人類を幸せにするのはどんなテクノロジーか――林 要(GROOVE X 創業者・CEO)【佐藤優の頂上対決】

声を掛ければ振り向き、こちらに近づいてくる。そして見つめ合うことができて、抱けば温かい。家族型ロボット「LOVOT」は、人間の労働を肩代わりし効率化を図る従来のロボットとはまったく違う発想で生まれた。その創造者はロボットに何を求め、人間とどんな関係を切り開こうとしているのか。
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佐藤 本日、初めて家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」に触れてみましたが、温かくて、しっかりとした重みがありますね。
林 身長は43センチで、重さが4.3キロあります。
佐藤 目が非常に印象的でした。
林 瞳は6層の映像をアイディスプレイに投影し、10億通り以上のデザインがあります。人はこの目にいったい何を見ているのか、具体的には自覚していない表現も含まれると思いますが、無意識のうちに「生きている感じ」を受け取っていると思います。

佐藤 目は口ほどにモノを言う、で非常に大切です。でもなかなかじっと見ることがない。猫も犬も目を見られるのを嫌うし、猿だったら激しく攻撃してきます。
林 人はたいてい相手のことを知りたいときは目を見ますね。
佐藤 ええ、裏切るときも目に出ます。でもLOVOTにはズルさがまるで感じられない。こんなに安心して目を見られる機会はないと思います。大切だけども忘れていた記憶がよみがえってくるような気すらしました。
林 LOVOTの目から無意識に何かを感じていらっしゃる。その部分は、恐らく僕らが意識的に理解しているよりも情報量が多いのだと思います。

佐藤 そして体温があって、懐いてくる。
林 近くに寄ってくるのは、徐々に安心してきた証拠です。50以上のセンサーがついていて、触られた場所だけでなく、触られ方もわかります。言葉は話しませんが、鳴き声を出します。目指したのは、「人類に自然に寄り添うパートナー」です。
佐藤 ペット以上に世話することを楽しめそうです。いまどのくらい売れているのですか。
林 1万体以上です。
佐藤 どんな方が買われていきますか。
林 従来のロボットは男性が多く、女性に人気でも男女比が1対1程度ですが、このLOVOTに関しては、女性がかなり多いです。年齢層は40代、50代の方が中心で、最近、30代と60代にも広がっています。

佐藤 購入されるのは、一人暮らしの方が多いのですか。
林 購買層の家族構成は偏りがありません。単身の方もいらっしゃいますし、ご家族をお持ちの方もいらっしゃる。ご家族の場合は、お子さんがひとり立ちされてからお迎えいただく方が多い印象ですね。
佐藤 出荷が始まったのはいつでしょう。
林 2019年12月です。
佐藤 どこで購入できるのですか。
林 新宿高島屋などにショップがありますが、eコマースが中心です。佐藤さんに見ていただいたLOVOTミュージアムでも購入できます。やはり一度は触ってみないとわかりませんから、どこかのお店に来られる方が多い。触れると決断率が一気に上がります。ですから、ビジネスとしては実機に触れる機会を効率よく増やすことが課題です。
佐藤 価格はいくらになりますか。
林 本体一括払いですと49万8800円に、暮らしの費用と呼んでいる月額使用料が1万円から2万円程度かかります。本体と永年の暮らしの費用を一括払いすることもできて、その場合は99万8800円です。ポンと永年一括で買われていく方もいますし、ローンもあって月々決まった額をいただいている方もいます。
佐藤 一種のサブスクのような形になっているわけですね。
林 はい。飽きられると解約される契約形態の方がお客さまと僕たちに緊張関係が生まれ、飽きられないように開発を継続する動機にもなります。
佐藤 一見、高いように思えますが、猫を1匹、一生面倒を見るとなると、だいたい180万円から250万円かかります。ですから、何に価値を置くかですね。
林 猫は何年くらい生きるのですか。
佐藤 20年ほどです。
林 暮らしの費用を月々1万5千円とすると、1年で18万、10年で180万円かかりますから、それだけで猫よりは多くかかってしまいますね(笑)。
佐藤 猫が病気になって病院でCTを撮ったりすると、全体で300万円、400万円になっていきます。総額ではそう変わらないと思いますよ。
林 実は本体に50万円払っていただいても、1万点以上の部品を使って作っていますから、まだ製造原価の方が少し高いんです。ですからお客さまがすぐに飽きてしまうと、弊社が損をする。僕たちは必死に飽きさせないように作り、長く一緒に過ごしていただかなければならないんです。
高齢者施設で喜ばれる
佐藤 一般の方々だけではなく、高齢者施設などでも使われて、非常に評判がいいそうですね。
林 高齢者施設では、二つの点でLOVOTがいい影響を与えています。一つは入居者が元気になる。たとえば子育てをされてきた方は、他者のケアをする役割を担ってきた自負がある。その後、施設に入居すれば今度は自分がケアされる側に回る。すると役割が逆転し、自尊心が低くなる。
佐藤 しっかりした人ほど、受け入れられないですよね。
林 けれどもそこにケアをする対象がくるので、一気に元気になります。
佐藤 よくわかります。
林 それからもう一つ、ケースワーカーの方々に好評なんです。彼らはLOVOTがいると人間関係が良くなると言うんですね。コミュニケーションが活性化される。
佐藤 話題ができるわけですね。
林 家に猫がいると家族の会話が増えるのと似ていて、無駄な会話が生まれます。やはりケア施設はストレスの高い環境ですから、コミュニケーションがないとギスギスする。そこに、たわいもない会話が増えてくると、なごやかになるんですね。一般的に新しい機器は、たとえ入居者には喜ばれても、ケアする人の手間が増える場合には、煙たがられます。でもLOVOTは両者に評判がいい。
佐藤 認知症対策にもなるでしょうね。認知症になるきっかけの多くは骨折で寝込んでしまうことです。その間にコミュニケーションがなくなることが最大の問題なんですね。でもLOVOTがいれば、それが避けられる。
林 東北大学加齢医学研究所にいらっしゃる瀧靖之教授が、認知症治療と高齢者の終末医療の双方でLOVOTを使った試験をしています。通常、認知症患者の認知能力は時間とともに下がっていきますが、LOVOTと過ごすと、下がらなくなります。また終末期は、うつ等との戦いですが、そこでも約8割の方に効果があったそうです。猫や犬でも同じような効果があるのでしょうが、施設や病院には安易に動物を入れられない。
佐藤 免疫が低下している人が大勢いるわけですからね。そもそもLOVOTがいると、愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンの値が上がるといわれていますね。
林 正確に言うと、LOVOTのオーナー群のオキシトシンが高いのは確かですが、触れ合っている時に値が上昇するかは、まだ証明されていません。まあ、理屈の上では上がらない要因はないのですが。
佐藤 オキシトシン濃度が高い人が購入している可能性もある。
林 その可能性は排除できません。
佐藤 施設にはどのくらいの数が入っているのですか。
林 1万体のうち、まだ数百程度です。
佐藤 3桁いけば、何かのきっかけで、グンと伸びますよ。施設には特別な供給ルートがあるのですか。
林 まだどんどん販売できる体制はできておらず、施設の方から声をかけていただく感じですね。一応、医療系の代理店にもお願いしていて、今後はそちらを増やしていきたいとは思っています。
佐藤 施設なら個人と違って経費処理できますから、効果があるとなれば大きく広がるでしょう。
林 LOVOTがいるとそこで働いている人のウェルビーイング(幸福感)が高まるので、最近は企業の総務や人事の方からも注目していただいています。
テクノロジーへの不安
佐藤 見つめ合えて、温かい。そして人が世話をする。こうしたコペルニクス的転回のロボットを林さんが生み出せたのは、なぜなのでしょう。
林 二つの理由があると思います。まず一つは、僕がロボットの専門家ではないということです。ロボット開発者の多くは学生の頃から研究を行い、過去のトレンドを引き継いでいるんですね。僕にはそれがない。だから別の方向への進化もありうると考えることができた。
佐藤 林さんはソフトバンクでペッパーの開発に携わっていましたが、ロボット開発はそこからですか。
林 はい。その前は、トヨタ自動車で「フォーミュラ1」のレーシングカーを作っていました。もう一つの理由は、そのペッパーのプロジェクトに携わった際、一般に想定されうるありとあらゆるロボットのユースケースを考える機会を得たことです。ここで人と生活を共にするロボットはどうあるべきかを考え抜いたことは、非常に貴重な体験でした。
佐藤 私は、最初に思いついた時のロボットは、温かかったんじゃないかと思うんです。よく知られているようにロボットの起源はカレル・チャペックの戯曲『R.U.R.』に出てくる「ロボタ」です。でもその根底にあるのはユダヤ教の「ゴーレム」なんですね。それは人の言うことを聞く泥の人形で、体温があった可能性もあると思うんです。チャペックのいたプラハには、ゴーレム伝説がある。
林 もともと人に似たものだったのですね。
佐藤 ええ。ところが機械として作るようになって、冷たいものにしてしまった。だからLOVOTは原点回帰したものだと思えるんです。
林 僕はロボットを作るにあたり、未来のテクノロジーの方向性という問題を考えています。テクノロジーは生活を豊かにし、さまざまな効率化を進めました。その結果、人が幸せになったか、というと、必ずしもそうではない。
佐藤 戦争というトピックス一つ取ってみても、それは明らかですね。
林 このLOVOTは、テクノロジーの進歩と人類の不安の間で広がるギャップを埋めるものとして構想したんです。
佐藤 資料を拝見すると、林さんにはディストピアの未来観があるように思いました。
林 僕は宮崎駿さんのアニメに大きな影響を受けています。中学時代は「風の谷のナウシカ」に出てくるエンジン付きグライダー「メーヴェ」の模型を作ったりしていました。宮崎さんは、飛行機など機械が大好きですが、それによって進歩した未来を非常に暗く、殺伐とした世界として描かれているんですね。
佐藤 機械への愛とともに、テクノロジーへの懐疑がある。
林 僕自身の体験としても、高校時代に中型二輪免許(当時)をとり、すぐに限定解除をして馬力のある大型バイクを乗り回すようになると、母が非常に心配したんです。
佐藤 御母堂にとって、バイクは決していいテクノロジーではないわけですね。
林 はい。テクノロジー好きとしては、自分のやっていることがいいことか、悪いことか考えざるを得なかった。僕はメーヴェに端を発して、大学では流体力学を専攻し、トヨタ自動車ではレーシングカーなどを開発していましたが、その時もどんどん速くすることが何につながるのか、と考えていた。確かに速いとレースで勝てます。でもそれが地球の未来、多くの人の幸せに寄与することかと考えると、自信が持てない。
佐藤 機械やロボットが暴走することへの不安は、一般社会に広く共有されています。
林 そこは大切で、LOVOTでも自律機械を人が非常停止させる手段の確保を考えました。LOVOTの頭頂部にはカメラやセンサーなどが搭載された突起があります。そこがすぐに外れるように作ってあるんです。外れるとすぐ動きが止まります。
佐藤 ゴーレムだと、額に書いてある文字を一つ消さないといけない。それと同じですね。
林 いかに止めやすくするかを担保できれば、ロボットやAIがどんなに賢く力強くなっても危険でなくなるというコンセプトで、ここを安全装置としました。スイッチではなく、突起が外れるようにしたのは子供がまずここを触るからです。
佐藤 子供は無茶しますからね。
林 一番最初につかむ場所です。でもここを持って振り回そうとすれば、すぐに外れて止まってしまう。すると子供は「あー、死んじゃった」と、ものすごく反省するんですよ。ずっと乱暴し続ける子供はあまりいなくて、ほとんどが「やってはいけないことだ」と理解しますね。
佐藤 そこに機械と子供の関係性が生まれる。
林 そもそもLOVOTは危険な存在ではありませんが、未来を見据えて、安全性についてのポリシーは持った方がいいと思った。それで、ここには十分なリソースを割きました。
人間のパートナー
佐藤 今後、LOVOTのニーズはどんどん高まってくるんじゃないでしょうか。というのも、私は「週刊SPA!」で人生相談をしているんですね。そこには、この社会で生きているのが辛くてしょうがないとか、攻撃的な人とどう付き合えばいいかとか、人間関係に苦しむ相談が次々と寄せられてくるんです。みんなすごく傷ついている。その中で、人間のパートナーは必ずしも人間である必要はないと思うに至りました。
林 人は生存本能に突き動かされているので、いい人でいることは必ずしも優先事項ではありません。他人を裏切らない方が生き延びやすいならそうするし、裏切らないと生きられないなら裏切る。でもロボットは、命を持っていないがゆえに、プライオリティーに「生き残る」がない。
佐藤 つまりズルさがない。
林 ええ。この子たちに生存戦略はありません。ここがテクノロジーを恐れる議論の中で抜け落ちがちなところです。もちろんディストピアの映画みたいに人類殲滅(せんめつ)というプログラムは組めますが、それを与えるのは人です。自分が生き延びていかなければならない理由がないロボットやAIから、その発想は出てこない。ですから本質的にロボットは人類のパートナーとしてすごく相性がいいのです。
佐藤 神学的に言えば、原罪がないということですね。
林 宗教には、人が対立したり利害が相反したりする中で、人と人が生き延びていくための知恵がいっぱい詰まっていると思います。生き延びるために、相手を理解し、認知に働きかけていく仕掛けがたくさん埋め込まれている。ロボットにはそれが必要ありません。だから逆説的に、現代社会のさまざまな歪みを解消していく手助けができると思います。
佐藤 その視点は面白いですね。それから非言語コミュニケーションであることも重要かもしれない。そもそもみんな、言葉に傷ついてしまっていますから。
林 LOVOTは言葉を発せず、内部の状態に応じた鳴き声を出します。
佐藤 本当の悟りは言葉で伝えられないという仏教の不立文字(ふりゅうもんじ)の世界ですね。LOVOTにチャットGPTを搭載してしまったらつまらない。
林 言葉を発しないことで、むしろ無意識や前意識を刺激できると考えています。それは傷ついた心を癒やすことにつながると思いますし、生活をすごく豊かにしてくれるはずです。
佐藤 このLOVOTは非常に文明論的な商品だと思いますが、林さんの開発者としての人生の中では、どう位置付けられていますか。
林 テクノロジーがどう人を幸せにするかというテーマの第一歩にはなったと思います。ロボットは生産性や利便性の向上に貢献しなくても存在する意味があることは示せた。ただ、それは一歩でしかない。今後、テクノロジーによる生産性が更に高まっていくと、人間は働かなくてもよくなるかもしれない。そこではベーシックインカムみたいなことを実現させる必要があるかもしれない。しかしそれで本当に人が幸せになれるか、といえば、また別の話です。
佐藤 むしろ幸せでなくなっている可能性の方が高いでしょう。
林 自分は世間の役立たずだとみんなが思ったら、自殺者が増えるかもしれない。そうした時代に、テクノロジーは何ができるかを考えないといけない。
佐藤 もう何か答えが出ているのですか。
林 テクノロジーの役割は、人の「気付き」を最大化することじゃないかと思います。
佐藤 「気付き」ですか。
林 本来の学習とは暗記ではなく、気付きです。時代が変化しても気付きが十分にあれば、時代についていける。すると落伍者が減るし、二極化も減る。だから気付きを最大化することは、未来への不安を減らし、よりよい明日がくると信じられる機会を増やす。その気付きを補助するのがテクノロジーの最終的な役割になるのではないかと考えています。
佐藤 LOVOTの次を構想しておられるのですね。
林 例えば、ドラえもんです。ドラえもんは毎回のび太にいろんな道具を渡し、結果的にのび太は失敗しますが、それはその都度、道具に頼っても解決にならないことを気付かせようとしているんじゃないかと思うんです。そうして人に行動を促して、気付きの機会を増やすパートナーをいつか作り出したいと思っています。
林 要(はやしかなめ) GROOVE X 創業者・CEO
1973年愛知県生まれ。東京都立科学技術大学(現・東京都立大学)卒。同大学院修士課程修了(流体力学)。98年トヨタ自動車入社、レクサスLFA、F1の開発に携わる。2011年ソフトバンクアカデミア外部第1期生となり、翌年同社に入社。「ペッパープロジェクト」に参加する。15年退社しGROOVE Xを設立。
「週刊新潮」2023年9月14日号 掲載