「血が出てるんだぞ!」病院に徒歩で現れた“クレーマー老人”に振り回された若手医師の嘆き

24時間体制で患者の対応をしている救急外来。たびたび問題となる医療ひっ迫ですが、近年、軽症にもかかわらず救急車で搬送されてくる患者も少なくないのだとか。今回は、救急外来に赴任した若手男性医師が、夜間に訪ねてきた老人の、とんでもない要望に振り回されてしまったエピソードです。
話を聞いたのは、大学病院の救急外来に赴任した新米医師の智樹さん(仮名・26歳)です。
◆新米医師の多忙な日々
「私の働いている大学病院は都内でも結構大規模な方で、かなりたくさんの人が利用するんです。その日も多くの急患が運ばれてきていました」
日付が変わりようやくひと段落した智樹さんは、遅い夕食にようやくありつけたとのこと。
「いやぁ、その日はいつも以上に忙しくて、ようやく日付が変わる頃に夕食に。といってもカップラーメンに、ようやくありつけたんです。でも、食べ始めてしばらくしたら看護師から『夜間入り口に訳のわからないことを口走る老人がいる』という内線が入ったんです」
◆真夜中に突如現れた老人
「その老人がこのあととんでもない騒ぎを起こすことになるとは、このとき知るよしもありませんでした。その人は、自力で歩いて病院にやってきたようなんですが、なんでもけがをしたから診てほしいということだったんです。私はカップラーメンの完食をあきらめて、待合室のほうに向かいました」
智樹さんが待合室の方へ行くとそこにいたのは、70代後半くらいの短パンとTシャツ姿の老人男性だったそうです。
「一見するとけがなどは見当たらなかったので、様子を尋ねてみたんです。そうしたら『机の角に足をひっかけ擦り傷ができて出血している』とのことでした。正直、ちょっとしたことで夜間の外来に来られる患者さんも少なくはないんですが、擦り傷で来られるのは初めてでして。しかもその男性には、どちらの足にもそのような痕跡はなかったんですよね」
◆慌ただしくなってきた外来
そうこうしている間に、立て続けに2台の救急車が到着。どちらもかなりの緊急性がある患者であったため、智樹さんは老人の対応を切り上げて急患の対応に回ったそうです。
「ただ、急患の処置中も廊下から男性の声が絶え間なく聞こえてきたんですよ。『出血しているのに放置か!』『高齢者をバカにしているのか!』『ワシのほうが先に来ているのになぜだ!』と、そんな支離滅裂な言動が、真夜中の静かな病院の廊下に響いていたのを覚えています」
幸い、騒がしい老人の行動を見かねて他の先輩当直医も駆けつけてきてくれ、智樹さんの代わりに応対してくれたとのこと。
「男性はその後もしばらくは暴れていた様子だったんですが、だんだん叫び声は聞こえなくなってきたので、なんとか集中して急患の対応を終えることができたんです」
◆ふてくされて帰って行った老人
急患の処置後、智樹さんは老人の応対をしてくれた先輩医師に詳細を尋ねたといいます。
「先輩が『診療は可能だが、紹介状なしの場合の追加請求額が発生する話をし、それでもよいのであれば重症者順に処置を行う。ただあなたの場合はとても軽度なのでいつになるかは分からない』と伝えたら、その老人はふてくされて帰って行ったそうなんです。なるほどな、と思いました。普通に診察の流れを説明しただけなんですよ。ぼくには余裕がまだないんですよね」
医者とは学ぶべきものが多いと、あらためて感じた智樹さん。たった一晩の夜勤で大切なことを学んだと言います。
「実は僕にもあの老人くらいの祖父がいるんですよ。もし祖父があんな風に病院へ訪れて、なかなか相手にされなくて放置されていたらと思うと……。今思うと相当ふびんだったでしょうね。医者って患者さんを救うためのお仕事なんだから、一人でも多くの人を助けないとだめですね」
智樹さんはその教訓を生かして、診察の優先度や診療費用などの基本的なことを記載した案内板を、緊急外来の入り口に設置したそうです。
<TEXT/ベルクちゃん>
【ベルクちゃん】愛犬ベルクちゃんと暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営