高年収層の消費が弱い(写真・takeuchi masato / PIXTA)

総務省が9月5日に発表した7月の家計調査では、実質消費支出(2人以上世帯)が前年同月比マイナス5.0%に落ち込んだ。消費者のマインドを示す消費者態度指数はコロナ前の水準からは距離がある状態で、弱さがみられる。

新型コロナが5類に移行し経済再開が進む中でのこうした消費関連指標の弱さの主因には、実質可処分所得の減少があるとみられる。高インフレの影響もあり、家計調査の実質可処分所得は10カ月連続で前年同月比マイナスと落ち込んでいる。


しかし、やや意外感があるのがインフレで生活が苦しくなった家計が貯蓄を取り崩しているわけではないことである。

インフレ下でも貯蓄は高止まり

可処分所得に占める黒字(可処分所得−消費支出)の比率である、「黒字率」は高止まりしている。なお、「黒字率」は最も広い概念での貯蓄率(可処分所得に占める貯蓄割合)とされている。


このような傾向は、アメリカの例と大きく異なっている。

アメリカでもインフレ高進によって実質可処分所得がトレンドを大きく下回っているが、アメリカの家計は貯蓄率を低下させ、消費水準をある程度維持している。その結果、コロナ禍で行われた財政政策の効果や行動制限による消費抑制で積み上がった「強制貯蓄」はほとんどなくなってしまったという見方が多い。

日本でも実質可処分所得が目減りした状態が続いているが、消費が抑制されて黒字率(貯蓄率)が維持されていることから、「強制貯蓄」は取り崩されるどころか、さらに積み上がっている。

「強制貯蓄」はむしろ積み上がっている

日銀が2021年4月の展望レポート(BOX3)で公表した「強制貯蓄」の推計方法を用いて、直近2023年4〜6月期まで延長推計すると、「強制貯蓄」(特別定額給付金から貯蓄に回った部分を除く)は2023年4〜6月期に約1兆円増加し、2020年4〜6月期以降の3年強で累計約50兆円となった。


日銀は2023年7月の展望レポートで「個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、行動制限下で積み上がってきた貯蓄にも支えられたペントアップ需要の顕在化に加え、賃金上昇率の高まりなどを背景としたマインドの改善などに支えられて、緩やかな増加を続けるとみられる」と指摘し、「強制貯蓄」が取り崩されることで消費が拡大することへの期待を示したが、実際には取り崩されていない。

日銀は、当初はコストプッシュ型のインフレであっても、名目賃金の上昇が家計の消費増を促すことで、賃上げと消費増の「好循環」発生を狙っている。

しかし、むしろ貯蓄は積み上がっている状況であり、家計は「賃上げ」に動いた企業の期待に対してまったく応えることができていない状況である。2024年の春闘に期待がかかっているが、そう簡単ではない。

日本の黒字率(貯蓄率)は、コロナ禍の行動制限の影響などによって、2020年にかけてはすべての年収層で上昇した。その後、経済再開が進む中でいずれの年収層でも緩やかに低下した。

高年収層の消費はコロナ後も弱いまま

しかし、高年収層(年収五分位4、年収五分位5)の黒字率は足元で再び上昇した。低年収層(年収五分位1、年収五分位2)の黒字率が低下傾向にあるのとは対照的である。

*年収五分位とは、年間収入の低いほうから順に並べ、5等分して5つのグループに収入の低いほうから1〜5まで番号を振ったもの


また、年収層別の名目消費支出を確認すると、黒字率と同様に高年収層(年収五分位4、年収五分位5)の消費が伸び悩んでいた。すなわち、可処分所得が増えて黒字率が低下したのではなく、消費が弱くなったことが黒字率を押し上げたと言える。

実質賃金の目減りによって低年収層の消費マインドの悪化に注目が集まりがちだが、実は高年収層の消費の弱さが日本の消費の課題となっている。

所得が1単位増加したときの消費の増加分を示す「限界消費性向」を年収別に計算すると、高年収層は低年収層よりも値が大きい。

1990年から2019年までの暦年データを用いて確認すると、低年収の家計(年収五分位1)が0.45だったのに対し、高年収の家計(年収五分位5)は0.57となった。これは、低所得層は生活に必要な消費(基礎的消費)の比率が高いため、収入の増減の影響を受けにくいことが要因である。

「賃上げで好循環」は生じにくい

コロナ禍でこの関係性はいったん崩れてしまったのだが(行動制限などにより可処分所得の水準に対して消費支出の水準が低くなった)、経済再開が進展する中でも、特に限界消費性向が大きい高年収層の消費水準が過去の傾向と比べて低いままである、という点がマクロ全体の消費の弱さにつながっている。

本来であれば「賃上げ」によって限界消費性向の高い高年収層ほど消費が増えていそうな局面であることを考えると、意外感もある。

むろん、現在は経済再開の過渡期であるため、もう少しデータの蓄積を待ちたいところだが、現時点ではコロナ禍で高年収層の消費の考え方が変わってしまった可能性が高いと言える。

例えば、コロナ禍で贅沢をできない状態がもたらされた結果、贅沢しない生活が定着してしまったとすれば、賃上げによる好循環は生じにくいだろう。

これまでの「将来不安」による能動的な貯蓄だけでなく、このような消去法的な貯蓄が進めば、強制貯蓄は一向に取り崩されない可能性もある。

(末廣 徹 : 大和証券 チーフエコノミスト)