市場改革を進める東京証券取引所。大企業の再編・統合を進めなければ意味がない。(編集部撮影)

「上場企業の増加が経済全体を牽引する」という神話が崩れ始めている。21世紀に入って以降、主要先進国で上場企業数が顕著に減少しているからだ。

先進国で増えているのは日本だけ

下図を見ていただきたい。これはイギリス、ドイツ、アメリカ、そして日本の上場企業数の推移をまとめたものだ。アメリカは1990年代半ば、イギリスとドイツは2000年代半ばを天井として上場企業数はほぼ半減している。こうした傾向は他国も同様で、フランスでは2000年前後をピークに上場企業は半減。スペインでも2010年代から減少が始まり、すでにピーク比で10%以上減少している。

ところがだ。日本だけはこうした国々とは対照的にいまだ増え続けており、上場企業数で世界の五本の指に入っているほどだ。


経済規模が最大のアメリカを除くと、日本並みに上場企業数が多い国はインドと中国、そしてカナダだ。このうちインドと中国は、経済が成熟した「先進国」とは言い難いので除外する。ちなみに中国では上場企業数は増加が続いているが、インドでは21世紀に入ってからは横ばい圏だ。

カナダで上場企業数が多いのは、1000社を超える鉱物企業が探鉱資金の調達を主目的として上場しているため。天然資源が豊富な国の特殊事情だ。つまり主要な先進国で上場企業数が増加中なのは日本だけなのだ。

世界の大手投資家がベンチマークする指数のMSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)で見ると、1980年代後半の日本株比率は40%超だった。ところが2000年過ぎには10%を切り、現在では5〜6%となっている。

これに対してアメリカでは上場企業数は減少しているものの、MSCI指数に占める比率は上昇している。つまりリスクマネーは上場企業数が減少している国に集まり、増え続けている日本には注目していないといえるのだ。

上場企業数を減少させた“犯人”

主要先進国で上場企業数が減少した背景にあるのは、上場維持コストの増加と、株式市場代替機能の発展だ。このうち上場・上場維持コストについては、コーレポートガバナンスコード(CGC)や情報開示規制への対応コストが大きい。各国で世紀の変わり目あたりから、規制強化が顕著になった。

例えばアメリカでは、2002年に内部統制強化を目的としたSOX法が施行。イギリスでも1992年に「キャドベリー報告書」が提示され、10年にCGCが策定された。ドイツでは、1997年に設立した新興企業向け市場でインサイダー取引や粉飾決算が続発し、わずか5年で廃止された。これを機に02年に上場企業に「透明性基準」が導入されている。

そして株式市場の代替機能として、PE(プライベート・エクイティ)ファンドなど投資ファンドが急増したことも大きい。最も大きな変化を見せたはアメリカだ。

アメリカにおけるPEファンドは、1980年の24社から2016年には3000社へと飛躍的に増加、運用資産も10億ドルから8250億ドルとなった。アメリカでは、PEファンドに買収された企業が再上場する確率はわずか10%。それ以外の企業は、事業会社やPEファンドなどに売却される。つまり、こうしたサイクルが上場企業数を減少させているわけだ。

下図は、貿易と直接投資の推移だ。貿易の増加は通常、相手国への製造・営業拠点の設置などを通して直接投資を増加させる。しかし、90年代後半以降、この動きがデカップリング。アジア通貨危機の1990年代後半、リーマンショックの2000年代後半などが特徴的だ。現在では、貿易の多寡とは独立して、国境を跨いだ資本移動が活発に行われている。


こうしたグローバル資金は、PEファンドや機関投資家を巨大化させ、上場企業に対してガバナンスや収益力の改善を求める。これに各国の規制強化がシンクロする。そして巨大化した機関投資家は、流動性の高い企業を好む。一方、流動性の低い企業は株価が過少評価され、アクティビズムの標的になったり、事業会社や投資ファンドに買収されたりするのだ。

日本でもCGCをはじめとする上場企業に対する規制強化はすでに始まっている。また、国内系、外資系ともに投資ファンドの存在感も高まってきた。PEファンドによる投資案件数も2000年の25件から2020年には146件へと増加している。23年8月には経済産業省が「企業買収における行動指針」を発表し、被買収会社が同意していない場合の買収のガイドラインを示しており、M&Aは活発化するであろう。

こうした変化に伴って、日本にも「上場企業数の減少」という波が来る可能性は高い。ただし重要なことは、新興企業の上場を抑制せず、伝統的大企業の再編を促すことではないだろうか。単なる上場企業数減少の経済効果は限定的である。新興企業の上場規制を強化して、彼らへのリスクマネーの供給を減らすことはむしろ経済にマイナスだ。

下図を見ると、日本の上位10社の時価総額シェアが他国と比べて低いことが分かる。つまり再編や統合が必要なのは大手企業なのだ。いくら中小の上場企業を減らしても、こうした状況は変わらない。


大企業の再編・統合が必要

では、適正な日本の上場企業数はどれくらいなのだろうか。

日本の上場企業上位10社の時価総額を不変として、現在の占有率19%をアメリカ並みの29%にする算数をしてみよう。分母である総時価総額を35%前後減少させれば、アメリカ並みの占有率が達成できる。これを中小上場企業の退出のみで行えば、日本の時価総額全体が縮小するだけだ。

一方、大企業の退出や再編・統合は、複合的に日本経済にダイナミズムを与える。そもそも大企業同士の統合・再編は不要な競争の回避だけでなく、規模の拡大を通した生産性の改善を生み出す。大企業の時価総額が大きくなれば、グローバルなリスクマネーは日本に注目する。それがさらに日本全体の時価総額を高めて、日本の国力を引き上げることにつながるのだ。

また大企業に偏在する有能人材が、労働市場に供給されることも重要ポイントだ。有能人材が他産業や将来性あるスタートアップへ参画すれば、副次的な経済効果が期待できる。

そういう視点で考えてみると、現在、東証が進めている改革は、流動性の低い企業の“足切り”に軸足があるように見える。しかし中小の上場企業を多く温存させ、将来の新興大企業を揺籃するのが株式市場の役割の一つではないか。

大企業の経営にインパクトを与えるのが、株式市場改革の本筋だからだ。そのためには、時価総額やPBRの水準という「静的指標」ではなく、「動的指標」を見るのも一考だろう。例えば、上場後10年で株価を2倍とするといった目標設定だ。上場企業の平均資本コストを8%とすると、10年で株価を2倍(1.08の10乗≒2)にしてはじめて経営は合格点となる。

また政府は、企業再編において「雇用の確保」などを最重要視しているように見える。しかし、大企業の再編・統合で重要なのは、有能人材が労働マーケットに供給されることだ。労働マーケットが潤沢であれば、有能人材は転職におけるリスクの最小化が可能となる。時価総額も労働も、動的な視点で大企業の経営資源を社会化する政策が必要となる。

最近、日本でも大企業の非上場化の報道が増えている。他国では一般化した上場企業数の減少という事象を、日本でどのように受容して活用していくかが問われている。

(松岡 真宏 : フロンティア・マネジメント代表取締役)
(門田 義弘 : フロンティア・マネジメント ジュニア・アソシエイト)