「日本は本当に台湾有事に対応できるのか」「数10万人の避難者の命を助けられるのか」...自衛隊が動くためのプロセス「事態認定」のしくみがヤバすぎる

戦後数十年にわたって「あり得ない」と考えられていた「次の戦争」が、目と鼻の先まで迫っている。人命が犠牲となり、世の中が大混乱に陥ってからでは遅い。今、この国にできることは何なのか。
1つめの記事『シミュレーション回数3350万回...!! 米・戦略国際問題研究所のレポートが明かす「中国が台湾全域を支配する『ラグナロク(終焉)シナリオ』」』より続く。
日本国内の米軍基地が使えなければ「アウト」
前章で述べたように、CSISはアメリカ政府の意思決定を補佐する研究機関だ。「日本が米軍に協力しなければ、中国が勝利する」との予測は、裏を返せば、日本に対するプレッシャーでもある。
日本最西端の与那国島と台湾の距離は111kmと、台湾海峡の幅よりも短い。沖縄本島から台湾までは655kmである。
仮に日本政府が協力を渋ったり断ったりして、米軍が沖縄の基地を使えない場合、米軍の最前線基地はグアムに後退し、航空機や船舶は台湾まで2750kmもの距離を渡らなければならなくなる。台湾近海での補給も困難になり、ほぼ「詰み」だ。米軍はいざとなればフィリピン軍の基地を使えることになっているが、日本のように大部隊が駐留できる施設が整っているわけではない。
「米軍がグアムから作戦行動をとるのは、不可能と言っていい。F−35などの戦闘機は短距離用なので、爆撃機や長距離ミサイルだけで戦わなければならず、シミュレーションでは大半のシナリオで台湾防衛に失敗しました。このような事態になれば、60年以上にわたり保たれてきた日米安保も犠牲になってしまうでしょう」(前出・カンシアン氏)
過去80年近く、日本は「戦争」の矢面に立つことを免れてきた。第二次安倍晋三政権から現在の岸田文雄政権までの10年、政府は急ピッチで安保法制を成立させ、自衛隊の装備の拡充を図ってきたが、急ごしらえの感が否めない。本当に、台湾有事に対処できるのだろうか。
日本の対応を本気で懸念する台湾関係者
「ちょうど先日、台湾の国防安全研究院の関係者に『日本はCSISのレポートをどう受け止めたのか』と尋ねられました。彼らは日本政府と自衛隊が動けず、戦況が大幅に不利になることを本気で懸念しているのです」
こう明かすのは、日本安全保障戦略研究所上席研究員で元航空自衛隊西部航空方面隊司令官の小野田治氏だ。
一口に「自衛隊が動く」と言っても、そこに至るまでにはいくつものハードルがある。そして、そのハードルをまたいだ経験がある現役政治家は、岸田総理を含め一人もいない。小野田氏が続ける。
「自衛隊を動かし、米軍と協働させるには、政府が『事態認定』をする必要があります。たとえば南西諸島がミサイル攻撃を受けたとしても、直ちに防衛出動がかかるわけではない。まず政府内に対策本部を立ち上げて審議し、総理が決断して、国会が承認するという手続きを踏むようになっています。緊急時には国会承認は事後でも構わないとされていますが、こうした手続きが必ずしも迅速に進むとは限りません」
さらに上掲した図表の通り「事態認定」にはいくつもの段階があり、それぞれ自衛隊にできることが細かく定められている。政府の判断がもたつけば、最前線の自衛隊員や、周辺にいる一般国民の命に危険が及びかねない。防衛省防衛研究所研究員の小熊真也氏が言う。
「『何もしないでいると、日本に大きな影響がある』という場合は『重要影響事態』と認定できますが、このとき自衛隊にできるのは米軍の支援などのみで、武力行使はできません。『日本は直接攻撃されていないが、アメリカなどが攻撃され、それによって日本の存立が脅かされている』という場合には『存立危機事態』と認定することができ、ここで初めて集団的自衛権にもとづく武力行使ができるようになります」
そして、自衛隊や日本国内への武力攻撃が発生した場合には「武力攻撃事態」の認定が検討される。個別的自衛権の行使―つまり、当事国として戦争することになるのである。
10万人以上の避難者が発生
ここで問題なのは「在日米軍基地だけが攻撃され、自衛隊は無傷」というケースでも、おそらく武力攻撃事態を認定する流れになるということだ。実際には総理を議長とする国家安全保障会議(NSC)が数日以内に判断し、国会承認は後回しになるとみられるが、「犠牲者を出す覚悟を固め、80年ぶりの戦争に突入するか否か」をめぐって、日本の国論が二分されることは間違いない。
アメリカからは参戦を迫られ、国民からは猛烈な反対をくらう―。そのとき、日本政府が迅速に、かつ的確な判断を下せるかどうかは、はなはだ心許ない。
さらに、政府の決断の遅れは、一般国民の命にも直結することになる。宮古島以西の先島諸島に住む、およそ10万5000人の避難をどうするか、という大問題があるのだ。
現状、国民の避難は災害などを想定した「国民保護法」にもとづいて行われることになっており、事態認定とは法体系が別建ての状態だ。前出の中林氏が指摘する。
「実際には、台湾やその周辺での戦闘が始まる数ヵ月〜数週間前の時点で決断しなければ、10万人以上の離島住民を避難させることは難しい。しかし現行の制度では、日本に対する武力攻撃の明確な危険が迫らない限り、単に台湾有事というだけでは、避難に必要な『国民保護措置』をとることができないのです」
日本が守るべきもの
仮に中国が沖縄をはじめ南西諸島の基地に対して大規模なミサイル攻撃・爆撃を行わなかったとしても、レーダー基地があり人口の少ない与那国島や、2000m級の滑走路をもつ石垣島を重点的に攻撃したり、場合によっては上陸・占拠を試みるおそれは十分にある。これらの島々からの避難民と、台湾からの難民を同時に救い出すのは至難の業だ。前出の山下氏が言う。
「有事となれば自衛隊の人員や輸送機・艦艇は防衛作戦準備を行っていますから、災害時のような手厚い避難支援は難しいでしょう。要介護者や病気の人、インフラ維持に従事する人々を容易には移動させられないという問題もあります。
加えて私が懸念しているのは、台湾に2万人、中国国内に11万人いる在留邦人の避難です。事態が悪化する前に政府が帰国指示を出さなければなりませんが、そうすれば中国側は『こちらは何もしていないのに、なぜ日本は国民を逃がそうとしているのか』と迫ってくるでしょう。政府は、指示が空振りになったり、かえって中国を刺激して事態をエスカレートさせることも覚悟で決断しなければならないのです」
ひとたび有事となれば、ひとつひとつの決断が政権を容易に吹き飛ばすほどの重みをもつ。過去80年近く、そうした事態に直面してこなかった日本の政治家たちが、いきなり修羅場へと放り込まれることになるのだ。
「現状はまだ『台湾周辺で何が起きるか』や『日本はどう戦うか』といった議論ばかりが先行して、国民をどう保護するかの議論が疎かになっているように感じます。国民の命を守れなければ、台湾有事に日本が関与することへの支持も得られないでしょう。台湾有事で日本が守るべき国益とは何なのか、ここで改めて考えておく必要があると思います」(前出・中林氏)
「敗戦」とは、単に戦闘で敗れることだけを指すのではない。その認識が、果たして今の政権にはどれだけあるだろうか。
3つめの記事『人民解放軍を誰よりも知る日本人研究者が語る「台湾有事、中国側はこんな超短期決戦をしかけてくる」』に続く。
「週刊現代」2023年9月9日・16日合併号より