月には太陽の熱を和らげたり地表の熱を保持したりする大気が存在しないため、太陽が当たる昼間は地表温度がセ氏110度に達する一方、夜間の地表温度はセ氏-170度まで冷え込みます。ところが、月の裏側の観測データを分析した新たな研究から、月の裏側には直径約50kmに及ぶ「熱を放出する巨大な岩の塊」が存在することが判明しました。

Remote detection of a lunar granitic batholith at Compton-Belkovich | Nature

https://doi.org/10.1038/s41586-023-06183-5



Scientists discover large granite mass buried | EurekAlert!

https://www.eurekalert.org/news-releases/994740

Scientists discover huge, heat-emitting blob on the far side of the moon | Live Science

https://www.livescience.com/space/the-moon/scientists-discover-huge-heat-emitting-blob-on-the-far-side-of-the-moon

アメリカ・アリゾナ州ツーソンにある惑星科学研究所の研究者であるマット・ジーグラー氏らの研究チームは、中国の月周回衛星である嫦娥1号と嫦娥2号がマイクロ波測定器を利用し、月面の地熱勾配を遠隔測定する新たな手法を開発しました。

さらに、NASAが運用していた月探査機のルナ・プロスペクターとルナー・リコネサンス・オービターのデータを用いて、月の裏側の温度を測定することに成功したとのこと。ジーグラー氏は、「私たちは、マイクロ波を使って月の地熱勾配を遠隔測定する手法を開発してきました」と述べています。

データを分析した結果、月の裏側には周辺よりも温度がセ氏10度ほど高い、幅約50kmほどの塊が存在することが判明しました。この塊は、月の裏側にあるコンプトンクレーターとベルコビッチクレーターの間にある、死火山のカルデラと思われる領域の下にあったとのこと。



研究チームは月の裏側にある熱を放出する塊の正体が、地中でマグマが冷え固まった深成岩の一種である「バリソス」だと考えています。バリソスは地球上でも豊富にみられる花こう岩やそれに近い岩石で構成されており、月の地殻にある他の岩石と比較してウランやトリウムなどの放射性元素の濃度が高いため、月面に伝わるほどの熱を放射するとのこと。

論文の共著者であり南メソジスト大学の地球科学者であるリタ・エコノモス准教授は、「バリソスとは溶岩が地殻内で上昇して形成される火山岩の一種で、地表に噴出することはありません。カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にあるエル・キャピタンやハーフドームは、地表に隆起した同様の花こう岩の一例です」と述べました。

地球上で花こう岩が形成されるには水とプレートテクトニクスが必要といわれており、月の裏側で巨大な花こう岩の塊が発見されたことは驚きだったとのこと。ジーグラー氏は、「地球のような水やプレートテクトニクスが存在しない月で、このような地質が形成されるとは想像していませんでした」と述べています。

また、今回の研究に関与していないフロリダ大学の地球科学者であるスティーブン・エラルド氏も、「月面で花こう岩の大きな塊が発見されたことは非常に興味深いです。地球上では、至るところにさまざまな花こう岩が大量に存在しており、花こう岩のキッチンカウンターがあっても何も思いません。しかし、地質学的にみれば、水とプレートテクトニクスなしで花こう岩を作るのは難しいのです。もしジーグラー氏らの発見が支持されれば、太陽系の他の岩石天体の内部構造を考える上で、非常に重要な意味を持つでしょう」とコメントしました。