日本銀行

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―[経済オンチの治し方]―

私は経済学者として国内外の大学で教鞭をとったりした後、’13〜’18年には日本銀行副総裁として金融政策の立案にも携わりました。そこで、感じたのは「経済を知れば、生活はもっと豊かになる」ということ。そのお手伝いができればと思い、『週刊SPA!』で経済のカラクリをわかりやすく発信していきたいと考えました。
◆日銀が7月に決めた「YCCの柔軟化」ってなに?

 日銀は7月に「長短金利操作」の運用を柔軟化しました。長短金利操作は短期金利(民間銀行が日銀に預けている預金金利)をマイナス0.1%、10年満期の国債金利を一定範囲に固定する金融政策で、YCC(イールドカーブ・コントロール)とも呼ばれます。

 この“YCC柔軟化”とは、…拘金利(10年国債金利)の変動幅を±0.5%程度で維持することを「目途」とし、∋愧優ペ(日銀による無制限の国債買い入れ)の水準を0.5%から1%に引き上げたことを指しています。

 1%の金利での指値オペとは、「日銀が10年物国債を1%の金利で無制限に買う」ことを意味します。この1%指値オペを、以下では、「伝家の宝刀」と呼びましょう。

 YCC柔軟化を、「金融引き締めに転換した」と誤解するエコノミストが多いようです。しかし、伝家の宝刀が抜かれるのは、国債市場で10年物国債金利が0.5%を超えて1%に向かって上昇すると、日銀が予想する場合だけです。

◆YCCとリスクマネジメント

 それでは、伝家の宝刀が抜かれる可能性はどの程度でしょうか。日本経済は輸入品の高騰で、’22年12月のインフレ率(4%)が第2次石油危機以来、40年ぶりの高さになりました。インフレが進むと、資金の貸し手は返済金で買えるものが減少してしまい、金利を引き上げようとします。これを国債市場に当てはめると、10年物国債金利が0.5%から1%に向けて上昇するということです。

 日銀がこれまでのように0.5%に抑えようとすると、国債保有者は「インフレが進むと損する」と考えて、国債を売り、日銀は買いで対抗します。この日銀と投資家の闘争は、インフレを反映して市場の金利が高まる限り続きます。これは日銀のYCC維持が破綻したことを意味します。

 そこで、万が一起こるかもしれない国債の売り浴びせを前に、伝家の宝刀を抜いて国債金利を1%まで先回りして引き上げてしまおうというのが、今回のYCC柔軟化の目的です。したがって、日銀が“万が一”が起こると予想しない限り、伝家の宝刀は抜かれず、国債金利はほぼ0.5%から高くても0.7%程度に維持されると考えられます。

 10年物国債金利を±0.5%の範囲に収めることを「目途」としたのは、インフレ率が上昇している状況では0.7%くらいまで上がるのを許容したほうがYCCを維持できると判断したからでしょう。

 以上から、YCCの柔軟化は金融引き締めではなく、長期金利が一時的に上振れするリスクに備えて採用したリスクマネジメントです。日銀が引き締めに転ずるのは、インフレ率が2%で安定しそうだと予想するときです。日銀は今後、インフレ率が2%未満に低下すると見ているため、利上げの判断は来年の春闘の賃上げを見てからでしょう。

◆岩田の“異次元”処方せん

一時的な金利の、上振れリスクに備えた、リスクマネジメントです

―[経済オンチの治し方]―

【岩田規久男・元日銀副総裁】
東京大学大学院経済研究科博士課程退学。上智大学名誉教授、オーストラリア国立大学客員研究員などを経て、’13年に日本銀行副総裁に就任。’18年3月まで務め、日本のデフレ脱却に取り組んだ経済学の第一人者。経済の入門書や『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)、『自由な社会をつくる経済学』(読書人)など著書多数