オープンAIによるChatGPTの発表に、大手テック企業がさまざまな戦略を打ち出している(写真:metamorworks/PIXTA)

オープンAIによるChatGPTの発表は、大手テック企業の事業戦略にも大きな影響を与えている。

特に2019年に10億ドルを出資するなど、ChatGPTの発表以前からオープンAIに出資してきたマイクロソフトは2023年1月にも数十億ドルを追加出資することを発表し、オープンAIとのパートナーシップをさらに強めている。

グーグル、アマゾン、メタ(旧フェイスブック)も負けじとさまざまな戦略を打ち出している。野村総研プリンシパル・アナリストの城田真琴氏は、新著『ChatGPT資本主義』の中で、大手テック企業の戦略について詳しく解説している。

検索エンジンの復権狙うマイクロソフト

マイクロソフトがオープンAIに出資する目的は大きく2つある。まずは、長らく後塵を拝してきた検索エンジン市場の奪回である。2023年3月時点の世界市場におけるグーグルの検索エンジンのシェアは93%と他を圧倒しており、マイクロソフトの検索エンジン「Bing」は3%にも満たないという調査もある。


こうした状況の中で、マイクロソフトはオープンAIとのパートナーシップを生かし、大規模言語モデルを組み込んだBingの新バージョンを2023年2月に発表した。この新しいBing、通称「BingAI」は、オープンAIが開発した大規模言語モデル「GPT‐4」を搭載し、AIチャット機能が追加された。

もう一つの狙いは、同社が圧倒的なシェアを誇る、ワード、エクセル、パワーポイントなどのオフィスアプリやWindowsOS自体への大規模言語モデルの組み込みである。

マイクロソフトは2023年3月に開催したオンラインイベントで、同社のビジネススイーツ「Microsoft 365」に大規模言語モデルを組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」を発表した。

Copilot(副操縦士)とは、「仕事の副操縦士となる」という意味を込めたネーミングである。操縦士であるユーザーを、大規模言語モデルを活用したAIで強力に支援することで、単調で手間のかかる作業はAIに任せ、ユーザーの生産性の向上に寄与することを目論む。

たとえば、「Copilot in Word」では、ユーザーとAIの共同作業で文章の作成、編集、要約、創作が可能であり、簡単な指示だけでAIが必要に応じて組織内の情報を盛り込みながら、ユーザーに代わって下書きを作成してくれる。

マイクロソフトはさらに2023年5月に開催した年次イベントで、OS「Windows 11」にAIチャット機能を組み込んだ「Windows Copilot for Windows 11」も発表している。2023年11月提供予定となっており、法人向けにデータ保護機能を強化した「Bing Chat Enterprise」も、このWindows Copilotで提供される予定だ。

非常事態を宣言したグーグル

ChatGPTやBingAIなどの大規模言語モデルを活用したチャットボットの登場で、大手テック企業の中で最も影響を受けるのはグーグルであろう。

2022年12月21日付のアメリカのニューヨーク・タイムズは、グーグルの経営陣はChatGPTやBingAIが同社の検索事業に深刻な脅威をもたらす恐れがあるとして、社内でコード・レッド(非常事態)を宣言したと報じた。

よく知られているように、グーグルの収益の源泉は検索エンジンの検索結果に連動して表示される検索連動型広告である。グーグルの検索エンジンでは検索結果をリスト表示し、その検索結果に関連する広告リンクがあわせて表示される。検索結果がユーザーの求めるものでなければ、次の検索結果をクリックし、その間、ユーザーは興味を惹いた広告をクリックするという行動を繰り返す。

一方、ChatGPTやBingAIではユーザーの入力した問いに対する回答を直接返してくれる。回答精度が上がれば上がるほど、ユーザーはChatGPTやBingAIを使うようになり、グーグルの検索エンジンを使う必要性が薄れる。そうなると、広告の出稿数が減少し、グーグルは大打撃を受けることになる。

実は、グーグルは2021年5月には自然な会話を実現する言語モデル「LaMDA」を発表していた。ただ、検索エンジンのUIに採用すると、現在のビジネスモデルを抜本的に見直さざるを得なくなってしまうため、積極的に活用してこなかった。そうこうしているうちに、オープンAI×マイクロソフト連合によるChatGPT/BingAIの台頭を許してしまった。

株主からの圧力もあり、グーグルは2023年3月にLaMDAを活用した会話型AIサービスである「Bard」を英国とアメリカで一般公開、さらに、より高度な言語モデルである「PaLM」「PaLM2」も発表している。

グーグルはまた、生成AIを使用した「Search Generative Experience(SGE)」と呼ばれる新機能をグーグル検索に導入する予定であり、2023年8月末からは日本語版の試験運用も開始している。収益の柱である検索連動型広告は引き続きページ全体の専用広告枠に表示されるとしており、グーグルとしては当然ではあるが広告収入を維持したい構えだ。

アマゾンもクラウド生成AIサービスを提供

このように、オープンAI×マイクロソフト連合vs.グーグルという構図が見えてくるが、アマゾンも負けてはいない。2023年4月にAWS(Amazon Web Services)独自の大規模言語モデル「Amazon Titan」と、API経由で他社の大規模言語モデルを利用可能にするサービス「Amazon Bedrock」を発表している。

マイクロソフトやグーグルが自社製品に大規模言語モデルを組み込んで提供する戦略であるのに対し、アマゾンは主に企業ユーザーをターゲットにクラウドサービスとして提供する点で方向性が異なっている。

大手テック企業のもう一つの主役であるメタはどうだろうか。実はメタはChatGPTが一般公開されるわずか2週間ほど前に、対話型AI「Galactica」のデモを公開していた。

ただ、Galacticaの回答に問題があるとしてSNSで炎上し、すぐに公開中止に追い込まれていた。

実はメタは2022年8月にも、独自チャットボット「BlenderBot 3」を一般向けに公開したものの、公開直後から差別的な発言をしてしまうという騒ぎを起こしており、これが2度目の炎上騒ぎである。

メタはこうした炎上騒ぎを経験しても研究開発の手は緩めず、2023年2月には研究者向けに独自の大規模言語モデル「LLaMA」をリリースしている。

注目すべきは、ChatGPTやBardがソースコードはもちろん、トレーニングデータやパラメータも完全非公開としているのに対し、LLaMAのコードはオープンソースとして公開されている点だ。これは筆者の推測であるが、メタの狙いは「大規模言語モデル版アンドロイド」になることではないだろうか。

スマートフォンやタブレット向けのプラットフォームとして世界シェア1位を誇るアンドロイドは、グーグルが2007年にオープンソースとして発表した。そうすることで、多くのモバイルデバイスメーカーや開発者がアンドロイドを使って開発できるようになった。その結果、デバイス数が増加し、ユーザーが拡大した。

今後爆発的に増えると予想される、大規模言語モデルをベースとしたサービスのプラットフォームとしてのポジションを確立するためには、LLaMAをオープンソースとして公開することで開発者コミュニティを味方につけ、エコシステムを広げるのが近道――メタはこう考えたのではないだろうか。

今後は企業買収も活発に

最近ではグーグルが、オープンAIのライバルと目される生成AIスタートアップのAnthropic(アンソロピック)に約3億ドルを出資したことが明らかになっている。

アンソロピックはオープンAIの元従業員6人が立ち上げた会社で、CEO兼共同創業者のダリオ・アモディ氏はオープンAIで研究部門の責任者を務めていた。

AWSも、2023年2月に、多数の機械学習アプリの開発ツールをオープンソースとして提供しているハギング・フェイスとの提携強化を発表している。

大手テック企業は資本力やコンピューターリソースはもちろん、言語モデルをより洗練されたものにする専門人材と市場経験を持つ。これまではAIスタートアップは出資を受けるにとどまっているが、今後は買収されるケースも出てくるだろう。

そうなれば結局は、大規模言語モデルも大手テック企業が支配することになっても驚きはない。

「世界にコンピューターは5つあれば足りる」

これはクラウドが姿を見せ始めた2006年11月に当時のサン・マイクロシステムズ幹部が発した言葉である。現在のクラウドの状況を見事に予見した先見の明には驚くが、同様に、「世界に大規模言語モデルは5つあれば足りる」という状況が訪れる可能性は決して低くはない。

(城田 真琴 : 野村総合研究所 DX基盤事業本部 兼 デジタル社会研究室 プリンシパル・アナリスト)