セブン銀はATMを通じたプラットフォームビジネスを志向する(撮影:梅谷秀司)

コンビニ店舗を中心に全国2万7000台のATMを運営するセブン銀行が、「入出金」からの脱皮を急いでいる。9月下旬から始まる、銀行などの個人情報変更手続きや本人確認を、実店舗やスマホではなくATM上で行うサービスだ。キャッシュレスの波が押し寄せる中、ATMの宿命だった現金の取り扱いに依存しない新たなビジネスは実を結ぶか。

「情報」も出し入れする

「現金だけでなく、情報の出し入れも目指していく」。セブン銀の松橋正明社長は力を込める。

セブン銀が9月26日から開始するのは、ATM上で銀行口座の開設や住所変更などを行えるサービスだ。初弾は静岡、群馬、東日本、そしてセブン各行が対象。11月以降も北陸、沖縄、広島、PayPay各行で順次利用可能になる。これまでは実店舗に出向いたり、スマホ上でIDやパスワードを入力したりする必要があったが、今後はATM上での操作だけで完了する。

カギを握るのは、セブン銀が2019年から導入を進めている新型ATMだ。マイナンバーカードや運転免許証に埋め込まれたICチップの読み取り機能や、顔認証に用いる高性能カメラを搭載。無人かつ遠隔での本人確認を可能にした。


入出金以外の機能をATM上に追加していく(撮影:梅谷秀司)

セブン銀は新サービスを利用する提携金融機関を2024年度に40社、2025年度には100社程度まで増やしたい考えだ。用途も口座開設や住所変更にとどまらず、行政手続きや保険加入、ホテルのチェックインなど、本人確認を要するあらゆる業務を念頭に置く。

全国に張り巡らされたATM網を活用し、セブン銀は「認証・手続きの窓口」となることを掲げる。現金に縛られないATM事業は、同社の成長戦略にも影響を及ぼしそうだ。

セブン銀行の業績は、大まかに言えば3つの要素で表せる。1日当たりのATM利用件数、取引1件当たりの手数料単価、そして設置台数だ。利用件数に手数料単価をかけるとATM1台当たりの売上高を算出できる。そこへ設置台数をかけることで、国内ATM事業の大まかな売上高がはじき出せるわけだ。

ATM運営のトップランナーとして業績を伸ばしてきたセブン銀だが、足元では踊り場を迎えつつある。設置台数は純増ペースを維持、キャッシュレス化が進む中で利用件数は底堅いものの、手数料単価は下落し続けているのだ。


要因は2つある。1つは金融機関で相次ぐATM手数料の値上げを受け、客離れを防ぐために2021年から手数料体系を見直したこと。もう1つはPayPayに代表されるキャッシュレス決済の勃興だ。手持ちの現金を残高にチャージすべく、セブン銀のATMが使われている。利用件数の増加に寄与する一方、手数料単価は通常の入出金よりも低い。

低迷する手数料単価と、踊り場の利用件数へのテコ入れとなりそうなのが、このほど発表した新サービスだ。認証や本人確認といった入出金以外の用途を喚起することで、ATMの利用件数が押し上げられる。

さらに期待できるのが手数料収入の拡大だ。取引件数に応じた手数料に加えて、システムの維持費として定額料金を合わせて徴収する。「SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)に近いビジネスモデルになってくる」(松橋社長)。

同社は「ATMサービスプラットフォームビジネス」と位置づける新サービスによって、2025年度までに40億円の経常収益を稼ぎたい考えだ。

課題は待ち時間

ATMの多機能化を目指すうえで重要なのが、ATMの待ち時間だ。コンビニATMは「2人行列ができた時点で、お客さんが帰ってしまう」(松橋社長)ため、スピードが命。ATMでの入出金にかかる時間は3分程度で、新サービスも3分が目安となりそうだ。


セブン銀行が導入を進める新型ATMとモデルの谷まりあさん(撮影:梅谷秀司)

新サービスの取引が想定以上に時間を要する場合には増設も検討するというが、セブン銀のATMは大半がコンビニ店舗内に設置されており、2台目を置く余地は限られている。セブン銀によるプラットフォーマー戦略の成否は、ATMが「認証・手続きの窓口」となりうるかの社会実験でもある。

(一井 純 : 東洋経済 記者)