化と教育の改革は世界的な課題なのだと改めて思いました。

遠藤洋路(以下、遠藤) 日本の教育制度や学校のあり方に関する議論を聞いていると、日本だけが特別に問題を抱えているように言われがちです。しかし近代の学校制度は、別に日本人が作ったわけではなく、世界共通のものです。

つい最近、私のアメリカ人の知り合いも、学校を、テストのための勉強をする場所から変えていかなくてはいけないと言っていました。

宮田 『ライフ・シフト』には、社会的開拓者(ソーシャル・パイオニア)という概念が登場します。既成の考え方にとらわれず、新しい社会を切り拓く人という意味合いです。

「社会的」とあるのは、自己実現だけを考えるのではなく、自己の外側に目を向けていくことが重要ということだと考えているのですが、自己犠牲で社会をよくするというのは違うと思うし、持続的ではない。

社会をよくすることがその人の信用につながり、結果、それで動かせる資源が大きくなるとか、責任あるポジションにつくといった経験をいかに積み重ねていけるか。

このようなことも大切だと思いますが、遠藤先生はどのようにお考えでしょうか。

失敗が許される環境づくりを

遠藤 学校に行かなくても教育を受けられる技術が整ってきたという話をしましたが、かといって自分の部屋で誰とも会わず自分の目標達成だけを考えればいいのかといったら、そうではない。

どういう社会を作るかを議論し、行動していくには、他の人と協働して何かを作るスキルを身につけなくてはいけないでしょう。ただ、これからの社会性や協働性、集団行動は、これまでとは少し違ったものとして考える必要があります。

これまで、同調圧力というか、人と違うことを選ぶのが非常に難しいという空気を学校が作ってきていた面があります。これからは、人と違うことを選ぶ勇気と、それを許す雰囲気をどう確保していくかも大事です。

大人の社会でも、失敗した人をみんなでとことん叩くという風潮がありますよね。これだと萎縮してしまう。特に子どもたちが、一回の失敗で大きく叩かれるという経験をすると一生のトラウマになりかねない。

それを避けながら、いかに失敗が許される環境を作るかというのは、大人の責任でしょう。バカなことができない窮屈さが強すぎると、社会的開拓者のような精神が育ちにくくなることもあると思います。

宮田 日本では起業が少ないと言われていますが、いままでは、リスクをとって失敗すること、挑戦することの価値がとても低かった。もちろん成功確率も低いですし。

しかし、少しずつ状況は変わっていて、たとえば、私の知り合いの大学生で、起業で成功して事業を売却して、もうお金には困らないはずなのに、新卒で会社に就職するという人もいます。

企業も優秀な人材が欲しいですから、チャレンジしてここまで成長できました、という主体的な人を受け入れたい会社はたくさんあると思います。

こうした実例が増えてくると、挑戦のリスクだけが過大評価される状況も改善されるかなと思います。

成功のロールモデルは世界から学べる

遠藤 以前であれば、村から出ることなく暮らし、仕事も生まれたときから決まっていたという窮屈さがありました。それと比べれば、できることが増えているのは間違いない。その窮屈さと、例えばネットで叩かれる窮屈さとどっちが大変か。

それぞれの時代にそれぞれの苦労があるので、いまの時代に合った経験を積んでいくことを考えていくべきでしょう。

宮田 リスクをとって成功した事例がもっと注目されるようになれば、リスクの算定も適切なものになって、いままでの考え方も変わるのかなと思います。

遠藤 成功事例も含め、多様な情報を簡単に得られるようになったことは間違いない。ロールモデルを日本に限る必要もないですよね。

私が文部省に入った頃はまだ、他国の学校ではどんな授業をやっているのかと調べようと思うと、図書館に行って本を探すくらいしか選択肢がなかったのですが、いまはどこでも学校のHPを見ればすぐたくさんのことがわかる。

その意味で、成功事例も、これまでとは全然違うバラエティの中から見つけられるようになっているのだと思います。

宮田 熊本市では他に先がけて現場にタブレット端末を導入していますよね。

遠藤 これはコロナ前からの取り組みで、元々は、教室で使うために導入したものでした。各生徒の意見をパッと集約できるとか、自分が調べたいことをその場で調べるとか、そういう目的でした。

ところがコロナの休校中、オンラインで家からつないでリモートで授業をやってみた。そうすると、普段は不登校で学校に来られない子どもでも、オンラインの授業なら参加できたのです。

遠藤 これは従来のやり方を超える、想定外の使い方で、驚きがありました。コロナ後の活用では、多くの学校の教室をつないで1000人規模で授業をすることもできるようになった。

子どもの権利とか、自分たちの町のために何ができるかという議論を、学校をつないで、1000人規模でやった授業の様子は、Kumamoto Education Weekでも配信しています。

そんなことができるなんて、思ってもみないことでした。

世界の教育に貢献することを目指す

宮田 そこまで実践するとなると、現場の大変さ、負担もあったのではないでしょうか。

遠藤 上から言われて「やらなきゃいけない」ということだったらそうでしょうね。しかし、教育委員会が方針を決めて、それに従って先生方がやっていたわけではない。

お話ししたように、私たちにはまったく想定していないことだったのです。「こういうことができるかも」と思いついた先生が自ら取り組んでいるんですね。

新しいことを思いついた先生が取り組みやすい環境を作る、これが教育委員会の仕事だと考えています。先生方に、こんな制限があるからこれはできないね、と思わせないようにすることです。

これまでの考え方では、いろいろなことをできないようにして、何もさせないのが「いちばん安全」なことだったかもしれません。でも、これからはそうではない。


正しい答えがないからこそ、主体的にやってみよう、という動きが出てきます。それを妨げず、試せる環境でありたい。

私たちは、熊本市の教育委員会ですから、熊本市の子どもたちを幸せにするのが使命です。同時に、日本と世界の教育に貢献するというのも、私たちの使命だと思っています。

子どもたちに、自分の住んでいる周りの世界をよくする力をつけてほしいと言いながら、自分たちはリスクをとらずに小さな世界に籠もるというのでは、説得力がないでしょう。大人として、見本を見せたいと思っています。

宮田 ありがとうございました。

(遠藤 洋路 : 熊本市教育長)
(宮田 純也 : 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)