(写真:Fast&Slow/PIXTA)

今でこそ「議論」や「論理」というテーマで執筆活動し、複数のベストセラーも出している弁護士・谷原誠氏。しかし、もとから筋の通った話ができていたわけではなく、小さいころから言いたいことが何も言えず、とても悔しい思いをしてきたという。そんな谷原氏の状況が一変したのが、大学3年生のとき。物事を論理的に考えられるようになり、突如として議論に強くなった――。

なぜ、議論に弱かった過去から、変わることができたのか? その「秘密」こそが「司法試験の勉強」。なぜ、司法試験の勉強により論理的思考力が向上し、議論が強くなったのかを日常生活でも役立つようにかみ砕いた、『ポケット版 弁護士の論理的な会話術』から「論理的な思考力」について解説する。また、裁判でも使われる「門前払い」の会話術についてもあわせて解説する。

【争点整理】「何が問題なのかを整理しよう」

司法試験の「天王山」、論文試験。私が受験した当時の論文試験は、7科目14問の論文を書き上げるというもので、大変な作業でした。司法試験の論文の骨子は、だいたい次のような構成になります。

〔簑蠶鶺
結論
M由づけ
せ例への当てはめ

このうち、最も重要なのが 嵬簑蠶鶺」です。これは、その論文で「何を論じなければならないか」を明らかにすることです。そして、自ら提起した問題に従って、その後の論文を書いていくことになるのです。したがって、議論すべき問題点を発見する能力が、論文の出来を左右することになります。

裁判では、「争点整理」という手続きが行われます。これは、その裁判について何が争点なのかを明らかにする手続きです。争点があいまいなままでは、証拠調べをするにしても、どの点を立証すればいいのかが不明確になってしまいます。そこで、まず争点を整理し、その争点に絞って証拠調べを行うのです。

議論においても、この「問題提起」、あるいは「争点整理」という考え方は重要です。問題点を発見できなければ、何について論じているのかがわからなくなり、収拾がつかなくなってしまうからです。

何が争点なのかを確認する

例を見てみましょう。「安楽死を法律上認めるべきか否か」という議論をすると仮定します。仮に「安楽死」の定義は「死期が迫っている病人の激しい肉体的な苦痛を取り除き、死期を早めて安楽に死なせること」としておきます。

正男「安楽死は認めるべきだよ。どうせ死ぬことはわかっているのに。苦しんでいるんだったら、かわいそうじゃないか」
和男「いや、しかし、命を人為的に縮めるのはやはりよくないよ」
正男「本人がいいと言えばいいんじゃないか」
和男「痛みのために思わず言ったのかもしれないよ。本心かどうかわからないじゃないか」

一見ありがちな議論です。しかし、このような議論では、問題の争点が明らかにならず、議論が整理されません。ところで、そもそも「安楽死」はなぜ問題なのでしょうか? 

ちょっと専門的になってしまいますが、安楽死は、形式的には「殺人罪」や「嘱託殺人罪」(頼まれて人を殺すこと)に当てはまります。形式的にでも該当するならば、まずは殺人罪を適用すべきだということになりますが、正男君が言うように、本人の希望だから実質的には「許してもいいんじゃないの?」という点が問題となるわけです。

ただ、先ほどの例では、このような議論の「枠組み」がなかったため、正男君と和男君がお互いに思っていることをただぶつけているだけになっていました。

以上の点を前提に先ほどの議論を整理すると、次のようになります。

正男「議論が混乱しているから、論点を明らかにしよう。確かに、安楽死は形式的には殺人罪などに当てはまるね。しかし、安楽死は本人が望んでいることだし、それを助けることが刑罰を与えるほど悪いことなのか、ということが問題だと思うよ。僕は人間の自己決定権を重視すべきだと考えるから、殺人罪などは成立しないと思う」

和男「いや、どんな場合であっても人の命を奪うのはよくないよ。人間の命の価値は絶対だ。その価値は、たとえ本人が望んでも他人がどうこうしていい問題じゃない」

このように、問題の所在を明確にすると、議論が整理されます。それ以降の議論の流れを「問題提起」によってつくり出すことができるからです。議論の方向性が見えなくなってきたら、何が問題なのかをもう一度確認して、話を整理するようにしましょう。

【門前払い】「あなたに議論をする資格があるのか」

議論をするときには、そもそも相手がその議論をする資格があるのか、検討しなければならないことがあります。

例えば、自分のことを棚に上げて、他人に対していろいろと要求してくる人がいます。そのような人に対しては、言動が矛盾していること、そして、その矛盾を説明しない限り主張に説得力がないから議論する資格がない、と通告することになります。

この、いわば「門前払い」の手法は、昔からよく用いられてきました。イソップ寓話集にも、こんなエピソードがあります。

あるとき、オオカミが羊の群れから子羊を奪って、自分のねぐらに持って帰ろうとしていました。すると途中でライオンに出会いました。ライオンは、その子羊をオオカミから奪い取ります。オオカミは、「これはオレの子羊だ。オレのものを奪い取るとはとんでもないことだ」と言いました。するとライオンは、次のように言ったのです。

「オオカミよ、この子羊はお前が羊の群れから奪い取ったものじゃないか。それを私に奪われたからといって、不当だというのはおかしい。キミには奪うことが不当だと言う資格がないんだよ」

オオカミは何も言えませんでした。つまり「他者から物を奪っておきながら、それを自分が奪われた途端文句を言うのは矛盾している」ということです。


私たち弁護士が関わる法律の世界にも「門前払い」があります。弁護士の主な業務のひとつは、裁判を遂行することです。訴訟を起こし、勝訴判決を得るか、または有利な和解をすることにより依頼者の満足を目指します。

ところが民事訴訟では、訴訟を提起しても実質的な審理に入ることなく訴えを却下してしまうことがあります。これが、いわゆる「門前払い判決」と言われるものです。

「実質的な審理に入るための要件が欠けているために、審理の必要なし」

つまり、裁判を行うために十分な条件が揃っていないため、訴え自体が無効だというわけです。

「そういうあんたはどうなんだ」

では、この「門前払い判決」を議論に応用してみましょう。議論したくないときや、議論する価値がないと思ったときに利用できます。

中村「私は社内で男女を平等に扱うべきだと思う。でも、あなたは女性に差別的な待遇をしているね。この点をどう考える?」
小林「あなたにそんなことを言われる筋合いはないよ。なぜなら、第1に、あなたは社内で社員を呼ぶときに、男性には『〜さん』と呼びかけ、女性には『〜ちゃん』と呼びかけており、男女の差別をしているじゃないか。第2に、男性にお茶を入れさせることはないが、女性にはお茶を入れるように要求しており、男女差別をしている。第3に、男女の社員数は同数なのに、数人でチームを組んで行うような重要案件では、女性をほとんどチームに参加させず、男女を差別している。なぜそのような差別をしながら男女平等を主張するのか、この矛盾点を説明してもらいたい」

これに対し、中村さんは「今は職場環境をどうすべきかが問題なのであり、私の問題を議論しているのではない」と反論しました。小林さんがさらに追い込みます。

小林「言うまでもなく、信念は論理的に一貫していなければならないから、矛盾は許されない。しかし、先ほど指摘したあなたの態度は男女平等とは矛盾する態度であり、仮に男女平等を主張するのであれば、先に挙げた点について、

〇愿Δ気譴仁磴男女差別には当たらないという理由
∋愿Δ気譴仁磴話暴差別に当たるが、それがやむをえなかった理由
指摘された例は男女差別に当たるが、それは今の話題と関係がない理由

以上のいずれかを論証し、それが説得力を持たない限り、あなたは男女平等を主張する資格がない。したがって私はあなたの質問に答える必要はない」

小林さんの言い分は、「そういうあんたはどうなんだ」ということであり、「議論の内容」自体を吟味するのではなく、「議論する資格」を問題にしているのです。

なお、この「門前払い」を相手にやられないためには、普段の生活を律する必要があります。その場のごまかしなどをやめ、首尾一貫した生き方をする必要があります。

そうしなければ、いつかこの「門前払い」の被害者になるかもしれません。

(谷原 誠 : 弁護士)