ウイルス学者であり、東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が、新型コロナの最新事情をはじめ、一般の人も知っておきたいウイルス研究の深くてタメになる話を綴る新連載がスタート

写真拡大 (全4枚)


ウイルス学者であり、東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が、新型コロナの最新事情をはじめ、一般の人も知っておきたいウイルス研究の深くてタメになる話を綴る新連載がスタート

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第1話

ウイルス学者であり、東京大学医科学研究所でシステムウイルス学研究室を主宰する佐藤 佳(さとう・けい)教授は、大学の垣根を越えて集まった若手研究者と共に研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、デルタ株、オミクロン株など、新型コロナウイルス変異株の特性を驚異的なスピードで次々と解明してきた。

その成果は国内外のメディア、研究者からも大きく注目され、まさに今も変異している新型コロナの研究を日々リアルタイムで続けている。

そんな佐藤教授が、新型コロナの最新事情はもちろん、約3年半にわたるパンデミックから見えてきたこと、もともとの専門であるHIVについてなど、一般の人も知っておきたいウイルス研究の深くてタメになる話から、なぜ長髪に皮ジャンなのか......といったプライべートな話題まで、知られざるウイルス学者の日常を綴る。

* * *

【写真】佐藤教授が高校生の頃に切り貼りしていたスクラップブック

■週刊プレイボーイは稀有な媒体

週プレNEWSでコラムを不定期連載することになった。その経緯はいろいろだが、まずはなにより、新型コロナについて、これまでに受けたいくつかの取材から縁あって、である。それに加えて、私が元来、文章を書くことが好きだったところが大きい(とはいえ、作文ならなんでも好きという訳では決してなくて、事務的な書類の作成や申請書の類は特に好むことはないのだが)。また、「東大教授が週刊プレイボーイでコラムを!?」というギャップも、新しい試みとして面白いかなと思ったひとつのきっかけでもある。

新型コロナパンデミックが始まってから3年半ほどが経った。テレビや新聞などの大手既成メディア、そして世俗的な週刊誌まで、とにかくありとあらゆるメディアがこのトピックについてさまざまな報道を繰り返した3年半だった。

その報道の質はまさに玉石混交で、一見お堅い媒体がトンデモな記事を載せたりすることも少なくない。これは持説や意見がそれぞれであるからにほかならないが、「インフォデミック」という言葉が生まれるほど、誤った情報の拡散が問題になった3年半だったともいえる。

そんな中、週刊プレイボーイは実は、新型コロナ担当の編集者(であり、このコラムの編集もお願いしている)とライターがとてもしっかりしていて、免疫学者の宮坂昌之先生(大阪大学)や感染症内科医の岩田健太郎先生(神戸大学)などの「本物の専門家」に取材をし、きちんとした正しい情報の発信を続けてきた稀有な媒体であった。そういう信頼感が、この企画の実現につながったといえる。

このコラムは、編集担当から「新型コロナに関するトリビアを織り交ぜつつ、日々の雑感などを」ということだったので、時事的なことを織り交ぜつつ、あまり堅苦しくならないように、私が日常感じたことや考えていることをつらつらと綴っていけたらと思っている。

■「新型コロナウイルス学者」が生まれるまで

さて、初回である。これを読んでいる方のほとんどは私のことを知らないだろうし、まずは簡単な自己紹介から始めようと思う。

1982年、山形県生まれ。中学生の頃に、映画や漫画の題材としてのウイルス(いわゆる、人類を滅亡させるやつ)に興味を持ったことをおぼろげながら覚えている。テレビドキュメンタリーを通して、エボラウイルスという、致死率が40%を超えるような「殺人ウイルス」が実在することを知る。映画や漫画の主人公は大抵、「殺人ウイルス」と戦って人類を救う「科学者」であることが多い。その姿に憧憬を覚えた記憶が、今に至る原風景として残っている。

高校生の頃は、「ついにヒトゲノムが解読される!」というニュースが頻繁に話題に上がっていた時節柄で、生命科学や分子生物学、バイオテクノロジーというトピックに対して、世間の関心がとても高かったのを覚えている。どちらかというと根暗気質のあった私は、よく新聞の一面を飾っていた生命科学に関するトピックの記事を切り抜きし、スクラップブックにまとめていた。

これは今でも手元にあり(3冊ある)、たまに見返すことがあるが、高校生当時の私の興味の対象がわかってとても面白い。この頃には興味が生命科学研究に傾倒していて、ウイルスについて強い興味があった記憶はあまりないのだが、「エイズの起源が解明された!」というような切り抜きが残っていたりして、四半世紀前(!)から現在まで、連綿とつながる私的な知的好奇心の起源を辿っているようで不思議な気持ちになる。


生命科学に関する気になるトピックの新聞記事を切り抜きし、スクラップブックにまとめていた


スクラップブックに貼っていたHIVに関する新聞記事

上記のような経緯もあって、分子生物学を学ぶために、東北大学に進学。大学生として仙台で4年を過ごした後、やはりウイルスについての研究がしたいと決断し、京都大学の大学院に進学。修士課程、博士課程、ポスドク、助教、講師と、計13年を京都で過ごした後、東京大学で研究室を立ち上げる機会を得た。以来、東京に住み始めて6年目になる。

これまでの研究のことについては、これからのコラムで折々に触れていきたいと思っているが、京都では主にHIV(エイズウイルス)の研究を専門としていた。東京大学に異動してからは、「ウイルスの宿主の相克」という、京都大学時代のボスに受けた金言を胸に、ウイルスと宿主の関係性を、「相克」と「相生」という相反する側面から理解するような研究にシフトしつつあった。

「相克」とは、ウイルスと宿主のあらそい、つまり、HIVや新型コロナのような病原ウイルスとその宿主の関係性に着目した「普通のウイルス学」。それに対して「相生」とは、ウイルスと宿主が、地球史・生命史の中で紡いできた共生関係に着目したものである。

つまりざっくり言うと、ウイルスの「悪いところ」と「良いところ」の両面に着目した研究をしよう、そしてそれを、さまざまな研究手法でつないで、ひとつの学術体系にしていこう、という発想である(そしてそれが、私の研究室の名前である「システムウイルス学」の概念の創成につながっていくのだが、これについてはまた別の機会に述べる)。

そんな中、突如勃発したのが、新型コロナパンデミックである。

■手をこまねいているだけでいいのか

新型コロナウイルスとエイズウイルスは、増殖の仕方も、感染する細胞の種類も、そして感染によって引き起こされる病気もまったく違う。つまり、「ウイルス学者」たる私としても、「専門家的には専門外」ともいえるウイルスであり、パンデミックの最初期には、新型コロナの研究に着手すべきかの葛藤があった。

さして詳しくもない私が、科学史上類を見ない規模での研究競争が起きている「新型コロナパンデミック」というスーパーレッドオーシャンに飛び込んでも、瞬く間に海の藻屑となるだけではないのか? とはいえ、まがりなりにもいちウイルス学者として、手をこまねいているだけでいいのか?

2020年上半期は、テレビのどのチャンネルを回しても、思い返したくもない映像が流れていることが多かったのではないだろうか。人がいない大都市の映像、毎日17時になると手書きのフリップで速報される新規感染者数、それを暗いトーンで伝えるしかないアナウンサー、まだなにもわかっていないウイルスについて必死に解説を努める専門家たち、そして、まるで野戦病院のような大都市の病床......。

「基礎研究の立場からでも、わずかでも役に立てることがあれば」と、小銭を募金するような気持ちで新型コロナの研究を始めた。「とにかく自分にできることを」。その小さな積み重ねが、すこしずつ大きなうねりとなり、やがて同じ意志を持ったウイルス学者たちが共鳴し、集合する吸引力となった。

そのようにして、2021年1月、新型コロナ研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」が結成される。最初はわずか数人の集まりだったG2P-Japanは、研究成果を出すごとに規模が大きくなり、国内外の新型コロナ研究を牽引するような集団へと成長を遂げていく――。

「G2P-Japan」という単語を、ここで初めて目にした方も多いのではないかと思う。G2P-Japanの研究活動やその成果については、いろいろと過去の紹介記事もあるが、これまでの基礎ウイルス学者たちの奮闘記やその裏話も含めて、このコラムでも紹介していけたらとも思っている。また、ウイルス学者の普段の生活や、「アカデミア」と呼ばれる大学業界の実情、私のロン毛パーマの秘密、そして、レザージャケットに秘められた謎などについても、折々に紹介していけるような連載になればと思っています。

●佐藤 佳(さとう・けい) 
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。
公式X(旧Twitter)【@SystemsVirology】

文・写真/佐藤 佳 撮影/村上宗一郎(佐藤氏)