前回までのあらすじ

 アツアツ鳩アベックにベランダがロックオンされた。許せねえ……!

 愛の巣をお探しの鳩の二羽に罪はなくとも、私の仕事場は賃貸であり、徹夜明けの安眠を守るためにも、絶対に巣を作らせるわけには参りません。とはいえ、鳥獣保護法により、一度作られてしまった巣を人間が撤去することは出来ないので、勝負は彼らが営巣を始めるまでのここ数日ということになります。


阿部さんが直面した、運命の数日間!

 鳩にベランダを占拠された場合どうすれば良いのかをレクチャーするサイトによると、「威嚇しただけでも罰せられる場合があるから気を付けてね!」とのこと。

 幸いなことに、実は私も鳥対策に関しては、全くの無知というわけではありません。

 故郷の群馬では、父が畑のさくらんぼや桃を狙う鳥達と長年バトルを繰り広げてきたのを間近に目にしていたのです。

 クリスマスツリーの飾りレベルでCDをぶら下げたり、大きな目玉の描かれたバルーンを置いてみたり、風が吹くと猛禽が飛んでいるかのように見える凧を設置したり、作り物の鳥を逆さ吊りにして「近付けば貴様もこうなる」と脅しをかけたりしている姿を見てきたわけです。

 その経験から得た教訓は、どんなに優秀なびっくりグッズも、対象の鳥さん達が慣れてしまえば全く意味をなさないということでした。

 彼らは大変賢いので、最初のうちは警戒しますが、大抵のものにはすぐに慣れてしまいます。逆に言えば、ここ数日が天下分け目の大決戦であるならば、それなりに有効かもしれないと私は考えました。

 しかし悲しいかな、群馬の大型ショッピングモールと違い、近場のスーパーでは鳥よけグッズが見つかりません。通販をすることも考えましたが、配送日的に間に合うかは怪しく、こうなったら、今、自宅にあるもので鳥よけグッズを代替するしかないと思い立ちました。

 鳥よけグッズに目玉モチーフが多いことからも分かるように、彼らは見られるのが苦手です。

 よって、タオルハンガーをベランダに設置し、そこに水族館で一目惚れして家に迎えた、くりくりお目目なのに微妙に怒ったような顔をしているゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみにおいで頂きました。


実際に設置されたぬいぐるみ

 流石に、つぶらな瞳に見つめられながらイチャイチャする度胸は鳩さんにもあるめえ。見慣れないものがあれば警戒して寄り付きもしなくなるだろうさ、と私は一仕事終えた気分になったわけです。

 ――はい。言われなくとも分かっております。

 こんな、主人公陣営にこれから壊滅させられる犯罪組織の武器調達係の三下みたいなセリフを吐いている時点で、結果は見えていますね。

 全く何の意味もありませんでした。

 仕事中、パタパタと軽やかに打ち鳴らされる翼の音に顔を上げると、例の鳩アベックはゴマフアザラシに見つめられながら――私の仕事机からも視線の通る電信柱の上で、こちらをガン見しながら、交尾を始めていたのです。

 私は唖然としました。

 て、てめえら、よりにもよって人んちの前をラブホテル代わりにしやがって……! 恥じらいというものはないのか!?

 大声で叫んでやりたくなりましたが、すぐ下は人通りの多い道路です。

「やだ……あの人、鳩に向かって暴言吐いてる……」などという可哀想なものを見る目を向けられたら人間としての尊厳にかかわるので、ぐっと我慢しました。

 それにしても、しっかりこっちを見ながらというのがなんとも悪質です。こちらにあえて見せつけているんじゃないかと邪推したくなるレベルで、あのオレンジ色の虚無の目の中に心の余裕と性格の悪さを感じました。他の生き物の視線を嫌がるんじゃなかったのかよあんたら……。愛し愛されて満たされておいでだから他人の視線は気にならないんですか? 愛の力は偉大ですか、そうですか……。

 お互い羽繕いに余念がなく、いっちゃいっちゃする鳩のつがいを前にして、私は敗北感に打ち震えました。

 こころなしか、鳩を見つめるゴマフアザラシの背中も哀愁が漂っているように感じます。

 愛に燃え上がる鳩アベックを前にして、可愛いぬいぐるみは何の効力も持ちませんでした。いや、そもそもそういう用途で作られたものではないので、ゴマフアザラシからするといい迷惑以外の何物でもないのですが。

 そんなことより、彼らが交尾をしたということは、産卵までマジで時間がないということです。

 早急に次の策を考えなければなりませんでした。

☆またもや次回に続く――!


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc