9月7日の会見で取引先の企業などへの対応は「これから」と述べていたが……(撮影:風間仁一郎)

「まずは僕らが記者会見をして今の状況を説明しないと、皆さんも判断できないと思うんですね。なので今回こういう記者会見を開かせてもらって説明させてもらっています。それで皆さんに判断してもらおうと思っています」

ジャニーズ事務所が元社長・ジャニー喜多川氏(故人)による性加害を認めた9月7日の記者会見。所属タレントのCM起用などで取引関係にある企業への対応を尋ねた記者に、新社長の東山紀之氏は言葉を選びながら答えた。

だが、その「判断」が今のような事態に発展するとは思いもしなかっただろう。飲料大手のアサヒグループホールディングスとキリンホールディングス、日本航空などの企業が続々とジャニーズタレントの広告起用見直しを決めた。

アサヒとキリン、「判断」のプロセス

東山氏は、個別企業への対応について「これからです」と述べていた。だが、その会見中に東京海上日動火災保険が広告契約を更新しない方針を決めたとの報道が流れたくらい、企業による爛献礇法璽裟擇雖瓩糧獣任倭瓩った。企業の中では、どのような検討が行われたのだろうか。

アサヒがジャニーズ事務所への働きかけを開始したのは8月8日。国連人権理事会の「ビジネスと人権作業部会」の専門家が訪日調査について会見した4日後だった。事務所側に「アサヒグループの意思と要望を伝えるとともに、事実確認や問い合わせ」(同社)を行った。

そして、8月29日に公表された再発防止特別チームの調査報告、その後のジャニーズ事務所の会見内容を社内で精査。「事務所による明確な被害者救済と抜本的な組織運営の是正が認められない」(同社)として、取引継続は自社の人権方針に反すると判断した。

現行の契約満了をもってジャニーズタレントの起用を行わないことを決め、アサヒグループの考えと要望を事務所に伝えた。

同じ飲料大手のキリンはどうだったのか。同社は6月下旬から広告代理店を通じ、ジャニーズ事務所に対して被害者の救済と再発防止策を促してきた。

現契約の満了後に新規の契約を行わないと決めたのは9月8日。事務所の会見内容は、「具体策やスピード、当面のガバナンス体制では社会からの受け止められ方は十分とは言えない」(同社)と評価した。


判断に至るまでの情報開示が不十分

イギリスのBBCが3月にドキュメンタリー番組を放映し、4月にカウアン・オカモト氏が性被害を受けたことを告白。その後も証言する被害者が続々と現れた。そのことを考えると、もっと早く働きかけを行えなかったのかとの批判は免れない。

また、両社に共通するのが、社内外に広く自社がジャニーズ事務所に対してどのような対応を行っているのか、何を求めているのかなどを公表してこなかったことにある。ホームページなどにもまったく記載がない。

「各社はジャニーズ事務所に対する一連の要求事項を開示すべきだった。企業が求める水準を明らかにすることが重要だ」

そう指摘するのは、企業のサステナビリティ戦略などを支援するLRQAサステナビリティ代表で主席コンサルタントの冨田秀実氏。ソニーのCSR部門を率いた経験を持つ。社内外に自社の姿勢を示すことがジャニーズ事務所へのプレッシャーになると同時に、自社がしっかりと問題に取り組んでいるのだと示すことにもなるわけだ。

企業がどう人権対応を進めるべきかについては、国連が2011年に策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」が基本となっている。この指導原則をベースに日本政府も「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定している。

取引先で起きた人権侵害であっても、取引関係を利用して積極的に関与し、問題の是正に貢献するよう求めている。重要なのが、取引関係の解消は「最後の手段」として慎重に行うべきとしている点だ。取引停止で監視の目が届きにくくなるなどし、状況が逆に悪化する可能性があるからだ。

キリンは「契約満了をもって終了」であり、「取引を停止したわけではありません」と説明する。ただ、アサヒやキリンが個社で定めている人権方針には、人権侵害が発覚すれば取引停止や契約を更新しない措置を取るといった記載はない。

自社の掲げる人権方針とどう折り合いをつけて、今回の判断を下したのか。経営陣は消費者や投資家を含むステークホルダーに対し説明することが必要だろう。

そうでなければ、自社の人権方針は形骸化しており、風見鶏のような対応に終始しているとの批判を免れないのではないだろうか。どのような根拠に基づいて判断したのか正確な説明が重要だ。

メディアが果たすべき取り組み

今回のジャニーズ問題の波紋は大きく広がりつつある。ほかの芸能事務所では同様の問題が起きていないのか、が次の論点になるからだ。「枕営業」などの言葉に象徴されるように、元々、芸能界自体が性加害問題の起こりやすい業界構造にあるといわれている。

「ほかの芸能事務所でそういったことが起きていないかを精査しなければ、人権方針に則った対応とはならないのではないか」(冨田氏)。「ジャニーズさえ切ればよい」と短絡的に考えているのだとすれば、むしろ人権意識が希薄だと批判されても仕方ないだろう。

そして、こうした批判はテレビをはじめとするメディア企業にも向けられている。再発防止特別チームは、長年にわたって問題を放置し被害を拡大させた責任の一端はメディアにあると指摘しているからだ。


「外部専門家による再発防止特別チーム」の調査報告書は、大半のメディアが沈黙し批判しなかったことから、ジャニーズ事務所は隠蔽体質を強めたと指摘している(編集部撮影)

「テレビ各局は自身の責任を果たすという観点が足りないのではないか。自ら第三者委員会を設置して事実究明を行ったり、再発防止のためにタレントが被害を通報できる窓口をテレビ局に設置したりする必要がある」

「ビジネスと人権」に詳しい蔵元左近弁護士はそう指摘する。人権デューデリジェンス(自社の活動が人権に負の影響を与えていないか、リスクを特定して対応する取り組みのこと)も当然求められる。

テレビ東京ホールディングスは9月14日にジャニーズ事務所に対し、経営改革や被害者への補償を早期に行うよう申し入れを行った。具体的な成果が得られるまで、ジャニーズタレントの番組への新規出演依頼も慎重に判断する方針だ。

テレビ局の中でジャニーズ事務所に対する働きかけを行ったことを、誰でもみられるHPで明らかにした点は評価できる。しかし、自社の取り組みについてはまるで聞こえてこない。ジャニーズタレントを番組に起用するか否かに議論が終始してしまうと、問題の矮小化にもつながる。

企業が掲げる「人権尊重」は、看板倒れにすぎないのではないか。そのような批判を払拭するためにも、ジャニーズ問題を契機に自社の人権対応を顧みるべきだろう。

(大塚 隆史 : 東洋経済 記者)