イーロン・マスク氏が好例の「アニマルスピリッツ」とは(写真:Bloomberg)

新しいことにチャレンジしたいけれどなんとなくためらってしまい、なかなか行動に移せないという方も多いのではないでしょうか。脳科学者の茂木健一郎氏は、意欲的に物事を行うためには、「脳を活性化させて、社会の中でどう動いて、誰と出会って、何を計画し、何を実行するのか」という能力(脳のモビリティー)を高める必要があると話します。

今回は、実業家であるイーロン・マスク氏の経営判断マトリクスを参考にしながら、新しい行動の原動力となる「アニマルスピリッツ」について、茂木氏が解説します。

※本稿は茂木健一郎氏の新著『運動脳の鍛え方』から一部抜粋・再構成したものです。

「アニマルスピリッツ」を持っているか

「私たちの脳はつねに新しい行動や動きを求めている」

これには「アニマルスピリッツ」という概念が深く関係しています。

アニマルスピリッツとは、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズ氏が提唱した言葉で、「血気」「野心的意欲」「動物的な衝動」などと訳されます。

私たちが意欲的に何か新しいチャレンジをするために動くための脳のモビリティーは、このアニマルスピリッツを持っているか、持っていないかで決まるといっても大げさではありません。

例えば、イーロン・マスク氏がその好例です。

現在、彼を知らないビジネスパーソンはいないでしょう。宇宙ロケットを製造開発する「スペース勝廚篥典ぜ動車を開発する「テスラ」を創業した、いわずと知れた世界トップクラスの実業家です。最近ではツイッター(現X)を買収して世間で話題になりましたね。

そんな予測不可能なイーロン・マスク氏は、まさに典型的なアニマルスピリッツの持ち主だといえます。なぜなら、彼はこれまでその野心に忠実に、新しいチャレンジをくり返してきたからです。

イーロン・マスク氏の判断軸

ただし、アニマルスピリッツといっても、イーロン・マスク氏は何か新しいチャレンジをするときに、ただやみくもに動いているわけではありません。彼は「クレバー/フーリッシュ・マトリクス」という、経営判断をする際に用いる判断軸を持っており、それによって「動く/動かない」「やる/やらない」を決めているといわれます。この判断軸による意思決定が、イーロン・マスク氏が大きな成功を収めている要因の1つです。

「クレバー/フーリッシュ・マトリクス」。直訳すれば、クレバーとは賢い、フーリッシュとは愚かという意味です。イーロン・マスク氏が判断軸としているものは、クレバーが挑戦に値すること、フーリッシュが挑戦する価値がないこと、と考えていいでしょう。


※外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

図のマトリクスの4つのゾーンのうち、イーロン・マスク氏が重視するのは,任后B梢佑ら見ると愚かに思えても、自分にすれば賢いと思えるものこそ、事業として成功の確率が高く、優先的に取り組むべき市場としているのが、彼のモビリティーの高さなのです。

「イーロン・マスク氏はいうに及ばず、アニマルスピリッツといわれても、自分は野心なんてそれほど持っていないし……」

そんな人もいるかもしれませんね。

こうした考えに及ぶのは、実は脳の働きが大きく関係しています。

アニマルスピリッツを持っていないと考えてしまうのは、意外なことに脳が正しく働いているためなのです。野心的に動けない人の脳とは、前頭葉が指示通りに機能して、抑制が利いてしまっている状態の脳のことです。

眠っているアニマルスピリッツを呼び起こす

例えば、「なぜ、日本人はすぐに決断し、行動に移せないのか」という議論がたびたびなされていますよね。ですが、この理由も真面目な日本人が決まったルールや周囲の目を気にするところからきているのです。

「こんなことやったら周りにバカにされるかもしれない」

「どうせ出る杭は打たれるのだから、じっとしておくほうがいい」

こうした考えが脳の抑制となり、新しい行動にブレーキをかけているのです。

脳のモビリティーを高めて新しい行動を生み出すためには、自分の中に眠るアニマルスピリッツを呼び起こす必要があります。

では、いったいどうすればアニマルスピリッツを呼び起こすことができるのか。そのための手掛かりが前頭葉の脳の抑制にあるのです。

人間の脳というのは、行動しようとする脳と行動を抑制しようとする脳がせめぎ合っていて、アニマルスピリッツを呼び起こすためには、脳の抑制を外せるかどうかにかかっています。これを「脳の脱抑制」といいます。

新しいチャレンジをしたいけれども、なかなか行動に移せないと悩んでいる人は、決して行動することが苦手なわけではなく、脳の抑制を外すのが苦手なだけなのです。それはある意味当然のことです。なぜなら、脳の抑制の外し方を学校や会社で学んだり、実践していないからです。

そこで、脳科学者として、皆さんのアニマルスピリッツを呼び起こすために、脳の抑制の外し方を伝授いたしましょう。

周りの目を気にしない勇気

とはいうものの、脳の抑制はほとんど無意識下で起こっているのが少々厄介なところです。自分自身も気づかないうちに、脳が勝手に、動かない、やらないという判断をしてしまうからです。


そこで大事なのが、周りを気にせず動く勇気を持つこと。脳の抑制がかかってしまう大抵の場合、周りの声や評価を意識することで、脳が身構えてしまうことが多いといえます。

たとえ、周りから「あいつはバカなことをやっている」と思われようが、おかまいなし! そんな勇気を持って動いてみてください。私はその勇気こそがアニマルスピリッツを呼び起こし、脳のモビリティーを高める原動力になると考えています。

結局のところ、倫理的なことを除けば、正しいとか間違っているというのは、結果が出たときにしかわかりません。すべてのことは勇気を持って動いてみなければわからないのです。たとえ失敗しながらでも、恥をかきながらでも、自分から主体的に行動する勇気を持ってみてください。

ザワザワとした「こうしたい」という要求がわきあがってきたらチャンス。あなたの心の欲求にアニマルスピリッツが目覚めるかもしれません。

(茂木 健一郎 : 脳科学者)