去年の地区予選、1回戦で敗れたザン高野球部は、それでも笑っていた。9回まで試合ができたことがうれしくて喜んでいた。

だけど、2年目の夏は違った。12年ぶりに初戦突破。2回戦も、格上を相手に善戦した。でも、そんなことは何一つ慰めにはならなかった。負けたことが悔しかった。もっとみんなで野球がしたかった。

日曜劇場『下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00〜)第7話。最後の夏に向けて、ザン高野球部は長くて短い1年を駆け抜けた。

僕たちの足は失敗した人間の背中を蹴るためにあるんじゃない

無免許問題は必要か不要か。衝撃を与えた南雲脩司(鈴木亮平)の教員免許偽造は、視聴者の間でも賛否を巻き起こした。けれど、このドラマはその議論に対して自分たちでちゃんと決着をつけた。

「失敗した人間の背中、いつまでも蹴り続けて楽しいですか」
「あんたらは、いっぺんも失敗したことないって言うんですか。私なんかもうずっと失敗。失敗して、失敗して、失敗重ねて今があるんとちゃいますか。南雲先生、南雲脩司は自分の背中、子どもらに見せようとしてます。みっともない、情けない背中です。それ蹴飛ばして、何が教育者や」

力強い台詞だ。良い台詞は、物語の枠を超え、時代を照らし、社会を突き刺す。この不寛容社会へ、溺れる犬を棒で叩き続ける世間へ、つくり手たちの想いがこもった台詞だった。

第4話のコラムで書いた通り、本作は人はやり直せるかを描いたドラマだ。その答えのひとつが、今回の横田宗典(生瀬勝久)の台詞であり、この台詞をちゃんと届けるためにこれまでの7話があった。無免許問題は決して話題づくりのネタなんかじゃない。時に「時代の鏡」と呼ばれるテレビドラマだからこそ、今やるべきテーマだった。

それにしても不思議だ。過ちを犯した人間に対し、身近な者ほどその罪をちゃんと許している。今回で言えば、南雲の教員免許偽造で最も迷惑を被ったのは生徒だろう。南雲を信じていたザン高野球部が裏切られた気持ちになってもおかしくない。

でも、南雲を真っ先に受け入れたのが部員たちだった。彼らは南雲脩司がどういう人間かわかっている。時に間違うことも含め、南雲という人間を愛した。

決して人は聖人君子なんかじゃない。自分の弱さに負けてズルをすることもあるし、ワンクリック詐欺にだって引っかかる。でも、その一面だけで人間の価値は決まらない。ズルもするし、エロ動画も見る。それが、南雲脩司という人間なのだ。

逆に、南雲に遠い人間ほど罪を許そうとしない。これもまたこの社会の現状をよく表している。なぜか当事者ではない人間が、さも自分が迷惑を被ったような顔で罪を追及し、血祭りに上げる。この作品で言えば、犬塚樹生(小日向文世)がそうだろう。部を金銭的にスポンサードしている犬塚がまったく無関係とは言わないけれど、それでも横田の言葉をそのまま借りるなら部外者でしかない。なのに、たった一度の失敗を責め立て、再起の場を奪おうとする。

僕たちの足は、失敗した人間の背中を蹴るためにあるんじゃない。もう一度立ち上がろうとする人と並んで歩いていくためにある。僕たちの手は、人を叩くためにあるんじゃない。勇気を出して前に進もうとする誰かの背中を押すためにある。

無免許問題が必要か不要かなんて、あげつらうことすら違うのだろう。どんな人生にも不要なものなんてない。すべての失敗が、より良き人になるために必要な糧だ。

「来年の甲子園予選、最低でもベスト8を目指してください」

丹羽慎吾(小泉孝太郎)にそう託された南雲の顔は、今までのどの表情よりも真摯だった。免許偽造を隠して教壇に立っていたときは、笑っているのに、どこか怯えているようで、大柄な鈴木亮平が小さく見えた。でも、「優勝を目指します」と答えた目にはもう迷いがなかった。濁りのない、決意の目をしていた。