「試練ってさっきも言ってたな。一体何をすればいいんだよ?」サムは元の世界に戻ることが出来るのか(写真:naoki/PIXTA)

バーテンダーのサムは、仕事も人間関係もズタボロ。ある日、常連客とのトラブルに巻き込まれて命を落とす――。目覚めた彼は、『古事記』の世界で神様として転生していた! 元の世界に戻るために必要なのは、日本の建国……!? 令和と神話が交錯する小説『古事記転生』を試し読み第3回(全4回)をお届けします。

「この世界の大原則を一つ教えとくわ」

こうして俺は、喋る白ウサギ・ハクトとともに因幡国のヤカミヒメに会いに行くことになった。ハクトは一族に伝わる秘密の近道を知っているらしく、半日ほど歩いたら奇妙な形をした建物がぽつぽつと見えてきた。高床式住居ってやつだろうか。どうやらここが因幡国の中心都市らしい。

「タケルたちは、まだ来てないのか?」

「タケルたちってのは、あの嫌な連中かい? あいつらもヤカミヒメを狙ってるの?」

「みんな口を揃えて『絶対に俺がヤカミヒメと結婚する!』って言ってたよ」

「なにー!? あんな極悪なやつらと可憐なヤカミヒメが結婚なんてダメダメ。絶対にダメだ! オイラは優しいナムチがヤカミヒメと結婚するべきだと思う。オイラが今からヤカミヒメに直接言ってくるから、ここで待ってて!」

ハクトは俺の返答も聞かずに、4本の足を使ってものすごいスピードで走っていくと、あっという間に見えなくなってしまった。

仕方がないから、近くにあった岩に座ってみる。急に一人になったからか、俺を取り巻く異様な状況への焦りが出てきた。

全く知らないヤカミヒメと結婚するのか?

元の世界に戻れるのか?

そもそもワタリさんに刺された俺の体は、元の世界でどうなってるんだ?

あのとき、確かに俺は死――

「大丈夫! サムの元の肉体はまだ滅んでへんよ」

「うわ、タマちゃん! いきなり話しかけるのやめてくれよ。それより肉体が滅んでないってことは、俺は生きてるってこと!? どうやったら元に戻れるんだ?」

「そやね。現代のサムの体は確かに滅んではないけど、そう簡単に戻ることはできへんねん。サムにはこの時代で乗り越えないとあかん試練があるんや」

「試練ってさっきも言ってたな。一体何をすればいいんだよ?」

「それに直接答えることはできへんねん。ちょうどいい機会や。この世界の大原則を一つ教えとくわ。それは、犲分で気づく瓩辰討海箸笋佑鵝どっかのすごい人に答えっぽいことを教えてもらってわかった気になってもな、ホンマは全く意味がないねん。自分が体感して、心から気づく。これしか次のステップに進む方法はないねん。そんで、そこをクリアしないと人生の中で何回も似たようなピンチが起こるんやで。わかる?」

ノリが軽い話し方はそのままに、タマちゃんは急に「この世界の大原則」とやらを説いてきた。自分で気づく? 似たようなピンチが起こる?

「んん〜? なんか難しいな……」

「『似たようなピンチ』で思い当たる節はないか?」

「そうだな……今まで付き合ってきた彼女には毎回同じような理由でフラれてたような……? 友だちと喧嘩別れするときも大体同じパターンだったかも! これは俺が何かに気づいてないから似たようなピンチを繰り返してるってこと?」

「サムにしては珍しく察しがええやんか。これらは全て爛瓮奪察璽賢瓩覆鵑筺2燭の歌でもあったやろ? 目にうつることはメッセージゆうてな。それはご先祖さんとか目に見えない存在が総動員でサムにヒントを与えてるっちゅうことや」

「へぇー! 映画の『インターステラー』でも似たような話があったなぁ。面白い話だけど、まだいまいち信じきれないような……」

「アホゥ! こんだけ不思議な体験してて今更何言うてんねん。これはもうヒントやなくて爐曚榲え瓩筺ワシがあとで怒られるレベルのな。ちなみに毎回浮気されて彼女にフラれたり、似たような理由で友だちと喧嘩別れしたりするとき、サムはどんな風に思うんや?」

「なんで浮気されたこと知ってるんだよ!」

「そこは今はええやろ。さ、どんな風に思ってるんや?」

「えー、なんだろ? 基本ムカついてるかな……。『なんでわかってくれねーんだよ、バーカ!』みたいな気持ち。あとは友だちに愚痴言って酒飲んで忘れる! 向こうの都合だから俺は悪くないし……」

「おいおい、結構ヤバいやつやなサムは……まぁ、自分で発散できてるだけまだマシか……」

これだけ話してもタマちゃんの姿は見えない。見えないけど、呆れられてることだけは声色だけでも十分に伝わってきた。

「陰と陽はどっちも大切なんだ」

「サム、牘⇒杪清某洵瓩辰討錣る? 白と黒の勾玉を組み合わせたようなデザインのやつなんやけど」

「あぁー、なんか見たことある! こういうやつだよね。それがどうしたの?」

俺は近くにあった木の棒で地面に陰陽太極図を描いた。うろ覚えだったけど、母ちゃんが実家の壁に飾っていたからスラスラと描くことができた。

「これはな、白が猴朖瓩鯢修靴討い董黒が牘↓瓩鯢修靴討襪佑鵝K物は全て陰と陽に分けられるってことやな。サムの世界やったら牘↓瓩辰討いΩ斥佞呂△鵑泙蠅いぅぅ瓠璽犬覆いもしれんけど、あらゆるものは陰と陽のバランスによって成り立っていて、どちらもなくてはならないものやねん」

「白が陽、黒が陰か。忘れないように書き足しておこう。……こういうことだな。陰と陽はどっちも大切なんだ……」


(出所)『古事記転生』より

「そうやで。そんで黒い勾玉みたいな形の中にも小さい白い点があって、白い勾玉みたいな形の中にも黒い点があるやろ? これは、陽の中にも陰はあるし、陰の中にも陽はあるっていうことを表してるねん。ようできてるやろ? ほとんどの人間は自分の見たくないところや向き合いたくないところを前にしたとき、陰か陽どちらか片方だけの感情で心を塗りつぶしてしまいがちや。だから、その出来事から逃げ出したり、過度に自分を否定したり、誰かを否定したりすることで目を背ける。それでは絶対に成長できへんねん」

「うぅ……なんか耳が痛いぞ……」

彼女にフラれたり、友だちと喧嘩したりする度に、現実から逃げるように酒を呷(あお)った日々がフラッシュバックして胸が締めつけられる。

「だから、自分の心の中にある犖たくない陰の部分瓩傍い鼎い銅け入れていくことが大切やねん。心の陰陽を統合していくっちゅうことや。全てはバランスやからな。それを乗り越えないと、今世でも来世でもずーっと同じことを繰り返すことになる。それは嫌やろ? だから、自分で気づくしかないねん」

「うーん、なんとなく言ってることはわかったけどさ、なんでそこまでして成長しないといけないんだ? 人間は成長することが全てなのかよ? 聞いてるだけでしんどいよ!」

「まぁ、成長が全てってわけじゃないよ。行動は全部自分で選んでいい。ただ、全ての魂は成長を望んでるはずやし、ご先祖さんも目に見えない存在もそのためにサポートし続けてくれてるってことは忘れんといてな。ワシもその一人やし」

全ての魂は成長を望んでる? なんか納得できるようなできないような……。

「何があっても狄佑里擦い砲垢襪吻瓠

「でもさ、俺がワタリさんに刺されたことも、元カノに浮気されてフラれたのも絶対に俺は悪くないだろ! あんな最低な出来事から何を見出したらいいんだよ」

「あんな、もう一個だけこの世界の大原則を教えといたるわ。それはな、何があっても狄佑里擦い砲垢襪吻瓩辰討海箸筺これを本当の意味で理解すると、次のステップに行くスピードがグンと上がるんやで」

「さっきから言ってる犲,離好謄奪廰瓩辰討覆鵑世茵帖帖 ていうか、人のせいにしないって、全部自分のせいにしろってこと? 相手がどんなに悪くても、どれだけ理不尽な目にあってもか? どれだけ頑張って報われなくても、それは自分のせいだって言いたいのかよ。全く世知辛ぇなぁ、この世界は!」

陰陽の話も、自分で気づくことでしか成長できないって話も頭では理解できる。でも、俺の人生に起きた数々の最低な出来事も俺自身のせいにしないといけないってのは、そう簡単には受け入れられない。

「この話をホンマに理解してないと、大体そういうリアクションになるねん。長くなるから、この話は今度詳しくするわ。ちなみに、そんなに世知辛い話でもないからな。ところでサムがさっき言ってた『どれだけ頑張って報われなくても』って言葉、やけに熱がこもってたけど、思い当たることでもあるんか?」

「やけに熱がって……そりゃ一緒に働いてる兄貴に対して『なんで俺の頑張りを認めてくれねーんだ?』っていつも思ってたからな。できてないところばっかりグチグチ指摘してきてさ……そもそも相性が悪いんだろうな、俺らは。どう考えても俺は悪くないし」

「ふむふむ。兄貴に対する思いか……この神話の世界でも兄たちとの関係性が重要やし、その辺に何かしらの答えがあるんかもな」

いきなり兄貴の話になって動揺してしまったが、タマちゃんが言った爐△觚斥姚瓩引っかかった。

「ん? タマちゃんさ、今サラッと言ったけど『神話の世界』って何? さっきは『数千年前の日本』って言ってなかったっけ?」

「何を不思議がってんねん。数千年前の日本といえば神の時代やないか」

「神の時代? なんだそれ!? 日本の神話といえば……『古事記』とか?」

ってことは今は700年代!?

「そう、『古事記』や! よう知ってんなぁ。サムは今、『古事記』の一部を体験してるんやで」

「ええぇー! ってことは今は700年代!?」

「アホか、それは『古事記』が作られた年代や! 『古事記』って名前から考えてみ。もっともっと前や」


「そんな前なのか!」

「まぁ、いろんな時代の出来事が組み合わさって作られたのが『古事記』やけどな。サムは今、虚構と現実の境目を体験してるってわけや」

「なんか急に難しいこと言うな……まぁ『古事記』の内容全然知らないんだけどな……」

「ま、今内容を知っているかどうかはどうでもええ。とにかく、今サムは貴重な経験をしとる。これから大変なこともあると思うけど、一つひとつパズルゲームのようにクリアしていくんやで! ほなね」

タマちゃんは、俺が『古事記』の世界を体験していることを伝えるとまたどこかに行ってしまったようだ。姿は見えないのに、近くにいるかどうかは直感的にわかる。他の人には感じたことがない不思議な感覚だ。

(9月19日の配信の次回に続く)

(サム(アライコウヨウ) : 神話系YouTuber「TOLAND VLOG」の語り手)