Apple Watch Series 9 45mmアルミニウムケース ミッドナイト。カーボンニュートラルを初めて達成したアップル製品となった(筆者撮影)

アップルは9月22日、最新のスマートウォッチであるApple Watch Series 9、Apple Watch Ultra 2を発売する。

今回の新製品の注目すべきポイントは、新モデルにはグラフィックスと機械学習処理を強化した新チップS9を搭載、そしてバンドの組み合わせによってカーボンニュートラルを達成した初のアップル製品であることだ。

昨年9月に発売されたApple Watch SEは、1ドル148円台という円安の中で、1ドル127円換算と、世界的に割安な設定となっている。

●Apple Watch Series 9(41mmアルミニウムケース・GPS)5万9800円

●Apple Watch Ultra 2(49mmチタニウムケース・セルラー+GPS)12万8800円

●Apple Watch SE(40mmケース・GPS)3万4800円

心臓部の新チップS9でできること

2023年モデルのApple Watchには、新たな心臓部、S9 SiP(System in Package)が搭載された。これにより処理性能と省電力性が向上し、グラフィックス性能を30%高め、これまで2つだった機械学習コアを4つに増加させている。このS9チップへの刷新が、2023年モデルのさまざまな機能向上を担っている。

S9は、A16 Bionicで用いられた5nm+の効率コアCPUに搭載している。微細化が進むことによって、処理性能向上と省電力化のメリットが得られる。スマートウォッチの場合はバッテリーが限られるため、より小さな電力で性能を発揮するよう調整することで、S8より25%電力消費を抑えることに成功している。

引き続き、Apple Watch Series 9のバッテリー持続時間は18時間のままだが、装着して数日過ごしてみると、大きく向上していることに気づかされる。

45mmケースで常時点灯オフにすると、月曜日の朝から火曜日の夜までつけっぱなしでも安心してつけられる。充電が面倒という人や、睡眠計測に生かしたいという人にとっても、より充電やバッテリーを気にするストレスなく使うことができるようになる。

そのメリットを生かし、Apple Watch Series 9では、有機ELディスプレーパネルとバッテリー持続時間をそのままに、これまで1000ニトだった最大輝度を、昨年のUltraと同じ2000ニトに引き上げることに成功した。Ultra 2は、2000ニトを3000ニトに引き上げ、屋外での視認性を大きく向上させた。

情報を高圧縮する「モジュラーUltra」の魅力

Apple Watch Ultra 2と共に新たに登場した文字盤が「モジュラーUltra」だ。Ultra 1でも利用することができる。大きなディスプレーの外周の両サイドを用いてグラフィカルな情報表示を行いつつ、7つのコンプリケーションを配置し、必要な情報や機能を凝縮する文字盤だ。


Apple Watch Ultra 2で新しく利用できる文字盤「モジュラーUltra」(筆者撮影)

あらかじめ3つのテーマが用意されており、ランニングやバイクなどにすぐにアクセスできる「エンデュランス」(持久力)、高度やコンパスなどの表示が便利な「アドベンチャー」、そしてマリンスポーツ向けの「オーシャン」が用意される。これはApple Watch Ultraとともに用意されたバンドのテーマとも合致する。

例えばコンプリケーションの数を減らして文字盤の数字を大きくしたり、数字のフォントを変えたり、カスタマイズ性も高いため、Ultraユーザーは好みの文字盤作りもとても楽しめそうだ。

Apple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2には、新しい操作方法「ダブルタップ」が加わった。親指と人差し指を素早く2回つまむ動作をすることで、画面に触れることなく、片手で通知や通話などの操作に応答することができる機能だ。


S9を搭載するSeries 9とUltra 2で利用できる指先の動作による操作方法「ダブルタップ」は魔法のようだ(筆者撮影)

傘を差しているとき、料理をしているときなど、片手が塞がっている状態でApple Watchに電話がかかってきた際、応答するまでにあたふたした経験はないだろうか。筆者はそうしたとき、鼻先や唇などで画面のボタンに触れるという不恰好をさらしていたのだが、これからはもう少しスマートなジェスチャーで対応できるようになる。

S9チップの省電力性と、4コアに増えたニューラルエンジンによる機械学習処理の高速化、そしてwatchOS 10のモーションセンサー・オプティカルセンサーからの情報をより高い精度でのピックアップによって、実現している機能だ。2本の指をつまむという動きをモーションセンサーと血流を見るオプティカルセンサーで検出する。

通常の文字盤が表示されているときにダブルタップをすると、Digital Crownを下から上に回転させて表示するスマートスタックを呼び出す。最新のスケジュールや天気、エクササイズの情報などがまとめられている領域で、さらにダブルタップすることでスクロール可能だ。

それ以外にも、電話がかかってきたときの応答・終話、タイマーのポーズ・再開・終了、ストップウォッチのストップ・再開、アラームのスヌーズ、音楽やポッドキャストの再生・一時停止、フラッシュライトのモード変更、通知のボタン操作に利用できる。

また今後開発者向けにもAPIを用意し、「プライマリアクション」(その場で最も優先される操作、あるいは画面で一番大きなボタンの役割)を、ダブルタップでできるようにするというが、まずはシンプルなところから、操作に慣れてもらおうとしている。なおダブルタップは、10月に配信予定のwatchOS 10.1で対応する予定とのことだ。

サーバー介さない、素早いSiriと音声入力

また、筆者が毎日のように活用しているのが、Apple Watch上での音声入力だ。S9で機械学習コアが倍増したこと、watchOS 10の音声認識に新たなTransformerモデルが採用されたことで、通信環境がなくても、素早くSiriへのリクエストの認識や音声による文字入力が可能になる。


音声入力やSiriへの命令をWatch内で処理できるようになり、通信状況を問わず、早口でもバリバリ音声認識する(筆者撮影)

Apple WatchのSiriへのリクエストは、ワークアウトの開始やタイマーの開始といった、時計だけで完結する機能を呼び出したいときでも、これまでは音声認識の理解をサーバーを介して行ってきた。通信状況が悪い場合はエラーとなってしまうし、そうでなくてもリクエストに対して時間がかかってしまい、それがストレスとなっていた。

同じフレーズを何度も何度も繰り返して、やっとメッセージが伝わると言う場面が、特に通勤時間帯の駅等では発生していた。荷物を持っていて手が離せないのに、スマートフォンで文字入力をすることが難しい環境でのメッセージの返信に音声入力は不可欠だからだ。

Apple Watch Series 9やUltra 2での 音声入力は、ローカルで処理されるMacと同様に、素早く文字が認識され、しかも正確に文脈を読み取って修正の必要がないレベルで音声入力が実現する。時計の中で処理できる操作をSiriにお願いするときも、ネットワークに関係なく実行することができ、こちらも非常に素早くなった。

普段から音声入力を使っていた筆者にとっては、非常に重要な機能進化だと評価することができる。※この段落は、メッセージアプリにApple Watchから音声入力で入力を行い、貼り付けた。

Apple Watchの「役割」

Apple Watchは、現在アップルの直営店で最も販売件数の多い製品とも言われているほど、日本ではiPhoneユーザーへの浸透が進んでいる。通勤電車で、大学で、幼稚園の先生、そして飲食店の店員さんと、かなり多く見かけるようになった。手元で素早く情報を確認したり、Suicaやクレジットカードなどの非接触決済を手首で済ませるなど、その活用範囲が広がっている。

引き続き、iPhoneとペアリングして使う前提が崩れていないことから、iPhoneプラットフォームに繋ぎ止める役割として、Apple Watchが顧客のロイヤリティと、LTV(ライフ・タイム・バリュー、顧客1人が生涯にそのブランドに費やす金銭的価値)の向上に役立っている。

そんな、今最も注目度の高いApple Watchが、アップル初の快挙を達成した。カーボンニュートラルである。アップルはこれまで、自社のオフィスの操業や直営店の運営について、再生可能エネルギ−100%を実現し、カーボンニュートラルを達成してきた。そして2030年までに、サプライヤーを含むアップル全体をカーボンニュートラルに転換するとしている。

そうした取り組みの中で、2023年9月に発売するApple Watchから、100%カーボンニュートラルを実現することになった。今回の新モデル、Apple Watch Series 9(アルミニウムモデル)とApple Watch Ultra 2だけでなく、2022年に発売された既存の製品であるApple Watch SEについても、今年リニューアルされたバンド「スポーツループ」と組み合わせることで、カーボンニュートラルの実現となった。

カーボンニュートラル化の立役者は日本企業

スポーツループなどのナイロン系バンドは、日本の福井県にある井上リボン工業で製造されており、2022年12月にアップルのティム・クックCEOも視察に訪れていた。同社は1948年に創業し、細幅織物の技術で定評のある企業だ。


福井県の井上リボン工業で作られるApple Watch向けバンド。2022年12月にティム・クックCEOが視察した(写真:Apple)

スポーツアパレルなどを中心に織物を提供してきたが、2016年からは、Apple Watch向けにウーブンナイロンバンドの供給を開始した。実に4年間もの準備期間と、アップルとの技術的なイノベーションを経て、織物の常識を超え、季節にとらわれず高い精度のバンド製造を実現させた。


新しいカラーリングとなったトレイルループバンドも、カーボンニュートラルを達成しているバンドだ(筆者撮影)

2023年モデルのApple Watch Ultraにも、トレイルループとアルパインループの新色を提供している。前者は一体成形で伸びにくい織物、後者は伸縮性のある織物と、異なる特性も見事に作り分け、かつデザイン性も高く、Apple Watchの楽しみを広げているのだ。

こうした企業も、100%再生可能エネルギーでの操業を実施し、また調達する材料の環境を負荷を下げ、Apple Watchのカーボンニュートラル化に貢献している。ちなみに、スポーツループには、廃棄された漁業用の網を含む82%のリサイクル材料が使われている。

アップルは、アクセサリーからレザーを撤廃する決定を2023年9月のイベントで明らかにした。

これまでラインナップされてきたレザーのiPhoneケースやApple Watchバンドは姿を消し、代わりにFineWovenという、68%の廃棄されたポリエステルを含むナイロンで織られた生地が用いられている。レザーに比べて大幅な環境負荷低減を実現している。

質感は必ずしもレザーを代替するものではなく、布系の手触りだが、織りの方向を変えることで、起毛しているような表現や、逆にビシッと仕立てられたスーツのような光沢を返す表情を見せる。

エルメスブランドのApple Watchも引き続き販売されるが、アップル経由での販売は布やラバー系の素材のバンドに限られ、レザーのバンドはエルメス直営店で販売が継続される。アップルの規模でレザーを扱う場合、環境負荷を下げることが難しいという。一方エルメスは、環境に配慮しながら少量生産を行っているとのことだ。


Nikeスポーツバンドは、細かいチップを生かし、リサイクル材を使っていることをアピールしている(筆者撮影)

エルメス同様コラボレーションが続くナイキからは、リサイクルエラストマーを32%含むスポーツバンドや、68%の廃棄されたナイロンを用いたスポーツループが登場している。廃材を使っていることのアピールを、デザインとして紹介しており、こちらも人気の商品となりそうだ。

必需品として押し上げられるか?

Apple Watchの新モデルには、第2世代超広帯域チップ(UWB)が搭載され、Apple WatchからiPhoneの位置を正確に見つけ出す機能が実装された、とアナウンスされている。しかし日本では、無線通信の問題でこの機能は実装されず、ハードウェア自体が異なるため、将来的にも使えるようにはならない見込みだ。

そのほか、引き続きSOS通報機能、転倒検出、車の事故の検出、頻脈、徐脈の検出など、命を守る機能が搭載され、日々の生活を支える機能は引き続き充実する。

アップルは2015年にApple Watchを「最も身近なアップル製品」として登場させ、わずか3年で、それまで長らく腕時計の世界売り上げトップだったロレックスを抜き去り、売上高世界一の腕時計ブランドとなった。それは、人々が腕時計に対して抱いていた「時間を知る道具」というイメージを壊し、それ以外の目的で時計を腕に着ける「行動変容」を起こしたからだ。

スポーツの計測、健康を守る機能、サバイバルのための道具、そしてAIを身につける道具と、少しずつApple Watchに対する目的を変化させている点も、アップルがApple Watchを陳腐化させないための取り組みに躍起になっている表れと言える。

そして環境については100%カーボンニュートラル化を実現し、大きく前進した。Z世代の8割が環境に配慮した購買を行うとされている中で、Apple Watch自身も、時代や世代と対話しながらきちんと変化をしている。

(松村 太郎 : ジャーナリスト)