交換原理ではない仕方でできる支援とは(写真:でじたるらぶ/PIXTA)

東インド会社を起源とする500年の歴史を持つ「株式会社」制度。なぜ、このような制度が生まれ、現在まで続いているのか。その謎に迫った『株式会社の世界史──「病理」と「戦争」の500年』(平川克美著)をめぐって、NPO法人を運営する今井紀明氏と、人文系私設図書館を運営する青木真兵氏が「営利と非営利」の視点から語る。

身体という限界を持たない法人

今井:『株式会社の世界史』の著者・平川克美氏は国家よりも大きな存在となりつつある株式会社の行く末として、株式会社同士の闘争が国家を利用した武力行使になるという暗い予想をしていました。


実際にそうなるかはともかく、この500年近い歴史の中で株式会社がいかに人々に浸透し、いつの間にか巨大なものになってきたかを実感とともに読みました。そしてそういう暗い未来予想の中で、NPOは何ができるのかを考えたいと思いました。

青木:僕が一番ポイントだと思っているのは、株式会社は身体という限界を持たない法人であるというところです。だから無限に「利」というものを求めてしまう。資本の自己増殖っていう言葉もありますけど、欲望に歯止めが利かなくなってしまいます。会社は人間が立ち上げるものですが、どこかのタイミングで利益を上げ続けたいマシーンに人間が使われ続けるようになってしまう。

特に90年代以降の新自由主義は、ハード面でもソフト面でもインフラを破壊し格差も広がってしまったという問題があると思っています。その延長線上に、国家を超えたグローバル企業がますます利益を追求することで公共的なものを破壊し、ますます人びとが生きづらい社会になってしまった。

民間のセーフティネットをつくっているD×Pの活動は、こういう状況下でなんとか人びとが生きられる社会にしていこうということなのだと、本書を読んだことで逆に合点がいきました。

青木:もう一つ、あまり本書には直接言及されていませんが、やはり株式会社の発展の背景にはテクノロジーの発展があります。

産業革命の初期は水力とか蒸気機関によって機械は動いていたわけですけど、20世紀初頭になってくると工場が電化されてきたり、動力源として石油が登場してきます。どんどんテクノロジーも発展し、例えば相対性理論が出てきて原爆が開発されるようになります。20世紀以降のテクノロジーの進展が速すぎて人間がついていけなくなってしまった。この点も欲望が人間を超えてしまった原因だと思っています。

このように、もう誰も欲しがっていないのに利益を上げ続けるシステムがすごいスピードで回り続けている背景には、テクノロジーの発展があると思っています。

ここもD×Pの視点から読み替えると、ユキサキチャット(D×Pが運営するLINE相談事業)はそのテクノロジーを使って、どうしても世帯や家族が最小単位として考えられてしまう日本社会において個人への支援を届けることができています。これはテクノロジーの正の側面だと思います。とはいえ地球全体で見ると、本来は一民間企業であるGAFAが国民国家を超えたインフラになってしまっている状況は問題です。

非営利の起源

今井:まさにその通りですね。その巨大なインフラとは比較にもならないですが、約10年前にD×Pを設立してから、子どもたちのセーフティネットをオンラインで作ってきてユキサキチャットの登録者は1万2000人を超えてきました。


今井紀明(いまい のりあき)/認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立し、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受ける。対人恐怖症になるも友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会い、自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者1万2000名を超えるLINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じている(写真:認定NPO法人D×P)

食料支援は累計で17万食、給付金は6000万を超えるようになってきて、自分たちとしては国とか株式会社ができないことをやってきたという自負があります。民間から独自で寄付を集めて、こどもたちをサポートする仕組みをつくっています。昨年だと約1.9億の予算のうち91%を寄付で支えてもらっています。

こういう活動をしてきたなかで、「非営利の起源」とは何かを考えないといけないと思いました。たぶん非営利の起源って民主主義と関係があると思っているのですが、本書を読んだことでそのあたりの解像度を上げていきたいと強く思いましたね。

青木:そうですよね。やはり民主主義と資本主義がセットになって考えられていますけど、実は民主主義には別の側面もあります。資本主義は基本的に、労働したら対価があるというふうに交換原理で成り立っています。

でも、のりさんが言っている非営利って交換原理ではないのだと思っています。あえて合理的に説明するなら、「損して得取れ」に近い気がします。日本近世の商人文化には、「商売をするためには根本の社会を継続させなきゃ意味ないでしょ」っていうマインドがあったと思うんです。でも現代ではグローバル経済のように、個人的な利益の追求が肯定され、社会を破壊してもなおその追求が続くようになってしまった。これは明らかにおかしいですよね。

今井:本当ですよね。近江商人の三方良しって「売り手良し、買い手良し、世間良し」というように、ちゃんと世間が入っている。この時代に比べて現代の利って極めて個人主義的になってしまっています。しかも、三方良しって別に非営利だと思ってやっていないのではないでしょうか。確かに利を追求しているんだけど、社会の存在がその前提にはあるんですよね。

本来は目に見えない信用を可視化した「暖簾」

青木:ものすごいざっくり言っちゃうと、株式会社とかグローバル企業、それへのブレーキとしてSDGsがあるんでしょうけど、全て西洋的な文脈なのではないかと思います。


青木真兵(あおき しんぺい)/1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。社会福祉士。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークとしている。2016年より奈良県東吉野村に移住し自宅を私設図書館として開きつつ、現在はユース世代への支援事業に従事しながら執筆活動などを行っている。著書に『手づくりのアジール──土着の知が生まれるところ』(晶文社)、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』シリーズ(エイチアンドエスカンパニー)などがある(撮影:宗石佳子)

でも近江商人の「三方良し」的な価値観は日本的文脈なのか東アジア的なものなのか、どのくらいの汎用性があるのかわかりませんけど、少なくとも西洋的なものとは異なるんでしょうね。

それに関連しますけど、この前この本の著者の平川さんとお話ししたときに、西洋にはないけれど日本にあるものとして「暖簾」があるとおっしゃっていました。かつては会社が傾くとその暖簾を質に入れて運営資金を調達していたというふうにおっしゃっていて。

だから暖簾って本来は目に見えない信用というものを可視化したものなのだと思うんです。ビジネスにおいて数値化できるものと数値化できないものってありますよね。数値化できるものが収支だとすると、信頼は数値化できません。

今井:非常に面白いですね。東洋的ビジネスというか商売に、現代社会の矛盾や格差を是正するようなカギがある気がしました。そこに日本の企業経営者が語れる文脈がもっとありそうですね。そういう意味では日本の経営者が、この株式会社の500年の歴史に乗っかりすぎているっていうところもありますよね。

青木:さらにのりさんに聞きたいこととしては、非営利と公共についてどう考えていますか? 同じものなのか違うものなのか、いかがでしょうか?

今井:難しい質問ですね(笑)。学術的な文脈ではなくて自分の中でのイメージになってしまいますが、非営利の活動が公共を一部つくってきたと思っています。

医療とか学校教育など公共的なものの一部は、民間がつくってきた歴史がある。

例えば、日本だと大原孫三郎が児童養護施設の原型になる孤児院をつくっているし、別の事例だと大阪の橋なども挙げられます。寄付だったり、贈与と言っていいのかわからないけど、市井の人たちがみんなでお金を出し合って、公共というものをつくってきたという事例が多くあります。

今の福祉制度とか、行政がやっていることが公共的なものだとすると、それはまず非営利という形でつくられて、その後で公共的なものになっていったというのが僕の理解でした。

営利と非営利のあわい

青木:みんなでお金を出し合うことが公共的なことだとすると、かつては伊勢講とか、富士講というものがあって、富士参りとか伊勢参りといった参詣のために、地域でお金をプールしておいて順番に出かけていったということもありますね。これも非営利と公共がつながっている事例です。

もっと起源的な話をしてしまうと、例えばメソポタミア文明の発祥は神から権力を与えられた神官が、敵の攻撃や自然災害からみんなの命を守るために城壁をつくったり、川の流れを変える工事をしました。都市文明ではこれが公共事業の始まりとも考えられています。

小さな額のお金でもみんなが出し合って支え合うという公共の形もあるし、権力が介在することで大きな公共事業を行う場合もありますね。

今井:そう考えると営利活動と非営利活動ってはっきり二元的に分けられるものではなくて、その間にだいぶグラデーションもありそうに思いますね。

青木:そうですよね。あと少し違うかもしれませんけど、さっきの三方良しみたいな考え方は、やはり社会の内側の話だと思うんです。でも当時も被差別部落とか、社会の外側とされてきたものもありました。そういう意味で、当時被差別の部落の支援をしている人がいたらそれも非営利活動ということになるのかもしれないですよね。

今井:わかります。もしかしたら非営利ってその時代にない仕組みとか、足りていない部分を支援したりするっていうことなのかもしれないですね。僕自身のことを考えても、国家とか株式会社がどうしてもできないこと、しないことをこの10年以上やってきている感覚はありました。そこはすごく重要だと思います。やっぱり人と人が支え合える仕組みをつくるのが、非営利セクターなのかなって思います。

青木:そうですね、「国家や株式会社がしないこと」っていうのは重要なポイントですね。だから非営利セクターは市場を独占したいとかそういう話ではない。そもそも市場の有無ではなく、課題があるからそれを解決するためにどうにかしてやるっていうことなんでしょうか。

競争ではなく共創の論理で動いている

今井:そうなんです。うちのNPOの話だと、ユキサキチャットみたいなサービスを広範囲で国がちゃんとやってくれるんだったら手を引いてもいいかなって思っています。それは別の課題解決が足りていないことに動こうっていう発想なんです。


青木真兵氏(左)と今井紀明氏(右)が語り合った(写真:認定NPO法人D×P)

あと、そもそも僕は、非営利セクターが市場を独占することはあり得ないと思っています。団体同士で協働するとかノウハウをシェアするとか、できる限り共創的につくっていくことをしないと、本当の意味で課題は解決できません。子どもの支援分野だと、1団体でできることはどうしても限られていますので。競争じゃなくて共創なんです。そこが非営利セクターが株式会社とは違う論理で動いているところだと思います。

とはいえ、全部一概に言えるわけじゃないし、そこにはグラデーションがあるんです。非営利活動のなかでもさまざまなジャンルや活動があってビジネス化しやすいものもありますが、やっぱり国家や株式会社がどうしてもできないこと、しないことをリスクをとって行っていくということが非営利活動なのだと、僕は強く思います。国境なき医師団とか、それ以外にもさまざまな非営利組織が、寄付を集めて活動しています。

僕たちも国や株式会社に直接干渉されずに自分たちでお金を集めて運用させてもらって、それを仕組み化して子どもたちのセーフティネットをつくっていくことは、改めてブレずにやっていきたいと本書を読みながら思いました。

青木:本書には国家とか株式会社がしてきたことが書かれていますけど、むしろここに書かれていないことをしていくのが非営利セクターなのかもしれませんよね。

今井:そうですよね。さっきも言いましたが、非営利セクターには本当にいろんな種類があります。宗教的な文脈とか教育分野ではフリースクールもそうでしょうし、障害福祉や医療分野でも制度化しきれていないところはあると思います。出雲のコミュニティナースもとても非営利に近い活動ですよね。

青木:個人主義的に利益を追求しすぎてしまうと社会自体がボロボロになってしまい、売り手も買い手もいなくなってしまう。まずは社会を再構築する必要がありますよね。こういう危機感を感じている人もすごく多いと思うのですが、非営利活動をやっていきたいのだけど、なかなか活動を継続させる経営のノウハウがないという話もよく聞きます。

今井:それもすごく重要で、D×Pもユキサキチャットの事業をやりつつ、繁華街にセーフティネットとしてユースセンターをつくっています。それとオンライン相談のデジタルアウトリーチの仕組みやノウハウもさまざまな団体に提供してきたので、非営利団体を育てる活動もしていきたいと思っています。

年末年始は一番しんどい時期

青木:まさに社会の外に放り出されてしまったから孤立しているわけであって、困っている人を助けようと思ったら、僕たちも社会の外に目を向けねばなりませんよね。

そういう孤立してしまっている若者が、一番しんどい時期の一つが年末年始ですよね。行政など公的機関が年末年始のお休みに入ってしまったり、Wi-Fiの利用や寒さを凌ぐために普段利用している商業施設もお休みまたは時短営業になってしまったりするためです。

加えて最近の物価高のあおりを直接受けてしまっている若者の支援のために、今D×Pでは冬季募金をしていますよね。

今井:ぜひ一緒に10代が孤立しない社会をつくっていきたいですよね。今は冬季募金を実施していますが、D×Pもだんだん規模が大きくなってきて思うのは小規模でも寄付がいかに大きいかっていうこと。1000円、2000円毎月寄付をする月額寄付会員さんがいるから計画も立てられるし、今後の支援をどうやっていくのかを長期的に考えることができる。D×Pは寄付収入の半分が月額寄付のサポーターさんなんですけど、本当にありがたいですよね。

(今井 紀明 : 認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長)
(青木 真兵 : 「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士)