高価格帯ブランド含めて、中国での売れ筋ブランドが苦戦を強いられている(撮影:今井康一)

資生堂中国事業に暗雲が漂っている。「処理水の影響は売上高で約340億円、利益で200億円にのぼるとみられる。期初には想定していなかった市場変化だ」と横田貴之CFO(最高財務責任者)は説明する。

11月10日、資生堂は今2023年12月期の業績下方修正を発表した。今期売上高予想は前期比6.3%減の1兆円から、同8.1%減の9800億円へ引き下げた。コア営業利益(営業利益から構造改革費用などの一時的な要因を除いた数値)は、同16.8%増の600億円の計画から一転、同31.8%減の350億円と大幅減益となる見通しだ。

春節頃まで処理水の影響は続く

今回の下方修正の主要因は、売り上げの柱である中国事業だ。8月下旬に福島第一原子力発電所のALPS処理水が海洋放出されて以降、中国では日本の化粧品ブランドの不買運動が行われるようになった。

「世界一のEC大国」と呼ばれる中国では、SNS上で多くのフォロワーを持つインフルエンサーが、ショート動画やライブコマースで商品を紹介し購入を誘導する形式が主流となっている。そのインフルエンサーが「日本ブランドを取り扱うのは評判を落とすリスクが高い」として、資生堂の化粧品を宣伝対象から外していった。

ECではプロモーション時期のたびに購入するブランドを切り替える層が多いため、インフルエンサーに宣伝してもらえるかでメーカーの売り上げは大きく左右される。中国では毎年11月11日の「独身の日」に開催されるEC上の大セール「ダブルイレブン」が大きな山場となるが、資生堂は春節を迎える来2024年第1四半期(1〜3月期)あたりまで処理水関連の影響は続くとみている。

中国市場は高い成長性と市場規模で、日本の化粧品メーカーを魅了してきた。ヘアケアなども含む中国の化粧品市場は、2022年に10兆円超と10年前から2倍以上成長しており、日本市場の2倍以上の規模となっている(イギリスの調査会社、ユーロモニター調べ)。


藤原憲太郎社長COO(左)と魚谷雅彦会長CEO(右)(記者撮影)

2018年から2022年まで資生堂中国地域CEOだったのが、今年1月から社長COO(最高執行責任者)を務める藤原憲太郎氏だ。前社長で現会長CEO(最高経営責任者)である魚谷雅彦氏とともに、中国事業を売上高で日本に並ぶ屋台骨へと成長させてきた。

だが現在は処理水問題に限らず、中国事業そのものの先行きまでも不安視されている。

崩れ始めた「メイドインジャパン神話」

最大の懸念は、中国現地メーカーの台頭だ。コロナ禍で日本メーカーがもがく間、彼らは着実に力をつけてきた。

中国メーカーは海外ブランドの良いところを吸収しつつ、自国に合った商品を低コストかつ高スピードで開発している」と、越境EC関連のプラットフォーム事業等を行っているNOVARCAの濱野智成社長は指摘する。これにより「中国メーカーの品質が向上し、コストを考えると採算が合わなくなってきた」(中小化粧品メーカーの幹部)という声もこぼれる。

品質をアピールするだけの戦い方は一段と厳しくなる。中国政府は化粧品の成分開示義務を強化しており「メーカーにとって命と言える、商品のレシピを開示せよと要求されているようなもの」と、日本のOEMメーカー首脳は技術流出を懸念する。

さらに「日本の大手化粧品メーカーは、インバウンドで売れる定番商品ばかりをアピールし、目新しさに乏しかった。中国メーカーは消費者ニーズを巧みに捉えた商品開発で、売上高を伸ばしている」(中国向けのSNSプロモーションや市場調査を行う中国市場戦略研究所の徐向東代表)。

資生堂の藤原社長は「圧倒的な規模を持つ中国市場は変化しているが、今後も当社にとって重要。成長領域を絞り込んで、高収益な事業体制に転換していく」と意気込む。

処理水問題の前から、資生堂中国事業で課題を抱えてきた。ここ数年はECで大セールが行われるたびに、インフルエンサーに高額な宣伝費を支払い、大幅な値引き販売を行って「質より量」の施策を進めてきた。

しかしブランドの知名度が向上した反面、宣伝費用が膨らんで値引き販売も常態化。“負のスパイラル”に陥ったことで、前2022年度の中国事業のコア営業利益は39億円の赤字に転落している。今後はセールの売上高構成比を下げる方針だが、一度染みついた消費者の価格感覚を変えていくハードルは高そうだ。

インバウンド頼みからの脱却厳しく

株式市場からの評価は厳しく、資生堂が下方修正を発表後の11月13日の株価は年初来最安値まで下落してストップ安となった。

もう1つの柱である日本事業も、中国人客が需要の大半を占めていたインバウンドが蒸発したことで冴えない。今期第3四半期(1〜9月期)はコア営業赤字2億円(前年同期は同59億円の赤字)に沈む。資生堂は国内のインバウンド需要が2025年に2019年対比で7〜8割程度まで回復すると見込むが、中国人訪日客1人当たりの化粧品購入単価は低下傾向にある。

「今、変わらなければ日本事業としての存在意義すら危ぶまれるという強い危機感がある。改革のレベルを考え、自分でやるべきだと判断した」

8月の決算説明会で藤原社長はこう語り、9月から日本事業を担当する資生堂ジャパンの会長を兼任してきた。2024年末にかけて、早期退職制度の活用など人材関連100億円を含む250億円の収益改善施策を進める方針だ。2025年には日本事業のコア営業利益500億円のV字回復を目指す。

これから資生堂中国市場やインバウンドとどう向き合うのか。まさに難題が山積している。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)