各地で相次ぐ運転士不足… 減便を発表した「福井鉄道」の特殊な事情

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年以降、日本全国の鉄道事業者は利用者減に苦しんだ。今年のゴールデンウィークや夏休みは行動制限がなく、各地の行楽地や繁華街には人出が戻ってきている。
それに伴って鉄道需要も回復基調にあるが、長崎県の長崎電気軌道や高知県のとさでん交通、そして福井県の福井鉄道といった地方都市の鉄道事業者が相次いで減便を発表した。インバウンドも順調に増えている中、こうした鉄道会社では、何が起きているのか?
「このほど減便することを発表したのは、運転士が不足していることが理由です。福井鉄道では正常通りのダイヤで運行するには、運転士が28名いなければなりません。ところが、現在は21名で7名も不足しています。昨年度末から運転士が不足している状態で、これまでは運転士の資格を有する別部署の社員に応援を頼んでいました。しかし、それも限界に達し、やむなく減便することを決めたのです」と説明するのは、福井鉄道鉄道事業本部の担当者だ。

福井鉄道と同様に、長崎電気軌道やとさでん交通も運転士不足という問題に直面し、減便という苦渋の決断を下した。
賃金問題
運転士不足は鉄道だけに限った話ではなく、バスでも同様の現象が起きている。バス業界は以前からドライバーの劣悪な労働環境が問題視されており、それを改善する必要に迫られていた。
2024年からは、ドライバーの時間外労働時間の規制が強化。これは業界内で2024年問題と呼ばれ、このままでは多くのバス事業者がドライバー不足に陥る。バス事業者の多くは2024年を見据えて、今夏からドライバーの確保に躍起になっていた。
しかし、いくらバス事業者がドライバーの確保に力を入れても、簡単にドライバーは集まらない。なぜなら、バスの運転手は時間外労働といった問題だけではなく、低賃金という問題も抱えているからだ。
そうした事情は鉄道事業者も同様で、運転士は神経をすり減らす過酷な業務にもかかわらず驚くほど賃金が低い。そうした背景もあり、鉄道事業者が運転士不足に陥るのは時間の問題と囁かれてきた。そして、それが現実のものになっている。
「運転士の賃金が低いことは鉄道業界全体で問題視されており、弊社は運転士確保の観点から賃金を含め処遇改善に取り組んでいます。それでも、すぐに運転士を確保できるわけではありません。運転士不足から減便することを決めましたが、通常のダイヤに戻す予定は現時点ではメドが立っていません」(同)
自動運転、なにが変わる?
JR東日本や東武鉄道といった大手の鉄道事業者は、運転士不足になる将来を見越して自動運転の実証実験に取り組んでいる。自動運転と聞くと、東京で運行されているゆりかもめや神戸で運行されているポートライナーのような運転席に誰もいない新交通システムをイメージするかもしれない。
しかし、JR東日本をはじめ大手鉄道会社の多くが目指している自動運転は、完全な無人運転ではない。係員が乗務し、トラブル発生時に緊急停止の操作や乗客の避難誘導をする役目を負う。
ゆりかもめやポートライナーのように完全な無人運転が難しいのは、JRや東武は踏切があるからだ。踏切は、鉄道において事故が多発する場所なので、交通量の多い踏切は立体交差化が推進されてきた。また、ホームドアの設置も無人運転には欠かせない。これらの条件が整わなければ無人運転へと切り替えることはできない。
鉄道に詳しくないと、完全な無人運転ではなく運転席に人が座っている状態なら、これまでと変わらないのでは? と思ってしまうだろう。
しかし、鉄道を運転するには免許が必要になる。自動運転の場合、乗務する係員に運転免許は必要ない。係員は訓練や研修を受ける必要はあるだろうが、免許不要なので育成は短期間で済む。そのため、自動運転は運転士不足の解消の一助になる。そうした期待から、大手の鉄道会社は自動運転の実現を目指している。
「実は、その免許の種類によって運転できる列車が異なるという事情が福井鉄道の運転士不足の一因にもなっているんです」(同)という。どういうことか?
「福井鉄道は総延長が約21.5キロメートルの福武線という一路線だけを運行している鉄道会社ですが、その福武線は田原町駅―赤十字前駅間とヒゲ線と通称される福井城址大名町駅―福井駅間は軌道法が適用される路面電車区間です。しかし、残りの赤十字前駅―たけふ新駅間は鉄道事業法が適用される鉄道区間になっています。路面電車区間を運転するには乙種電気車運転免許が、鉄道区間を運転するには甲種電気車運転免許が必要です。つまり、2つの免許がなければ福井鉄道の運転士にはなれないのです。福井鉄道で運転士不足が起きているのは、こうした特殊な事情もあります」(同)
コロナで思わぬ進行も
このまま運転士不足が続けば、さらなる減便という話も出てくるだろう。また、福井鉄道だけではなく、全国の鉄道会社が相次いで減便する事態も考えられる。ところが、国や地方自治体、そして鉄道会社も運転士不足を解消する打開策を持ち合わせていない。
運転士は一朝一夕には養成できない。一人前の運転士を養成するのには、費用も歳月も必要になる。本来なら、あらかじめ運転士が不足することを予測して職員を採用し、年月をかけて育成していかなければならない。
今、起きている運転士不足は鉄道事業者の見通しが甘かったと言わざるを得ないが、コロナ禍で経営的に余裕がなくなっていたことや鉄道事業者が考えていた以上のスピードで運転士不足が進行してしまったという理由もある。
早晩、運転士不足は全国へと波及することは間違いない。コロナ禍がようやく収まり、ようやく光が射してきた鉄道業界だが、運転士不足という次なる難題が早くも立ちはだかる。鉄道業界は、この難局を乗り越えることができるのか?
小川裕夫/フリーランスライター
デイリー新潮編集部